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愚痴と黒猫  作者: ミクリヤ ミナミ
16/17

スポンジモブ

「どうも。初めまして。モブと言います」


 は?


「あれ?聞こえませんでした?モブと言います」


「は?」


「聞こえてますよね?」


「ああ……あぁ!?なんだぁ!!!」


「おい。何大声出してんだよ」

 俺は慌てて居間へと戻る。すると、台所から先ほどの甲高い声が聞こえてきた


「あのぉ。わたくし移動できませんので、こちらからお話に参加させていただくことになりますが、よろしいですか?」


 いや!何なんだよ!今度はスポンジかよ。で、モブって……。


 スポンジモブ!?


 色々とダメだろ!?


「で、話はどうなった?」

「なんだよ。お前は平常運転か!?」

「何をいまさら」

「そりゃそうですよ」

「どういうことだよ!?」

「今まで散々猫と話してきたんだぞ。スポンジがしゃべらないとなぜ思った?」

「どういう理屈だよ」

「聞き手は多いほど良いではないですか。まあ、続きをどうぞ」


 ……


 何なんだこいつら。なんで冷静なんだよ。俺がおかしいのか……



 ……いや。おかしいんだろうけどさ。


「落ち着いたか?」

「落ち着きましたか?」



 ……


「さあ、続きをどうぞ」

「ほら。『聞いてやる』って言われてるうちが花だぞ」


「あ、ああ。それもそうか」


 そうなのか?


「話したくないことは言わなくていいよ。で、お前はどうしたんだ?」


「あ~。ああ。そこからか。そうだな。そうだった」


 話の流れを見失ってたよ。


「森本女史がターゲットを俺に変更してきたんだったな」

「そうだ。で、どうなった?」

「頂いた感想はいかがですか?おいしかったですか?」

「おいスポンジ。お前声のトーンに似合わず直接的なこと聞いてくるな。大体なんで俺が食う前提なんだよ」

「いえ、話の流れからてっきり頂いたものだとばかり……これは失礼いたしました。ただ、スポンジと呼ばれるのはちょっと……モブとお呼びください」

「なんだよ。スポンジじゃダメなのかよ。スポンジじゃねぇか!間違ってないだろう!言葉遣いは丁寧なくせにそこは譲らねぇのかよ」

「慇懃無礼ってやつだな。で、どうだった?久々の女は」

「なに冷静に解説してんだよ。で、なんで久々確定なんだよ」

「久々だろ?」

「久々ですよね?」

「え~い!畜生!ああ!久々だよ!久々で悪いか!!」

「で、お味の方は?」

「だから食ってねぇって言ってんだろ!?」

「食べてないとおっしゃるんですか?」

「結局食ってないのかよ。据え膳食わぬは男の恥だぞ」

「だ~か~ら~!そんなアブねぇ橋わたらねぇよ。どうしても処理したいなら林さんに店聞くわ!」

「勇者に頼るなよ。」

「プロに頼るのは頂けませんねぇ」


 ああ、鬱陶しい。

「お前ら聞く気あんのかよ!?」

「まあ、それなりに」

「ありますとも。さあ。どうぞ」


 ……

 なんか疲れてきた。

「まあ、そうおっしゃらずに」

「!?」

「どうしました?」

「お前。いや。ボブ。俺の心読めるの?」

「それはもう。スポンジの嗜みとして読心術は心得ておりますよ」

「嗜みなのか?スポンジの?」

「おい。まともに聞くな。で、森本女史はどうしたんだ?」

「あ、ああ。同じだよ。ハットリくんにした作戦と全く同じ方法で俺にアプローチしてきた」

「ひねりが無いな」

「まあな。それで落ちるとでも思ったのかね」

「そうおっしゃいますが、随分心は動いていたようですね」

「!?」

「なんだ?まんざらでもなかったのか?」

「いや、あの」

「いやいや。体裁ぶらなくて結構ですよ。男としては詮無き事ですものね」

「いや、だからさ」

「そうか。お前も男だな。ある意味見直したよ」

「だーかーらー!!!俺の話を聞けよ!!」

「おう」

「はい」


 ……

 なんだよ。素直だな。

 

「いや。確かに心はちょっと動いたさ。仕方ねぇだろ!男なんだしよ。それに確かにご無沙汰だ。そんな気持ちもムクムクっと出てくることもあるさ!悪いか!!」

「悪いとは言ってないさ」

「ええ、男なら当然のことです」

「なら黙って聞けよ」

「すいません。差し出口でした。さあ、どうぞ」

「いや。どうぞと言われると話しにくいが……」

「じゃあ、どうだった?森本女史は?」

「いや。だからヤッてねぇよ。我慢したさ!」

「我慢したのか。もったいない」

「そうです。もったいないです。身体に悪いですよ」

「お前らとの会話が体に悪いわ。それに、さっきも言ったろ!?そんな身近な奴に手を出したら、仕事がしにくくなるだろうが!?」

「まあ、そうだな。お前にしちゃぁ賢明な判断だな」

「ええ、冷静な判断です」

「確かに森本女史は『見た目』としては良い女だ。俺の好みではないが……でもな。性格が最悪だ。たぶんあれに掴まると当分食い物にされる」

「なんだか実感がこもってんな」


「そりゃ、心当たりがありますもんね」


 ……

「おい。どういうことだ?」


 ……


「もう、今感じている疑惑を話してしまえば気持ちがすっきりするんじゃありませんか?」

「疑惑?」


「なあ、心読むのやめてもらっていいか。」

「それはあなた次第ですよ。私はあなたの為に言ってるんです」


「……そうか。……そうだな。わかった。話すよ」

「で、その疑惑ってのはなんだ?」


「まあ、俺の憶測でしかないんだが、たぶん丸山だな」

「丸山?夜スタッフのか?」

「ああ」

「以前お前が「コミュニケーションお化け」とか言ってたやつだよな?」


「ああ、そうだ。どのバイトとも親しくしてる。協調性の有る良い奴だよ」

「そいつがどうしたんだよ」

「たぶん森本女史と関係を持ったんだと思う」

「売春か?どこで出会うんだ?」

「売春したかどうかはわからん。が丸山も結構使えるやつだからな。それに大学も「ヌシ」と呼ばれるほど留年しまくってる。ほとんど授業もないし、日中も十分シフト入れるんだよ。何回か夕方のシフト頼んだことがある」

「その時に森本女史と組んだこともあるのか?」

「ああ、何度かあった。むしろ森本女史と組むことが多かったな」

「なんで?」

「森本女史は中途半端なんだよ。能力的に」

「中途半端?」

「一人で回せるほど手際よくないし真面目でもないから二人シフト要員なんだよ。だからと言って、大友、本橋と組ませるのはもったいないし、それに相性悪いしな」

「相性って?」

「大友・本橋両名ともデキルうえに結構まじめだからな。森本女史はああいう優等生タイプ嫌いなんだよ」

「なるほどね」

「大友女史とペア組んでくれたら結構楽なんだけどさ。組ませるとあからさまにサボるんだよ。で、大友女史は文句も言わずテキパキ仕事をこなす。すると一段と森本女史は不機嫌になり仕事をサボる。悪循環だ。本橋女史とのペアは言わずもがなッて感じかな」

「同じ感じか?」

「いや。本橋女史ははっきり言う方だからな。「サボるな!」って。速攻喧嘩になるよ。恐ろしくて組ませらんない」

「なるほどな。そうすると今のハットリくんはベストチョイスってところか?」

「ああ、程よいね。森本女史はバリバリできる奴と組ませるとサボるけど、そこそこできるやつとならサボれるほど余裕ないからさ。それなりに働くんだよ」

「で、丸山はどうだったんだ?」

「丸山は夜メンバーだからな。そのあたりの匙加減がうまい。出来ない奴と組めばバリバリ働くし。できるやつと組めば程々に手を抜く。社員が居ない夜を任されてる奴らは、そのあたりの見極めがうまいんだよ」

「じゃあ、良いコンビだったってことか。丸山・森本ペアは」

「ああ、そう思ってたんだ。ついさっきまで」

「さっきまで?」

「……お前に、「心当たりがある」って言われたときにな。なんとなく腑に落ちたんだよ」

「そういや口ごもってたな。どういうことだ?」

「あの二人を組ませてた時、最初の頃は上手く行ってたんだよ。だから、俺の采配完璧!って自画自賛してたんだけどさ。いつ頃からだったか、随分ギクシャクするようになってな」

「ギクシャク?」

「ああ、丸山がな。なんかいろいろもたつくんだよ。どうもやりにくそうにしてさ」

「もたつくって言うと?」

「いや。ホント感覚的なもんなんだよ。言葉にしづらいんだけどさ。なんていうんだろ。森本を避けてるって言うのかな。いや、物理的に距離を置いてるわけじゃないんだけど、なんだかすげー遠慮してるのが見て取れるようになったんだよ。それに呼応して、森本の丸山に対する態度が横柄になっていったし……今にして思えばあの頃何かあったんだろうな」

「肉体関係か?」

「あくまで憶測だけどな。証拠も何もない。あくまで俺の心象だ。でも、なんとなく腑に落ちた」

「腑に落ちたって事は、なにかピンとくるものがあったのか?」

「丸山が夕方は入りたくないって言いだしたんだよ。これ以上留年できないからってさ」

「真っ当な理由じゃないか」

「ああ、俺も当時はそう思ったよ。でも、今にして思えば森本を避けてたんだろうな。それに……」

「それに?」

「それからしばらくして、丸山から変なこと聞かれたんだよ」

「変な事?」

「『不倫って犯罪なんですか?』とか『慰謝料取られたりするんですか』とかさ」

「そりゃ……」

「な?なんか答え合わせ出来たような気がして」

「お前、なんて答えたんだよ?」

「一応、俺が知る限り答えたよ。『相手に配偶者が居ることを知りながら関係を持ったんなら不倫だし、相手の配偶者から慰謝料請求もあるんじゃない?』って」

「そしたらなんて?」

「いや。特になんてことなかったよ。『そうなんですねぇ~』ってさ。その時は平静を装ってたんだろうな。確かにあの後少ししてから夜のシフト多くしてくれって言いだしたからな」

「あ~。真っ黒だな」

「そう思うよな」

 

「でも、本当に疑惑を持っているのは、丸山さんの方ではないですよね?」


 ……


「だから、さっき心を読むなって言ったろ?」

「あなたのためですよ。すっきりしてください」


「ふぅ~。そうだな。わかった。

 たぶん。森本女史が恐喝してるんじゃないかな。丸山の事」

「恐喝?穏やかじゃないな」

「ああ、これも憶測だけどさ。『旦那にばらすぞ』とか『責任を取れ』とか言ってんじゃないかと思うんだよな」

「でも、お互い様だろうが。それに、そんなことするんなら以前関係持った社員の方が金持ってるだろ?」

「あの社員はパリピな上に頭も切れる方だからな。そんな森本女史の恐喝くらいじゃビビりもしないよ。逆に「美人局ですか?警察行きますか?」くらいの事言いそうな奴だよ。たぶん連絡先すら教えてないと思ぜ。で、そこに持って来て丸山はいくら歳食ってるって言っても大学生だからな、社会経験ないってのは弱いよ。すぐ騙される」

「良いカモにされたって事か?」

「ああ、でも、そうなると森本は完全に黒だな。まあ証拠ないけど」

「なら何もできねぇじゃねぇか」

「だよな」


「でもすっきりしたんじゃないですか?あなたが悪いわけではないですし。成り行きを見守る事しかできないと思いますよ」

「スポンジの言う通りだ。お前が気に病むことじゃねぇな」

「なんだよ。今日はヤケにやさしいな」

「たまにはな」


「モブです」

「「うるせぇ!」」 

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