2ー18
あれから他の砦を廻っても、同じ状況だった。
初めてのお泊りだぁ!と楽しみにしていた気持ちは、だだ下がり、レイ君と聖霊樹が気になって仕方がなかった。
心眼の練習をしていた幼い頃、土の中を見た時に、いつ見てもあの優しい気配に満ちていたから、そんなものだと思っていたし、いつでも地下を見れば、会えなくても、レイ君を感じる事が出来た。
が、訓練場で、エル君に心眼のやり方を教えていた時に見たあの気配は、とても微弱で驚いたのだ。
その時は、不思議島だからなぁ、位にしか思っていなかった。
でも、違う。あれが聖気だ。
それが、瘴気溜まりに凄い勢いで、引っ張られていた。
レイ君は、聖霊樹と共にある。
聖霊樹は、地脈に沿って聖気を流し、生命を与える。
葉脈から霊気を送り出し、季節を巡らす役割を持っている。
あれだけ聖気を森に盗られていても、今迄通り季節はめぐり、実りは与えられている。
では、送り出している聖霊樹とレイ君は?
何か、何かあった筈だ。
そんな思いが、砦にいる間ぐるぐる、ぐるぐるしていた。
最後に来たフォース王国の砦の一室で、ずっと思い悩んでいた私に、
「ルゥ様、何かお悩みでしたら話して下さい。
可愛いお顔に、眉間の皺は似合いませんよ。」
「そうだよ、ルゥちゃん、何をずっと考えているんだい」
「ルゥちゃん、今迄も、何かあれば話し合って解決してきたじゃろう?何をそんな考え込んでおる?」
違う。違うんだよ。
外を見ていた視線を、室内にいる人達に移せば、そこにはモコさんを始め、王様と宰相様達。
それに、なんでも作り上げてきてくれたお爺様達がいる。
「皆んなはあれを見てどう思った?」
一旦区切り、再び外に目を向ける。
「レイ君と聖霊樹は大丈夫かなぁ。」
いくら外を見ても、レイ君は現れてくれないし、聖霊樹は遠くて見えない。
「確かに。あの量を森に盗られていてもなお、私達が生きていける聖気も巡らせてくれている。
聖霊樹もミュラージェット様も、大変なご負担があるだろう。」
「それでも巡らせなければ、大地が死ぬ。
4年後の秋にピークを迎えるとは言え、あれだけの聖気を奪い、間もなく訪れる秋も大量の魔物が襲ってくるであろう。」
そうなのだ。
どこの国でも、あれを見た騎士様達は、他の騎士様達に報告する為と、対策を考える為、直ぐに私達の元から去った。
今は室内にいる為、エル君も他の騎士様達の元に行った。
あの量の魔物を相手にするのだ。
聖結界の陣を刻んだ杭も、まだまだ足りていない。森に接する土地が広すぎる。
ピークは4年後なのに、やる事、考える事は沢山ある。
それに、あれを見れば、この秋も大変だろう。
「ルゥ様が、ミュラージェット様達をご心配するのはわかります。
でも、それだけでは無いでしょう?
何を悩んでおいでなのです?モコにも話せませんか?」
流石、モコさん。私の事を何でもお見通し。
なんとなく見ていた外から、隣で、心配そうにこちらを見る優しい目を見つめ返す。
いつでも思いやりに溢れ、愛に溢れる優しい、優しい眼差し。
それが今は、眉を下げ、心配気な眼差しだ。
モコさんにこんな顔をさせては駄目だね。
聞いてくれる?
「モコさん、何故森は聖気を欲しがるの?
レイ君は言ってた。
森が聖気を欲しがるのはここ数百年だって。
あれだけ聖気を奪って、魔物を生んで、何がしたいの?
人間が滅んでも、あのまま聖気を奪い続けていたら聖霊樹はどうなるの?
同じ世界にいるのに、何故聖霊樹を弱らせる様な事をするの?
ずっと、何かが引っかかっているの。
何か大事な事を忘れていて、思い出せないの!
思い出さなければいけない事、やらなければならいけない事が沢山あるのに、今、一番私が急いでしなければいけないのは、魔力を貯める事だって感じるの。
足りないの。今のままではとても足りない。」
これから伝えなければならない事に、段々と声が震えてくる。
「あの光景を見て、絶対この秋も大量の負傷者が出る。私の心眼があれば、多くの人を助ける事が出来る。
レイ君にも、私の力は皆んなの助けになるって言われた。でも、でも…」
堪らずに涙が溢れてくる。
「こ、今回、心眼で見た所は国の面積でいったら半分程の範囲だった。そのぐらいまでしか魔力が届かなかったの。
でも、何処の国で見ても、更に森の奥から大きな力の塊を感じた。
特にサイジェスト王国の塊は大き過ぎる。
それに対抗する為には、全然足りていない。
レイ君にも、女神様にも貯める様に言われていたのに、全然足りないの…。
何に引っかかって、何を思い出せないのかわからないけど、魔力が足りない事だけははっきりわかる。
それも、早急に!
あの量の魔物が襲ってくるのに!私は助ける力もあるのに!それを見捨てて、魔力を貯めなきゃいけない!」
私のせいだ。時間はあったのに、もっともっと貯めなきゃいけなかった!
見捨てなければならない命に、後悔で押し潰されそうだ。
「ルゥ様、ミュラージェット様は皆で乗り切れと。そして、女神様は、皆で力を合わせてと仰せでしたわ。」
モコさんが優しく抱きしめ、背中を撫でながら、まるで絵本を読んでいる時の様に、凪いだ声で語りかけてくれる。
「皆でと仰っられているのに、何故、お一人で全てを救おうとなさるのです?
私達はそんなに頼りになりませんか?」
体を離し、背中を撫でていた手を肩に置き、もう片方の手で涙を拭いながら、変わらない慈愛の微笑みで見つめてくる。
「ルゥ様のお陰で魔法剣もでき、騎士様達が子供の様にはしゃいでおられるようですわ。
ルゥ様の緑の手で育てられ、祝福された薬草で作ったポーションは、効果が高く、多くの騎士様達の助けになっています。
それを大量に、各自、邪魔にならないよう持ち運べるマジックバッグも出来ました。
危機を報告し合える通信器に、危機に駆けつけられる転送陣の増設。
聖女様達の負担を減らせる結界杭。
重傷者を魔力の負担なく、聖女様の元へ運べる、救助板。
魔物を網で捉え、離れた所から攻撃出来る捕獲網。
ルゥ様のお陰で、再び前線に戻れ、誇りを取り戻せた歴戦の騎士様達。
聖女様達も、念願の再生治療が出来る様になりました。
まだまだありますが、聞きますか?
これらを行いながらの魔力操作の練習に、体力作り、攻撃魔法の練習。その合間の魔力蓄積。
貴方様は充分成し得てきました。
それでも、蓄積する魔力が足りないと言うのであれば、それは、私達周りの努力が足りないからですわ。幼い貴方様に頼り切った大人が悪いのです。
貴方様は充分過ぎる程、頑張って来ました。それを一番間近で見てきた私が言うのです。
私の言ってる事は信じられませんか?」
次々に溢れ落ちる涙と共に、嗚咽が漏れる。
「私の大切な大切なルゥ様。
貴方のお陰で既に多くの者が力を増し、多くの者が助かりました。
もう、充分です。
貴方様は、貴方様のやらなければならないと感じる事を、おやりなさい。」
私達に希望を見せてくれ、差し伸べて下さった優しい想い。
無駄には致しません。
どうぞ、私達を信じて下さい。
これからは、貴方様の想いに応える私達の番です。
思った事、伝えたい事を思い付く限り話した。
それから、あの場に居た全員で聖霊島に戻り、聖霊樹の麓にある泉に向かった。
泉の中に入る必要があると感じたからだ。
ここでなら魔力を効率よく貯め、レイ君の力にもなれると感じた。
それを皆に伝え、来たる時まで出てこないと告げ、暫しのお別れをした。