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6 騎士団王都部隊隊長 リアム

 魔法雑貨屋『天使のはしご』に、今日もゆったりとした時間が流れています。

 でも、いつもと違うのは、私の目の前に無言の隊長さんが座っていることです。


「……。――昨日は遅くなったから、今日は休みになった」

「そうでしたか」


「「……」」


 やっと会話できたと思ったら、すぐに終わってしまいました。

 気まずい時間が過ぎていきます。昨日の件を、私の方から切り出してもいいのでしょうか?

 私が迷っているうちになにかを決意したのか、隊長さんが私をじっと見つめてきました。


「俺の部下に、前世が地球という星の日本人だという男がいた」

「えっ!?」

「もう亡くなってしまったが……。セルマと同じように、道に落ちているゴミを拾ったり、平気で荷物をその辺に置いてよそ見をしていた」


 確かに、隊長さんから声をかけられた時には、鞄を置いて覗き見をしていましたね。昨日の帰り道では、お店の近くにゴミが落ちていたので、拾って帰りました。


「なぜ、そんなに無用心でお人好しなんだとそいつにたずねたら『日本は安全で綺麗な国です。すりに遭うなんてほとんどないし、日本人は街を美しく保つんです』と、得意気に言っていた」


 この世界すべての国を知りませんが、少なくともこの国や周辺国ではすりも多いですし、ゴミもその場に捨ててしまう人が多いです。祈る時は手を合わせませんでしたね。


「その方のお気持ち、私はよく分かります」

「そんな国は理想で本当にあるわけないと内心思っていたが、セルマと会って本当だと分かった……。あいつには悪いことをしたな……」


 隊長さん……辛そうですね。まだその方の死を悼んでいるのでしょう……。悲しみが伝わってきます。


「だが、一番分かり易かったのはそれだな」

「達磨ですか?」

「ああ。何度見ても丸々としていて、しかつめらしい顔だ。そいつも願いが叶ったら目を描くとか言っていたな」


 私が手作りしカウンターに置いていた達磨を、目を細め懐かしそうに眺めています。

 少し和んだところで、私は隊長さんにお茶を淹れました。


「ここのお茶はうまいな……」

「ありがとうございます」


 大きく息を吐き出し、隊長さんが再び口を開きました。


「十年前……二十五歳の時、俺は副隊長だった。昇進したばかりで浮かれ、気が弛んでいたのかもしれない――」





「リアム副隊長ー! 一戦お願いしてもいいですかー?」

「ダンか? 張り切っているな」

「へへっ。やっと念願の騎士になれたんですから、気合いも入りますよ」


 ダンは見習い期間が終わって、うちの隊に配属されたばかりの騎士だった。副隊長の俺が面倒を見ることになり、二人でよく稽古をしたり、時には雑談も交わした。

 ダンには同じ年の婚約者がいて、見習い期間が終わったから、来月結婚式を挙げるんだと喜んでいた。


「結婚の前祝だ。好きな物をいくらでも頼んでいい。どうせ結婚したら付き合いが悪くなるだろう?」

「そんなに俺を独占してると、うちの彼女に文句を言われてしまいますよ?」


「ぬかせ」


 俺はよくダンを酒場に連れて行った。


「リアム副隊長が変なんですよ。なんで身分も高くてそんな色男なのに、女っ気がないんですか? 騎士団七不思議の一つらしいですよ。俺ばっかり誘って……。って、ま、まさか!? これがBLってやつか!?」

「なんだBLって?」


「リアム副隊長! 俺、実は前世の記憶があるんです。地球って星の日本って国にいたんですよ。すごくハッキリ覚えてるんです! で、BLってのは――」


 はじめは酔っぱらいの冗談かと思ったが、内容があまりにも具体的だった。男好きだと思われたのは全否定しておいたが。


「ムスっとしないでくださいよー」

「すごい物が流行る国なのだな」

「沢山面白いことがありましたよ。娯楽に溢れていましたね。だから、こっちの世界に慣れるのは大変でした」


 信じがたいことも多かったが、ダンの話は興味深く、面白おかしかった。


「いまだに慣れないことは、なにかに感謝したり祈ったりする時に、こうして手を合わせてしまうことですかね」

「それが祈りの姿勢か?」

「はい。日本人の記憶がある俺としては、胸に手を当てるのが恥ずかしいんです。だからか、手を合わせてしまうんですよね」


 ダンはよく荷物をすられそうになったり、巡回中に道のゴミを拾ったりして遅れるから、目が離せなかった。

 手間のかかる奴ほどカワイイというところか。


「その厳つい顔をした赤い丸の絵はなんだ?」

「達磨っていいます。願いが叶ったらもう片方の目も描くんです」

「その願いとやらは、まだ叶っていないのか?」

「そうなんです。内容は副隊長でも言いませんよ」


 手帳に挟まれた達磨の絵。ダンの願いとはなんだったのか……。達磨は片目のままとなった……。




 その日、俺たち騎士団の王都部隊は、王都の近くに出た魔物討伐に向かっていた。

 情報では中型の魔物が群れで二十匹。危険度も低く、戦力にも充分余裕がある討伐だった。


 隊長の指示で俺とダン、他の騎士三名が同じ方面へ向かった。


「よし、俺とダンで右の一匹を倒す。左の奴は任せたぞ」

「「「はいっ」」」


 俺は気づいていなかった……。年数を経て、自分が騎士になった頃の気持ちを忘れていたのかもしれない。

 あの時、見習いから上がったばかりのダンは、どれほど神経を張り詰めて戦っていたのだろうか……。


「ダン! 気負いすぎるな! いつもどおりでいい!」

「はいっ!!」


 ダンは、訓練では優秀だったが、実戦ではなかなか力を発揮できなかった。それをカバーし戦闘に慣れさせ、成長させるのが俺の役目だったのに……。



「ダン! いいから下がっていろ!」

「わああああ!」

「ダメだ! 深追いしないで早く逃げろ!」



 手負いの魔物の捨て身の攻撃がダンを襲った……。

 俺の目の前で、ダンが魔物に殺された――




 遺体の損傷は激しかった。ダンのご家族に会わせる顔などなかったが、葬儀に出て頭を下げて詫びねばならない。

 ご両親の憔悴しきった姿に、目も当てられなかった。みなが若くして亡くなったダンを惜しみ、悲しみにくれる中、一人の女性が俺のところにきた。


「人殺し……。見習いを終えたばかりのダンをあんたが殺したのよ! 私は絶対あんたを許さないから! ダンや私を不幸にしたあんたも不幸になればいい!」


 ダンの婚約者だった。恋人のいない俺が、彼女の哀しみを理解することはできないのだろう……。どれほどの想いで俺のところに来たのか……。

 俺はただただ、頭を下げ続けることしかできなかった……。


 今までも、仲間の死に遭遇する場面はあったが、自分とずっと行動を共にしていた騎士が死んだのは初めてだった。

 そして、騎士を亡くしたご家族や恋人の姿を目の当たりにし、やり場のない哀しみをぶつけられたのも初めてだった――





「普段は平気だ。隊長としての責任もあるし、任務に支障をきたしていない。だが、脳裏から離れないのだ……。あいつのことと、あいつの家族と婚約者のことが……」



 その方がすでにこの世にいない以上、隊長さんの苦しみは解決できません。

 神様に願って記憶や感情を改変してしまうことも、できっこありません。


 私が前世で死んだとき、今の力があれば飛び降りた人を空中で助けられていたかもしれませんが、そもそも飛び降りる前に心を救った方がいいのです。

 すごい力と浮かれていましたが、目の前で苦しむ人を救うことができません……。

 隊長さんの苦しみを、私の力で取り除くことは無理です……。


 それでも私は、隊長さんの心が少しでも安らかになってほしくて、手を合わせてお願いしました。


『隊長さんがこれ以上、罪の意識で苦しみませんように――』



「どうした? セルマがそんな悲しそうな顔をするな。あいつのお陰で俺は強くなれたし、仕事一筋になって王都部隊の隊長にまでなれた。平穏だったこともあるが、それ以降部下を喪ったこともない」


 無理を押して笑う隊長さん。せめて私は少しでも慰めになればと、隊長さんの帰り際に一つの包みをお渡ししました。


「隊長さん。いつもお世話になっているお礼です」

「そうか……。ありがたくいただこう。早速見てもいいか?」

「はい」


 懐かしそうに眺めていた隊長さんに、作ってストックしていた両目の入っていない達磨を差し上げたのです。


「達磨は、倒れても何度でも起き上がれる形や、最初に片目だけ瞳を描いて、願いが成就したら残りの片目も描くことから、日本の縁起物として有名なのです」

「なるほど。ありがとう、セルマ」


 隊長さんが少しでも前向きになって、達磨に願いを込められますように――

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