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愚痴と黒猫  作者: ミクリヤ ミナミ
10/17

デジタルトランスフォーメーション

「ただいまぁ」


 部屋に入り明かりをつけると、黒猫が窓際に佇んでいる。

 

「おかえり」


 こちらをちらりと見るとすぐに窓の外に目をやる。

 

「久々だな」


「そうだな。最近忙しくてね。」


「なんだよ。何が忙しいんだよ。こっちは愚痴が溜まりまくってるっつーの。」


「ほほう。じゃあ、今日は御馳走がいただけるのかな?」


「け、足元見やがって。」


「なんだ、随分口が悪くなったな。」


「まだ落ち着いた方だよ。ホントにここんところギリギリだったんだぞ。」


 台所で缶詰を開けて小皿に移して持って来る。

 

「なるほどね。」


 黒猫は、床に飛び降りると軽い足取りで小皿の方にやってくる。


「はぁ~。」

 大きなため息をつきながらソファーに深々と座り、ビールを開けて、一気にあおる。


「で、何があった?」


「この間、お前が続きを聞かなかった奴だよ。」


「続き?」


「ああ、店長会議の結論だ。」


「ああ、そんなこともあったか。」

 

「あったかじゃねぇよ。あそこから大変だったんだぞ。ったく。」

 

「そうか?その後楽しそうにしてたじゃねぇか。」


「そりゃ、へんてこな奴が来るまでは幸せだったさ。」


「へんてこな奴?」


「ああ、配膳ロボット導入したんだよ。」


「どこに?」


「俺の店。」


「なんで?」


「なんでって……、俺が一番聞きてえよ!」


「配膳ロボってあれだろ?人手不足解消のための奴だろ?」


「おう、相変わらずよく知ってんな。どこで仕入れんだその情報。」


「それは、企業秘密だな。」


「どこの企業だよ。まあ、いいや。


 で、お前の言う通り、あんなものは人手不足の店に入れるから意味があるんだよ。」


「お前んとこ、バイト大量解雇でもしたのか?」


「するわけねぇだろ!やっと今軌道に乗ってきたんだぞ。ここまで育てるのにどれだけ苦労したか。」


「そんなにか?」


「いや、まあ、苦労したのは前の臨時店長かな。いや、俺も苦労した!絶対したもん!!」


「なんだよ。めんどくせぇな。」


「なんにしても苦労したんだよ。俺が居なくても仕事が回るように徹底的に教育したの!」


「サボる為には必死だな。」


「……うるせえなぁ。」


「で、その人手が足りてるお前の店に、なんで入れることになった?」


「あのエリマネだよ。」


「ほう。お前が嫌いな奴か。」


「そ。あいつが言い出したんだよ。」


「でも、お前の店じゃなくてもいいんじゃねぇのか?」


「うちの店がなんやかんやで一番業都合かったんだよ。」


「どう都合が良いんだよ。」


「他の店も、バイトやパートは事足りてんだよ。このエリアは、大学があって工業団地も近いし、新興住宅地もあるから集客もバイト募集も困らないんだよ。」


「じゃあ、別に何もしなくてもいいじゃねぇか。」


「そう。現状維持でも十分やっていけるんだよ。

 でも、それもここ4年ほどなんだよ。近くにある大学がFランの私大だったから、いつも定員割れで客の入りも悪いし、バイトの質も悪かったんだわ。」


「何でそれが良くなった?」


「その大学が、公立大学になったんだよ。」


「そんなことあるのか?」


「ああ、そしたら急に応募が増えたらしくてさ。学生の質は上がるし、定員以上に学生は入るしってな感じで、地域の飲食店は繁盛しだしたんだよ。」


「なるほどな。なら、なおの事何もしなくていいじゃねぇか。」


「今のエリマネが来たのが去年なんだよ。」


「じゃあ、調子が良くなってから来たんだな。運良いな。」


「普通なら、そう思うよな。でも、奴はそう思わなかったらしい。」


「?」


「自分が来てから実績が伸びないから、危機感を感じてたみたいなんだよ。」


「まあ、確かに前年比〇%アップ!的なことにはなりずらいわな。」


「ああ、で、何とか打開しようと始めたのがDXなんだとよ。」


「DX?」


「ああ、デジタル技術使って業務を効率化するんだと。」


「ほほう。で、配膳ロボット?」


「らしい。なんでそうなるかね?」


「それは効果が上がるのか?」


「上がるわけねぇだろ!

 だからさっきも言ったろ?うちは店員足りてんだって。十分質も高いから、配膳ロボットなんていらないんだよ。」


「じゃあ、なんで?」


「うちの店、人件費が嵩んでんだよ。」


「ああ、バイト多いもんな。で、店長サボるもんな。」


「ああ、そうそう。って、ふざけんな。店長めちゃくちゃ働いてるっつーの!」


「でも、そこだろ?」


「ノーコメントで。で、こともあろうか奴はこないだの店長会議で言い放ったのさ。

『人件費削減の為に、バイトのシフトを減らして配膳ロボを導入してください』

 だとよ。」


「まあ、人件費削減は理にかなってんじゃないのか?」


「バカ野郎。少なくとも今は良い循環ができてるんだよ。パートもバイトも働くだけじゃなくて、シフト入ってないときには客としても売り上げに貢献してんだよ。」


「でも、ドリンクバーで時間つぶすだけじゃねぇのか?」


「わかってねぇな。外から見てガラガラのファミレスに客が入ろうと思うか?満席だと客も逃げるが、そこはそれ、客がスタッフならそのあたりも加減してくれるんだよ。」


「まあ、確かに、客として来てる時に、アルバイト仲間に迷惑かけるわけにはイカンわな。」


「そう、気を使ってくれるんだよ。だからうまく回ってんの。そんなバイトをクビにできるか?」


「シフト減らすだけじゃダメなのか?」


「シフト減らすくらいで、ペイできるかよ。どんだけかかると思ってんだ配膳ロボ。あれリースだぞ!」


「リース?買取じゃないのか?」


「普通は買取だろうな。でも、今回ウチの会社が契約したところはリースなんだよ。定期的にアップデートするためとかなんとか。ふざけんな。アップデートするくらいなら、最初っからいいもん作りやがれってんだ。」


「おうおう、溜まってんな。」


「で、そのリース代は店持ちなんだよ。そんなもん払えるわけねぇだろ!」


「でもまあ、物珍しさに客足も増えるんじゃないのか?」


「確かに、最初の土日は結構な客足だったよ。でもな……」


 あまりの怒りに酒が進む。一気にビールをあおると、次の缶に手を伸ばしプルタブを引く。


「使いもんになんねぇんだよ。」


「配膳するだけだろ?そんなに高度な機能はいらんだろ?」


「いや、ホントに役に立たねぇよ。」


「どんなところが?」


「基本客のテーブルまで料理を持っていくだけだから、キッチンから出てきた料理はフロアスタッフがロボに乗せるんだよ。」


「ああ、まずその時点でめんどくさいな。」


「だろ?で、そっから運ぶんだけど、トロイのよ。パートのおばさんの1/5、やる気のない高校生バイトの1/3くらいしかスピードが出ない。」


「3倍は時間が掛かるってことか。」


「そ、挙句にテーブルでは客に料理を下ろさせるんだぜ?不完全極まりないだろ。」


「まあ、そこはやってもらっていいんじゃねぇか?」


「ばかやろう。そこで料理こぼされたらまた作り直しになるだろうが。」


「ああ、そう言う事か。」


「そうだよ。客は料理おろす時にわざわざ立ち上がってくれないからな、結構な確率でこぼすんだよ。ちょっとこぼれるくらいならウエス持ってくだけでいいけどさ。大抵は子供がやりたがるから、スープが入ってる奴はほとんどこぼれる。で、また作り直しだ。挙句にロボまで拭かにゃならん。何やってんだかわからんよ。」


「確かにそう聞くと使いもんにならんな。でもなんか他の利用方法は無いのか?」


「足元に掃除機能がついてるから、客がいないときは店の中うろうろさせてたけどな。」


「お掃除ロボットか、その機能だけならもっと安くで買えそうだな。」


「そう。ゴミだよ。ゴミ。」


「※あくまで個人の感想です。」


「だれに気を使ってんだよ?」


「※あくまで個人の感想です。」


「うるせぇな。まあ、だからうちでは役に立たないんだよ。」


「そのことはエリマネには言ったのか?」


「言うも何も、抗議しまくったよ。そしたら最初の土日にうちの店きやがって

『ほら。こんなに客足が伸びてるじゃないか!まずはやってみることだ!そして、あとは君たちが慣れればいい。』

 だとよ。ぶん殴ってやろうかと思ったよ。ホント日本語通じねぇ。」


「で、今も使ってるのか?」


「いや、もう店には居ない。」


「なんだよ。スクラップにしたのか?」


「そうじゃねぇよ。……店長……、いや隣のエリアのエリマネがさ。」


「ああ、お前を店長に推薦してくれた人か。その人がどうした?」


「隣のエリアは、結構人手が足りない店が多いんだよ。で、あの人がウチのエリマネに掛け合って、配膳ロボを引き取ってくれた。」


「なんだ、結局いい貰い手が居たんじゃねぇか。」


「いや、たぶん俺のところが苦労してるのを聞きつけて、手をまわしてくれたんだと思うよ。ホント。あの人には頭が上がらないよ。」


「ふ~ん。良い人だな。」


「ああ、いい人だ。」


「じゃあ、結果的には丸く収まったってことか。」


「丸くは無いけどな。結局あの人には世話になりっぱなしだ。」


「まあ、いずれ恩返ししないとな。」


「そうしたいんだけどな。……まあ。いいや。」


「なんだ。えらくしおらしくなったな。じゃあ、俺は喰い終わったし。お前の話も終わったようだしこの辺で上がらせてもらうよ。」


「なんだよ。現金な奴だな。」


「じゃあな。」


 黒猫はひと鳴きすると窓からさっそうと出て行った。

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