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41 ボールドウィン伯爵家の人々 後

「大丈夫ですか、アナベル様!?」


 アナベル様の肩がビクリと震えました。


「わたくしに関わらないで!」


 荒い息と必死の形相で近づいたから驚かれた――訳ではありませんね。

 やはり、私は単純に嫌われているみたいです。


「避けられていると承知しておりますが、体調が悪い方を放ってはおけません」

「……。なかなか頑固ですのね。いいから、わたくしに構わずお行きなさい。あなたと話していると、頭痛が酷くなりますの」


 罵られても、例え足蹴にされても構いません。ここで従って他の誰かを呼んだって、対応が後回しになるだけ。

 でも、私は今、アナベル様に必要な物を持っているのです。


「苦味も副作用もありません、どうかこちらを飲んでください。私の知る限り、最高に効くお薬です」


 凄腕魔女カレンさんお手製の頭痛薬を、手提げから取り出しました。悪いところは、控えめに言ってありません。良いところは、水なしでいつでも飲めるところ。

 前世でその様な薬があったと思い出してカレンさんに話したところ、伝統的な魔女の薬を改良してくれたのです。


「さあ、一思いにゴクリと!」

「ヒッ。お止めなさいッ」

「騙してはいませんが、騙されたと思ってどうぞ!」


 怯えられて若干申し訳ない気もしましたが、ここは仕方ありません。強引な手法でアナベル様に服用していただきました。効き目はかなり早いはず。

 なんと言っても、カレンさんのお手製ですからね!



「……。痛みが引いてきましたわ……」

「それは何よりです。では、お部屋に戻って休みましょう。私の腕に掴まってください」


「ちょっと待って……」


 アナベル様が戸惑われています。どうされたのでしょう? 外は冷え込むので、屋内でゆっくり休んでほしいのですが。


「……あなたには、色々キツくあたっていましたわ……。それなのに、凍えながらもわたくしに薬を……」


 ん? アナベル様は、謝意を伝えてくださっているのでしょうか? 確かに、上着も着ず手提げだけ抱えて来てしまいました。



「あらあら。外でお話するには、心配になる寒さよ?」

「「お義母様!」」

「我が家の大事なお嫁さんたちが、風邪をひかないようにしないとね」


 マチルダ様です。私の肩にコートを掛けると、たっぷりとした唇が呪文を紡ぎました。

 辺りには宝石みたいな雪の結晶が生み出され、ひと所に集められると、大人二人が入れる大きさのかまくらが築かれていました。


「戻ったら三人でお茶にしましょう。準備しておくわ」


 私たちを心配して来てくれたのでしょう。でも、けして会話には入らず、お膳立てだけして颯爽と戻られたのです。

 マチルダ様を見送ると、アナベル様が私をかまくらへと誘い、意を決したように話してくれました。


「イザベルという名の妹がおりますの。あなたの様に、天真爛漫で純粋無垢。素直で誰からも愛され、まるで花の精だと持て囃されていましたわ……」


 突っ込みたい箇所がありましたが、話の腰を折らず、しっかりお聞きしましょう。


「でも、わたくしにとって彼女は悪魔でしたの。大切なモノは、ずっと彼女に奪われてきましたわ」


 吐露されたアナベル様の過去は悲しいものでした。ドレスやアクセサリーは勿論、ご両親の信頼、初恋の相手、友情。アナベル様を貶めては全て壊し、追い詰めて優越感に浸っていたそうです。

 日本で読んだ女性向けの小説にも、姉妹を題材にした作品は多かったですね。それ程、苦しむ方が多い部分なのでしょう。


「そんな家から救ってくれたのがハロルドでしたの。彼だけはイザベルの作り上げた世論に惑わされず、真実を見抜いてわたくしを望んでくれましたわ」


 暗い過去の映像を観ていたアナベル様の瞳が、やっと力強さを取り戻しました。


「外見や雰囲気が似ているだけであなたを避け、申し訳なかったですわ。この歳になっても大昔を引きずるなんて、馬鹿みたいでしょう?」

「そんなことありません。大人はただ、普段制御できる経験を積んだだけで、過去は時間の経過で消えるものではありませんから」


「不思議ですわ。辛い記憶もあなたに話したら、少しほろ苦いだけに感じますわね……。この頭痛も秋頃から出はじめ夜も眠れずにいましたけれど、今日はなんだか眠れそうな気がしますの」


 アナベル様の体調が心配です。女性の体は変調をきたしやすいですからね。それならば――


「こちらは先ほどの頭痛薬です。それと、同じ魔女さんが制作した、ぐっすり眠ってスッキリ目覚めるミックスハーブです。アナベル様に差し上げます」

「ありがたいけれど、あなたに必要だから持参したんじゃなくて?」


「初のご実家で緊張して眠れなかったらと、念のため準備した物です。お義母様もハロルド様も使用人の皆さんも、――アナベル様も私によくしてくださいました。もう必要ありません」

「わ、わたくしも? 母娘ほど歳の離れたあなたに、大人気ない恥ずかしい行いをしたのに?」


「真摯に話してくれて、平民の私に謝ってくださいました。誰でも出来る事ではありません」

「……あなたが妹なら、こんなわたくしでもいい姉になれそうな気がしてくるから、本当に不思議な娘ですわ……」


 わだかまりが解け並んで屋敷に戻った私たちを、甘いお菓子の香りと温かいお茶、そして、優しいお義母様が迎えてくれました――





 楽しい時間は、どうして短く感じるのでしょう。冬休みはもうおしまい。

 とうとうボールドウィン家の皆さまと、お別れする時となりました。


「セルマちゃん、この間も色々大変だったんですって? ジェイコブが悔やんでいたわ。家のお嫁さんに手を出そうなんて、千年早いのよ。どうかこれをお守りにして。私が若い頃ライアンから貰った、魔除けのペンダントよ」

「リアム様のお父様からの……」


 それは、あまりにも大切なペンダントです。


「母上がそう言うなら、父上も望んでいるはずだ。受け取ってくれないか?」

「私もライアンも、セルマちゃんを守りたいのよ。じっとしていて――」


 青みが強く、細やかな網目のターコイズを、マチルダ様がそっと私につけてくれました。


「ずっと大事にいたします」


 領地にしばらく留まるハロルド様とアナベル様とも、ここでお別れです。


「王都に帰ったらまた会おう」

「セルマさん、今度必ずお店に寄らせてもらいますわ」

「はい! 皆さま、大変お世話になりました!」



 賑やかに見送られた後、リアム様と私が乗った馬車は静けさの中にありました。


「ありがとう、セルマ。気を張って疲れただろう?」

「そうですね……。ですが、日常に戻れないかと思うくらい楽しい時間になりました」


「そうか。俺は少し寂しく感じていた。ずっと誰かがセルマを占領しているし、夜も部屋が違ったからな。いや、けして同室だなんぞとそんな邪な考えはなかったが、母上と兄上が手を回して別々の部屋を準備されていたから、その……な。いや、言いたいのはそういう事ではなく、やっと落ち着いて渡せるなと……」


 なんだか言い訳がましいことをひとしきりぼやいて、胸元からゴソゴソと何かを取り出しました。


「日本では婚約者に指輪を贈る慣習があると、ダンから聞いていた」


 馬車の中、おもむろに跪いたリアム様が私を見上げ、淡いピンク色のケースをパカリと開けました。


「受け取ってもらえるか?」


 はい――と小さく返事をするのが精一杯です。まさか、こちらの世界に生まれ、このシチュエーションの当事者になれるなんて。



「なあ、セルマ。俺に大事にされているか?」

「ええ。過保護だと感じるほど、大事にされています」

「俺は足りないと思っている。お前を胸のポケットに入れ、ずっと守れたらいいのだが」


 急激に体温が上がりました。はめられたばかりの指輪が、熱をもった指先に心地良いです。


「俺で後悔はないか? 少しでも嫌なところがあれば教えてくれ」

「日々リアム様への想いは増すばかりで、考えたこともありません。もし、お互い気になるところが出てきたら、その都度話していきましょう」


 胸がいっぱいで食事が喉を通らないなんて事はなくなりましたが、今もリアム様といるとドキドキしますし、思い出や好きなところが増えるばかりで、私はそのうちパンクするのではと思うのです。


「ハハッ。一方的にダメ出しされるだけになりそうだ。俺は例えセルマの気になるところがあったとしても、それも含め愛しくなるからな」

「年上で包容力がたっぷりなのは分かりますが、リアム様は私を甘やかし過ぎです……」


 たまには私にも、四十年の経験値の包容力を発揮する機会を与えてくれたって――


「そうか? それとな……、セルマはドMなのか?」

「……」


 また女子会を覗きましたね!? こんな時にぶっ込んでくるなんて!

 いえ、ここは包容力です。今こそ発揮するのです。


「セ、セルマ? 怒ったのか?」

「怒っていません。答えはリアム様がそのうち、ご自身で確かめたらいいのでは?」

「っ!!」


 振っておいて照れるのは止めてください!


「そのうち俺が確かめるんだな……」


 あ、開き直りましたね。薬指にキスをしながら、色気をだだ漏らすのは止めてほしいです! そのお顔、最早凶器ですよ!


「待ちきれないほど楽しみだ」


 琥珀色の髪をかきあげ、碧色の瞳を細めた美貌の騎士隊長さんは凄艶で、私は目眩を覚えながらとどめを刺されていました――






「いらっしゃいませ」




 王都にある魔法雑貨屋『天使のはしご』を、毎日欠かさず美貌の騎士隊長さんが訪ねている。

 歳の離れた婚約者を溺愛する彼は、そのうち尻にしかれるんじゃないかと街の人々に予想されているが、それもまんざらではないらしい。

 お相手の婚約者のお店には、今日もわけありっぽいお客さんが吸い込まれて行った――

最後までお読みいただきありがとうございます。

本当に読者の方がいるのだろうか? と不安になるWeb小説の投稿で、誤字報告・感想・いいね・ブクマ・評価をいただけることが、本当に励みになります。

反応をくださった皆様に心から感謝申し上げます。

本当にありがとうございました。

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