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40 ボールドウィン伯爵家の人々 前

 胸には、つつがなく過ごせた一年への感謝と、新たに迎える年への期待を抱き、(せわ)しい年の瀬ながらも、暖められた我が家に帰ればこの上ない安らぎに包まれるこの季節――



 王都の街もすっかり雪化粧し、白銀に輝く冬が訪れました。


 只今私は王都を離れ、古いながらも隅々まで修繕が行き届いた、壮麗な邸宅の前にいます。

 そうです。いよいよリアム様のご実家にて顔合わせをする時を迎え、心拍数が尋常ではなく上がっているのです。


「まあまあ、ジェイコブの報告どおり、本当にお人形さんみたいな可愛らしい娘さんだわ! でかしたぞリアム!」

「ふぁじめむぁして」


 予想だにしない展開が待ち受けていました。グリグリと容赦なく頬擦りされるので、肝心のご挨拶ができません。


「お止めください、母上。セルマが壊れます」

「あら、私としたことが浮かれてしまったわ。さあさあ冷えたでしょう? 荷物は家の者に任せて、サロンで一息つきなさい」


 よく通る声でテキパキと使用人の方に指示を出し、早く早くと急かしながらボールドウィン伯爵邸に招き入れてくれたド迫力美人が、リアム様のお母様でした。


「すまないセルマ。母は生粋の騎士家系の出で、若い頃騎士団に入っていたから馬鹿力なんだ」

「久しぶりに会った母に対して、随分な言い草だこと」


 お二人のお顔立ちがそっくりで、女性版リアム様と言っても過言ではありません。


「事実を述べたまで。未だに上司から、母親の武勇伝を聞かされる息子の身になっていただきたい」

「素手でオークの眉間を砕く、とんでもない伯爵令嬢が現れたって話? それともアッチかしら?」

「お止めください。セルマが固まっています」


 どうしましょう! お母様がかっこよ過ぎです。好きです。ハートはガッシリ鷲掴まれました。

 あまりの衝撃に緊張なんて吹き飛んでしまいましたが、ここは大人しく控えめにこの想いをお伝えしましょう。


「セルマと申します。リアム様のお母様とお会いできて、今とても夢心地です。まさか、こんな気持ちになるなんて思ってもみなくて……」

「ハフゥ。いちいち動きが胸をくすぐるわ! 一挙手一投足ずっと目で追ってしまうじゃない。どうしたらいいのリアム!?」

「激しく同意しますが、逃さぬよう婚約宣誓書にサインをさせてから、ゆっくりセルマを愛でますよ」


 思い過ごしでしょうか。少し物騒なワードに聞こえました。


「そうね! 何年気を揉まされたことか。――誰か早くハロルドを執務室から叩き出して来て」

「――そんなに騒がずとも、書類は準備万端ですよ」


 私たちが一斉に振り返ると、リアム様のお兄様が呆れたように書類を抱えて立っていました。


「お久しぶりです、ハロルド様」

「騒がしくてごめんね。母もリアムも気持ちが抑えきれないんだ。もちろん、私も嬉しくて仕方ないよ」


「さあセルマちゃん、ここに名前を!」

「セルマ……」


 お母様から手にペンをねじ込まれ、急に言葉数が少なくなったリアムからは熱い視線を感じます。どちらも凄い圧です。

 ハロルド様に教わりながら、私がいずれボールドウィン伯爵家の一員となることを誓い、婚約宣誓書にサインをしました――






「なんだか実感がわきません」

「ゆっくり慣れてくれればいい」

「余裕が出てきたわね、リアム」


「遅くなり申し訳ございません。久しぶりに顔を出したので、婦人会の皆様がなかなか帰してくれませんでしたの」


 怒涛の勢いで進められた婚約手続きが終わり、その余韻に浸る皆様と歓談していたところで、貴族然とした佇まいの淑やかな女性が、サロンにお見えになりました。

 ド迫力美人二人目です。この御屋敷の皆さん、顔面偏差値が高いです。


「私の妻のアナベルだよ。今日は、領地の有力者の奥方たちが集まる婦人会に参加していたんだ」


 やはり領主婦人ともなると、お忙しいのですね。私がご挨拶を申しあげると、アナベル様は片眉を上げられ、その見目よいお顔が僅に歪められました。

 なにか失礼をしてしまったでしょうか?


「息子たちは留学中で年末は帰省せず、今頃パーティー三昧だろうね。セルマちゃんに紹介できなくて残念だけど、リアムとしてはその方が安心だよな?」

「兄上、俺が甥っ子に負けるとでも?」

「うちのボウズたちもかなり大きくなったぞ? リアムよりセルマちゃんと歳も近いし、話も合うんじゃないか?」


「クッ。――それより、いつの間にセルマを“ちゃん”で呼ぶようになったのです? 馴れ馴れしい」

「母上もそう呼んでるし、別に構わないだろ? 妹になるんだし、そうケチケチするな。狭量な男は、セルマちゃんに捨てられるぞ?」


 泣く子も黙る騎士隊長さんは、ご実家では完全に末っ子扱いでした。意外な一面も知ることが出来て嬉しく思っていると、私に向けられる鋭い視線を感じたのです。


 アナベル様?


 私と目がバチリと合うと、こんな場は耐えきれないとばかりに、アナベル様は突然踵を返しました。


「どうしたアナベル? リアムにやっとお嫁さんが来てくれるんだ。喜ばしい席だろう?」

「喜ばしい? ――まさか、平民の義妹ができるとは思ってもみませんでしたわね!」


 アナベル様の剥き出しの嫌悪感に、背筋がゾクリと冷えました。


「そこのあなた。主人やお義母様の手前、婚約に反対しなかっただけありがたいと思ってちょうだい。わたくしには一切関わらないで! あなたとお話しすることもありませんし、このまま失礼させていただきますわ」

「待ちなさいアナベル!」


 一方的に告げられ、アナベル様はサロンから去ってしまいました。

 それから――お祝いを兼ねた夕食の席にも、体調が悪いとアナベル様はお見えにならず、その後お会いする機会はありませんでした――





 お義母様となるマチルダ様は大変気さくな方で、時には厨房に入って料理もすると教えてくれました。


「ここに来たばかりの頃は渋い顔をされたけれど、今となっては料理長の鉄板の笑い話にされているのよ」


 そう言ってウインクされた時には、この方がリアム様のお母様で本当に良かったとつくづく思いました。

 私の中で、アナベル様の件が澱となっていることを察し、気遣ってくれたのでしょう。



 その日、リアム様はご兄弟で領地の視察に出られたので、私はマチルダ様からリアム様の好物料理の作り方を教わっていました。


「骨付き猪肉のロティはね、夜営で食べると最高なのよ。魔法師を引っ張って来て、高火力で焼いてもらうのがこれまたいいの。リアムが子どもの頃、旧知の魔法師が遊びに来た時に思い出して作ってみたら、何度もせがまれる大好物になったって訳」


「リアム様にとって思い出の味なんですね。私の親友が火魔法の使い手なんです。覚えて帰って、必ずリアム様に召し上がっていただきます」

「それは良いわ。じゃあ、このオーブンの火力をよく覚えていってね」


 ワイルドに調理して出来上がったロティを二人で試食し、心もお腹もたっぷり満たされたので、散歩でもしてカロリーを消費しようかと廊下を歩いていました。

 そこで、アナベル様とバッタリお会いしてしまったのです。


「アナベル様、お出かけですか?」

「……」


 最初に一瞥いただいただけで、やはり完璧にスルーされてしまいました。一緒に歩き続けるのも悪いので、一度部屋に戻りましょう。

 窓から外の景色を眺めると、やはり外に出られたアナベル様がいらっしゃいました。


「あれ?」


 アナベル様は所在なげに歩いているだけかと思いきや、フラりと揺れた後その場にしゃがみこんでしまいました。

 右手で頭を押さえています。


「本当に具合が悪いんだ!」


 先日遠出をした際、ドゥアガーさんに目をつけられ散々な思いをした私は、今回旅先で使えそうな様々なアイテムを準備していました。

 詰めに詰め込んでパンパンになっている手提げ袋を持って、私は大わらわでアナベル様のもとへと向かいました――

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