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4 大人になりたい男の子 ロイ

 小鳥のさえずりを聴きながら、朝の澄んだ空気を胸いっぱいに吸いこみ、魔法雑貨屋『天使のはしご』のプレートをオープンにします。

 さあ、今日も一日頑張りましょう――



「雑貨屋のお姉さん、おはようございます。お店の中を見てもいいですか?」

「はい。どうぞ、ゆっくり見てください」


 朝一番でお店に来たのは、日本なら中学生くらいの男の子でした。

 お目当ての物が見つからないのか、一時間はお店の中を眺めています。

 時々ため息をこぼしていますね……。お困りでしょうか?

 まずは一息ついてほしいので、お茶を一杯淹れました。


「どうぞお茶でも飲んで、お休みください」

「あ、ありがとうございます」

「なにかお探し物ですか?」


 私がたずねると、戸惑いがちに男の子が教えてくれました。


「早く大人になる道具を探していました……」

「どうして早く大人になりたいのですか?」

「家は貧乏なんです。早くちゃんとした仕事に就いて、お金を稼いで両親を助けたくて……」


 私は悩みました。この世にそんな魔道具はありません。

 私が願えば、男の子の願いは叶うのかもしれませんし、もしかするとお金さえも……。が、そういう問題ではないでしょう。

 しばし、考えを巡らせます。


「一度これを試してみてはいかがでしょうか?」


 私は才能チェック魔紙を戸棚から取り出し、男の子にお渡ししました。安価ですし、男の子にとって、きっとこの先の指針になると思います。

 結果は十分程度で分かるので、ハードルも低く、物は試しとやり易いのでは?

 そのことを説明すると、大きな明るい声で返事をしてくれました。


「やってみたいです!」


 使い方をご説明し、浮き出す文字で質問してくる魔紙に、男の子は次々と答えを書き込んで行きます。

 さあ、後は結果を待つだけです。


「お疲れ様でした。お茶よりも、ジュースがいいですか?」

「はい。ジュースがいいです。お気遣いありがとうございます」


 照れくさそうに男の子が答えたので、今度は林檎ジュースをお出ししました。

 とても礼儀正しく、しっかりしたお子さんです。それでもまだジュースを好む年頃ですよね。配慮が足りませんでした。


 その時、『天使のはしご』では珍しく、お客さんの来訪が重なりました。


「雑貨屋? 開いているな」


 またまた隊長さんです。


「今は朝の見まわり途中なんだが――おや? 先客がいたか?」

「おはようございます、隊長さん」


「二人でゆっくりして、なにをしていたんだ?」

「この方の才能を調べていたところです」

「結果を待つ間、ごちそうになっていました」

「お、才能チェック魔紙か。どれ?」


 隊長さんが魔紙を見ると、結果が浮き出てきました。


「「「騎士!!」」」


 男の子本人もですが、隊長さんも私も驚きました。他にもいろいろ才能はありましたが、騎士の才能が抜きん出ていたのです。


「いくつになる?」

「今年十四になります」

「そうか、騎士試験を受けてみないか? 受験料は高くない。ここで道具を買うよりも安いぞ?」

「そうなんですか?」


 隊長さん……、商売人を目の前に、なんてことを言うのでしょう。


「まずは見習からだが、それでも給料が出る」

「は、はい! 受けさせてください! ロイと申します!」

「分かった。願書を『天使のはしご』に持ってこよう」

「よろしくお願いします!」


 とんとん拍子に話がまとまりました。今回、私の出番はないようです。だから普通にお祈りをします。

 私は手を合わせて願いました――


『ロイ君の、騎士試験合格を願っています』



 それから変わったことがあります。

 なぜか隊長さんが、一週間置きに『天使のはしご』に顔を出すようになったのです。


 最初は願書を届けに来ただけかと思っていましたが、翌週にはロイ君が試験を無事受けたこと、そのまた翌週には一次選考を通過したことを報せてくれました。


「それでな、このまま行けばロイは来月から見習い騎士になれそうだ。おい? ちゃんと聞いているのか?」

「え、はい。聞いております」


 こんな調子で入り浸るのですが、隊長さんはお暇なのでしょうか? こちらが心配になってくるのですが……。

 これもまた、なにかに巻き込まれる前兆なのでしょうか……?




 ロイ君はご実家から騎士団に通い、見習い騎士としての道を歩み始めました。


「セルマさん! 今日、初めてお給料をいただいたんです!」

「よかったです。ロイ君が毎日訓練を頑張ったからですね」



 お給料をもらって、家計を助けられることが嬉しいみたいです。

 予定はまったくありませんが、こんな息子さんがいてくれたら、母親冥利に尽きるでしょう。


「覚えることがいっぱいで大変ですが、とてもやりがいがあって毎日楽しいです! それで――」


 ロイ君は初めてのお給料で、家族みんなへのプレゼントを買いたいそうです。


「じいちゃんとばあちゃんには腰痛用のサポーターと、母ちゃんには激落ち洗剤一揃え、弟たちには模造剣かな……」


 ポリポリと襟足を掻きながら、独り言を言っています。これが気を張っていない時のロイ君なのですね。

 私がその姿を微笑ましく感じていると、どうやら全員分のプレゼントが決まったみたいです。


「とにかくなんでもいいから、早く大人になって稼ぎたいと思っていました。でも、セルマさんから才能チェック魔紙を勧められて、今はよかったと思っています」

「そうでしたか」


「隊長にしごかれヘトヘトになると、早く追い越したいって思うんです。貧乏から抜け出したいとばかり考えていましたが、初めて自分がこうなりたいって目標を見つけることができました」

「夢ができたんですね? 目標は隊長さんですか?」


「はい! セルマさんと出会えたおかげです!」

「そんな、大袈裟ですよ」


「ロイ、ずいぶんと楽しそうだな?」

「たっ、隊長!! あっ、用事を思い出しました! 失礼します!」

「ありがとうございました。気をつけてお帰りください」


 初めてのお給料日ですから、いろいろとご予定があるのでしょう。孝行息子のロイ君が帰り、またまた隊長さんがお店に入って来ました。


「いらっしゃいませ」

「あ、ああ。今日は給料日だからな、なにか便利そうな物を買いに来た」


 う~ん。便利そうな物ですか……。なにをお勧めしたらいいのか、見当がつきません。隊長さんがどんなお方で、どのようなライフスタイルを送っているのか知らないと難しいですね……。


 少し話を聞いてみようかと考えていると、お店の外から大きな声が聞こえてきました。


「隊長ー? どこですかー? 早く奢ってくださいよー。腹ペコでーす」

「下っぱの俺たちにごちそうしてくれるって、昨日言ってたじゃないですかー」


「「……」」


「お約束がありましたか?」

「給料日だから、部下にたかられているだけだ……」


 このまま街中を捜索されても大変ですよね。私は隊長さんからお話を聞くことをあきらめました。


「隊長さんは慕われているのですね。お店にはまた今度、ゆっくりいらしてください」

「あ、ああ。また来る」


 そこまでガッカリされなくてもいいと思うのですが、肩を落として隊長さんは帰っていきました。

 さて、今日はそろそろ店仕舞いとしましょう。




 自分の才能はなにかと思い悩み迷う時期も、後から考えると掛け替えのない素敵な時間です。

 描いた夢をひたすら追いかける生き方も素敵です。

 ロイ君のように家族のために生き、その中で生き甲斐や目標を見つけて生きるのも、これまた素敵な生き方ですね。




「いらっしゃいませ」


 今日も魔法雑貨屋『天使のはしご』に、わけありっぽいお客さんがやって来ました――

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