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モコさんには色んな事を教わった。
絵本を使って大まかな歴史を物語り風に。
図鑑を使って薬草や作物、魔物の事。
世の中の常識やマナーなんかは失敗談を交えながら沢山の事を話してくれた。
皆んなが働いてる様子を見ながらこの島の役割。
今迄見て経験した事をわかりやすく楽しく。
自分の特殊な能力の活かし方。
日課のルーティンをこなしながら、ほぼモコさんと共にいる。
忙しくて、偶にしか会えない聖女達は女の子同士のおしゃべりをしてくれた。
訪問した際に出会ったイケメン。
活躍している騎士。可愛い令嬢やヤバイ令嬢。
便利な魔道具。おすすめの商会。食べて感動したスイーツ。流行り物や特産品。
美味しそうな話に前屈みになってしまうのは仕方ない。お手製のいつか行きたいグルメガイドブックを片手に何処にあって何が美味しかったか書き書きしちゃう!沢山の場所に行ってるから色んな事を面白おかしく教えてくれる。
この神殿は医療のスペシャリストを集めた集団だ。
昔からどの国にも属した事が無く、敵にも味方にもならず、中立であり続け、研究ばっかりやってる引きこもりの集まり。
移住してきた者は生まれ育った国の国籍を失う。
国に利用される事、肩入れを防ぐ為だ。
ただし、手紙のやり取りや里帰りは可能。
身内や、育ててもらった町には恩恵として毎年各薬が優先的に配布される。まぁ、親兄弟、ご近所さんに大事な人材を育ててくれた事への感謝と、島でも大切にされてますからご安心下さいねーの報告も兼ねて。
神殿は、大陸の真ん中にあるでっかい湖に浮かぶ島にある。
島には女神が植えたとされる巨大な聖霊樹がそびえ立つ。
そこから地脈に沿って聖なる力を流し、大地に命を与えている。葉脈から生まれ、ナノと呼ばれる霊力は風に乗ってふわふわと飛び、季節を巡らす。
この事から、聖なる霊力が宿る島。聖霊島と呼ばれている。
そして、島でしか育たない希少な薬草が沢山あった為に、ずっとずっと大昔から、自然と医療が発達し、薬草オタクが集まった。
この島だけは、かつての侵略戦争時代にも巻き込まれず、昔からの牧歌的な景色が広がっている。
不可侵の島であったが、戦争が激しくなっていくと、どの国も、他国に医療を受けさせない為、自国だけで独占する為に真っ先に島を奪いたがった。
しかし、湖に船を浮かべ、進もうとしても濃霧に襲われ、湖上では普通の魔法は使えなくなり、彷徨った挙句に乗船した所にいつのまにか戻っている。
不思議な力に守られた結果、その島だけは戦争の被害を受けなかった。
遥か昔から悪意ある者を弾き返し、必要とする者には優しい風で運んでくれる。そんな不思議島だった。
戦時中、いつまでも争いを辞めないばかりか、益々激化している国々に対し、愛する薬を渡す事がバカらしく、島内ではオタクが集まり、聖女が諭し、沢山の話し合いがされた。
良かれと思って作り上げてきた、自分達の可愛いポーションが、傷を負った騎士や兵士たちを治し、また戦場に舞い戻させるという負の連鎖が生まれているからだ。
これではいつまで経っても戦争が終わらない。
すでに侵略戦争が激化してから50年も経っている。自国をより強く、より大きく、欲しいから奪う為という戦争は大昔からあるが、大陸中が、というは今迄に無く、激しさが増すばかり。
既に保守に回れば奪われ負ける。
その前に奪え。と、止まれない状況になってしまったのである。
周り全部が争っているから立ち止まった瞬間侵略される。
時間だけが過ぎ、この不毛な争いの止め方を誰も知らなかったのだ。
ポーションを渡すのを辞めるのは簡単だ。
島から出なければいい。安全に守られているのだから。
だが、その結果を予想するのも簡単だった。
人は簡単に死ぬ。
笑顔で安心させるように必ず帰って来ると約束した父や息子。
家の事は任せてと送り出した祖父母。
信じて待っていると抱きしめてくれた母。
ひと針ひと針に願いを込めて作ったお守りを渡した娘。
本来人々を癒したいと思い薬草を育て、薬学を学んできた者達。沢山の矛盾や葛藤と戦った。
争いを止められない国に渡すの渋々だが、平民たちには進んで渡したかった。
このご時世、薬が非戦闘員に迄回ってくるとは思えなかったからだ。
誰もが国の争い事に巻き込まれ、疲弊しきっていた。父親と息子達は兵役で奪われ、どの家族も働き手を失った。
残されたのは老人、母親、娘達。
女達に至っては戦場での昂ぶりのまま襲われたり攫われたりする事が横行し、見つからないよう身を小さくしながらも、食べていく為畑仕事をこなす。
神経を擦り減らしながら怯えて過ごしていた。
そして、欠損などにより体が動かなくなり、戦場から戻ってきた元徴兵達。
戻ってきても、思うように動かない体。介護の為家族に迷惑をかけてることに対する罪悪感。
体が動かなくなった苛立ち。
ここまでして生きていたいのか、一思いに死なせてほしいのかわからず、心が潰されそうになっていた。
本来人々の癒しの為に知識を腕を磨いてきたスペシャリスト達は、国にバレないようこっそりと大陸中を癒して回った。そんな誰も幸せになれない時間が、50年も続いたのだ。くしくも、この不毛な時代を終わらせたのは人ではなく魔物であった。
神殿に一番多くいるのは薬師と見習い達だ。
見習い達は育て、管理しながら薬草の特性を学び、
一番多く使われるポーション作成の為の薬草の下準備をする。薬の作成、研究。病原体の研究。
更に毒の研究と、解毒薬研究、新たな薬草作成研究。それぞれの環境でも育つ作物の研究まで幅広く行なっている。
派閥などは無く、皆研究大好き集団。
何処かの研究が行き詰まれば声をかけ、すぐ集会を開く。違った視点から意見をもらい、討論し、一丸となって完成へと持っていく。
この流れがより良い製品を生み出している。
ただ、薬草が好きすぎて、薬草に語りかける者、名前をつけて愛でる者、出来た薬の瓶や愛用の器具に頬擦りする者。薬草ハーレムの中で寝たいと薬草園に寝袋を持参する者。新たな種を生み出す時は出産か?と、疑うほど力み、頑張れ後ちょっとだ!とチームメンバーで声を掛け励ます者。ちょっと個性的だが、プライドを持ち、素晴らしい物を生み出すお茶目なステキ集団だ。
次に多いのは神官と見習い。
この者達は植物との相性が素晴らしい。
女神が植えた大地に命を与える聖霊樹と同じように、植物全般に力を与える緑の手の持ち主だ。
見習いは神官についてまわり、それぞれの作物の成長に適した力の使い方を教わる。
食卓に上がる野菜や果物も育ててくれ、彼等のお陰で薬草も作物も立派に途絶える事なく育つ。
医療の根底を作り出す穏やかなステキ集団。
その次は神殿騎士と見習い。
彼らは騎士と名乗っているが剣技を磨いたり、護衛や巡回などの仕事は無く、転移魔法が得意な能力者だ。
見習いは神殿内や、島内を、お使いがてら力を使って移動し、より遠くまで飛べるよう力を磨いていく。
島で作成された薬は、彼らによって大陸中様々なところに運ばれる。
その際、神殿の運送屋でーす。と、届けるよりも、神殿騎士です。と、名乗った方がカッコいい!という理由から騎士と呼ばれる?呼ばせる?ようになった。 一応剣帯もしているが、襲われた際の受け流しは己の身を守る為習得させられる。
希少な品を運んでいる事から、襲われる事も度々あるが、そこは転移能力者。剣を鞘から出す前にパッと移動しちゃう!
生成に必要な、聖霊樹近くにある湧き水の調達。
島外へのお買い物係も担当。追いかけっこでは負け無し、行動的なステキ集団。
次は各国との窓口、在庫管理、財務、皆んなの相談にものってくれる、人生経験豊富で、頭脳明晰なお方達。
因みにモコさんもここに属する。
そろそろ、あの薬足りなくなってきたから作ってねーとか、その薬の大量注文きたからお願いねーとか。
この薬何処に運んでねーとか。
逆に、生活や仕事に必要な器具を調達してきてくれたりもする。
厨房、掃除、洗濯等を担ってくれる言わば、縁の下の力持ち達も大切な仲間だ。
神殿で生活する人達の殆どは、自分の部屋は自分で掃除するし、なんなら洗濯も自分でする人もいる。
ご飯だって、厨房の片隅を借りて自炊する人すらいる。常識の範囲内なら誰だって食料庫使用可能なのだ!
モコさん情報では、意外にも、この神殿内で一番綺麗な場所は生成、研究する場所だそうだ。
薬師達の奇行を見た後では、ぐちゃぐちゃのごちゃごちゃに、器具や薬草が溢れてそうだったが、そこはやはりスペシャリスト。きっれーに管理されている。
まぁ、言われてみれば薬扱ってるんだもんね!
生活魔法を極めたステキ集団。
そして、聖女達。
数少ない光魔法の使い手である。魔法で傷や病気を治せたりもするが、人1人で診てあげられる人数も限りがあるのを知っている為、薬師に対して協力的だ。
大昔は国の上層部に囲われ、裕福な者たちしか診させなかったりと、利用されるだけだった。
聖女を巡っての争いもあり、疲弊する心に反応するかのように力が段々と弱くなり、失う物さえいた。
次第に、かすり傷ぐらいしか治せない役立たず。と、追い出された。
そこで保護したのが神殿だ。そこは不思議島。島で生活する内に力を取り戻していった。
薬草によっては育成の際光魔法が不可欠なものもあるし、解毒薬や解毒のポーションに祝福を与えたりもする。
依頼で島外へ出るときは、必ず神殿騎士がつく。
何かあった時パッと逃げられるようにする為だ。
力のある聖女は交代で砦に行き、力の弱い聖女は国を巡る。
島ではフレンドリーに、仕事はキチンとしているが、基本自由に生活している皆んなだが、島外へ出ると、ちゃんとしてるらしい。
特に聖女は、イメージを壊さないよう二重にも三重にもネコをかぶるんだって。
家庭をもった希望者は島に家を建てることも可能だ。
町もあるし、国籍を無くしても移り住みたい人はいるみたい。
そして、島に住む人たちは1日に一度は、女神や聖霊樹に感謝の祈りを捧げる。
それは何処でも構わない。礼拝堂でも、薬草園でも、室内でも外でも。
ここで生活をしていると嗚呼命を頂いてる。と、強く感じる。感じた時に感謝をと祈るのだ。
誰に言われた訳でもなく、させらている訳でもなく。
ただただ感謝を捧げたくなる。