男と女のラブゲーム
「おかえり」 「ああ、ただいま」
「キャットフードでいいか?」 「ウェットなら」
「贅沢な」
彼は、しっかり高級缶詰キャットフードを買っている。最近のコンビニは高級志向にも対応しているようだ。
「で、今日はどうだった?」
黒猫はうまそうに食べながら聞いてくる。
「ん、あぁ、なんだか疲れたよ」
「何に?」
「岡田についていけないんだよ」
「岡田寧々ちゃんだっけ? メガネっ子って言ってたか」
「ああ、見た目は良いと思うんだ。ある意味、田中よりも男受けすると思うよ」
「田中朱莉のほうがずいぶんかわいいって言ってなかったか?」
「たぶん、コンテストみたいに点数化するなら、ぶっちぎって田中だと思うな。かわいいのは」
田中朱莉は素人とは思えないほど整った顔立ちで、見事なスタイルをしている。
「アイドルっつってもほとんどの人が信用すると思うよ」
正直、面接のときには、こんな田舎にこんなかわいい子がいるもんかと感心したほどだ。
「でも、雰囲気もアイドルなんだよなぁ。人当たりもいいから話しやすいんだけど、すげー営業っぽいんだよね。なんか、握手会に来てるみたいな。それも手の届くアイドルの握手会じゃなくて、昭和のアイドルって感じ」
「顔が古いのか」
「いや、顔が昭和じゃなくて、立ち振る舞いだよ。アイドル然としてるんだよねぇ〜、なんだか。女子高生なのに。なんていうか……そう、ビジネスライクなんだよなぁ。プロっぽいというかなんというか、スキがあるようで全くないんだよ」
正直、彼氏がいるとかいう浮いた噂すら聞かない。岡田から聞いたところでは、学校でもそんな雰囲気で、学校のアイドルらしい。男女問わず、誰からも好かれているようだ。
「そのへん、岡田はそんな感じがないんだな。手が届きそうな、普通のかわいい子なんだよ」
「なるほどね。で?」
「で、今日の夕方、フロアのシフトが岡田と花山で、なんだか楽しそうに会話してたからさ、店長としてコミュニケーションをとるべきかと思ってさ。客も少なかったし、まあ、暇ついでに今どきのJKと会話でもしてみようかなぁーと思って、話しかけてみたわけよ」
「花山って誰よ?」
「高専に通ってるな。俗にいうリケ女ってやつかな。ちょっとずれてるな。ついでに太い」
本人はぽっちゃりだと言い張っているが、ぎりぎり「太い」に入ると男子高校生バイトから言われている。ただ、愛嬌があり、話しやすいのでバイト連中からは人気がある。
「あまり容姿を悪く言わない方がいいぞ。人の事言えねーだろ」
「まあ、そこは否定できんな」
「ん、で? 話しかけてみたらどうだった? 臭いとでも言われたか?」
「ああ、それがな……って、え? おれ臭いの? え? まじか? 臭い?」
『臭い……のか。おれが……』
「いいから話をすすめろ」
「いや、大問題なんだが、……まあ、いいか。で、二人が楽しそうに話してたんだけど、岡田、結構シフト入れてるからさ、なんか金貯めてやりたいことでもあるのか聞いてみたのよ」
岡田は平日の学校終わりにはほぼバイトに来ている。土日もかなりの頻度で入っているので、彼氏と遊ぶ暇もなさそうだ。
「ほう、おじさんがいいもの買ってあげようってか?」
「いやいや、なんで変質者風なんだよ。いやさ、ライブとかなんか趣味的に使ってんのかと思ってさ」
「じゃあ、なんて?」
「『漫画、アニメ、ゲーム……結構いろいろやってますよ』ってさ。おれも若いころは結構やってたからさ、突っ込んで聞いてみたのよ。どんなジャンル?って」
「そしたら花山に目配せしながら、『田村さんと広本君ってどう思います?』って聞かれてさ」
「おう、急に恋バナか。予備動作なしに独身男に聞くとは容赦ねぇな」
「お前が容赦ねぇわ。で、ちげーし。最初は俺もえらく急に話題を変えたなと思ったけどよ。なんか、二人から告られて困ってんのかと思ったんだよ。……でも全然違った」
「だいたい誰だよ、田村と広本って」
「田村が社員だな。まだ若いよ。二〇台前半、二三、四だったかな? まあまあ背も高いし、雰囲気はイケメンだな」
「なんだよ、『雰囲気は』って」
「顔は普通なんだよ。ただ、背が高くて清潔感はあるから、雰囲気的にはイケメン」
「で、広本は?」
「バイトの男子高校生だな。進学校で、結構頭がいいらしい。確かに物覚えは良いな。ちょうど、田村とは逆で、顔は良いんだよ。結構男前。でも、今一つ背が低い。惜しいって感じ。まあ、成長期かもしれんしな。今後が楽しみな奴だよ」
「で、その状況で恋バナじゃないのか?」
「まあ、まったく違うとも言い切れないか……」
「なに?」
「いやね、岡田がずいぶんとハニカミながら……『どっちが受けだと思います?』だってさ」
「……ごめん、何言ってるのかわからん」
「俺も同じこと言った」
「『僕は広本君、受けだと思うんですよね』だと……」
「なんだよ、ってか、岡田一人称「僕」なのか? で、なに? BL」
「なんだよ。事情に詳しい猫って恐ろしいわ。なんでわかんだよ」
「それは良いんだよ。で、寧々ちゃんはなんて?」
「寧々ちゃんって……、まあいいや。『二人がカウンター挟んで、キッチンとフロアでお皿とか伝票のやり取りしてるのを見ると、ちょっとグッとくるんです』だと」
「こじらせてんな」
「そうなんだよ。まあ、俺も話を振った手前、なんか返さないととは思ったんだけどさ、花山と二人で、『やっぱり広本君受けっぽいよねぇ』とか盛り上がっててさ、急に無言で立ち去るわけにもいかないしさ。『俺が子供の頃もパタリ〇って漫画があったよ。バ〇コランがモテモテだったなぁ、あっはっは』って言いながら立ち去ろうとしたのさ」
「逃げたのか」
「逃げれんかった。『僕もパタ〇ロ読みました!!』って二人ともスイッチ入った。『バンコ〇ンは尊い』とかなんとか、知らんがな、なんだよ、なんでだよ。なんであの年で〇タリロ読んでんだよ? 俺ストーリーもうろ覚えだよ。一刻も早く逃げたいと思ったんだが、そんな時に限って客は来ないし、追加オーダーすら入らないんでやんの。夕方のマダムはドリンクバーの往復しかしないし。グラスの消費も少ないから補充にも行けないし」
「楽シソウナ会話ジャナイカ」
「棒読みで言うなよ。結局三〇分以上、岡田と花山の中の「受け」と「攻め」のこだわりを聞かされたさ。知らんがな、と思いながら。むしろこっちは「あーーーーー!!!!」って叫びたい気分だったよ」
「それが疲れの原因か」
「いや、それだけでもないんだけどね」
「なに?」
「実は、広本の名前が出たときに、ちょっと『お!』っと思ったんだよね」
「なんで」
「広本さ、岡田とシフト入るとそわそわしてんだよね。わかりやすいんだよ。たぶんかなり気になってる。むしろ惚れかかってる。いや、惚れてるな。きっと」
「広本はモテないのか?」
広本は、身長こそ高くはないものの、イケメンで頭もいい。何をやってもそこそここなす「できる系」の雰囲気を出しているので、学校の後輩にはモテているようだが、本人はそのことに気づいていないらしい。
「いや、モテる部類だと思うよ。でも、確かに言われてみれば、岡田がよく広本のことをちらちら見てたんだよね」
「あぁ、それで勘違いしたのか」
「たぶん、意識し始めると、だんだん気になってきちゃうんだよね。そういうのって。わかるわぁー」
「モテない男の言葉は重いな」
「モテないことは無いわ!! そこまでモテてはいないが、モテないわけではないわ!!」
「まあ、むきになるな。変な汗かいて、また臭くなるぞ」
「またってなんだよ。臭いのかよ、俺。まじか……」
「いいから」
「お前が気になること言うんだろ……。おまえ最近、何かと心をえぐって来るな」
彼はわきの下やら首周りをクンクン嗅いでみる。
「まあ、いい。で、たぶん広本の奴、結構惚れてきてるんだと思うんだよね。で、最初に岡田が広本の名前出した時、両想いかと思ってちょっとほほえましく思ったんだけど……全然別次元の話でさ。あまりに不憫で……。まあ、ある意味モテてはいるんだと思うよ。岡田はずっと頭の中で、田村と広本が……「あぁぁぁーーーーー!!!」ってなってるのを想像してたってだけで」
「なるほどね。まあ、人生ままならんな。で、それ広本に教えるの?」
「不憫すぎるだろ」
「新境地に目覚めるかもしれんだろ」
「俺の職場をこれ以上ややこしくしたくない……」
「お前のはかり知らんところでややこしくなってるより、制御下でややこしいほうがよくないか?」
「どっちも嫌に決まってんだろ」
「はぁ、広本見るたびため息つきそうだ」
「岡田に惚れられたわけではなく、脳内で掘られてたってか?」
「笑えんわ」
「おあとがよろしいようで」
黒猫は最後に一声鳴くと、窓からひょいと外へ出て、家路についた。




