38 欠陥品の魔法雑貨屋 中
戦闘スイッチが入ったディラン様が呪文を囁いたかと思うや否や、猛烈な速さで外へ飛び出しました。出ると同時に、土属性の身体強化魔法をかけたみたいです。
細くて長い爪の先まで美しい指から、目視できるほどの魔力がほとばしっています。
「グギャアッ!」
あっという間に小さな生き物を鷲掴みにして、ディラン様が戻って来ました。
『そいつはドゥアガーだな』
「旅人を惑わすと悪名高い妖精さんですね」
「こんな小者を逃したとは……。フフフフ……。あいつへの仕置きが不足していましたね。セルマさんの噂を流すなんて馬鹿なマネをした理由を、じっくり吐いていただきましょう」
クツクツと肩を揺らすディラン様がヤバいです。こんなディラン様をカレンさんが見たら、キュンキュンしていたことでしょう。
ああ、カレンさんとお茶がしたいです。
「クヒッ。マヌケが捕まった」
「ふわっ!? まだ外から変な声がします」
「もう一匹ドゥアガーがいますね。同族が捕まったのを面白がるなんて、とことん歪んだ奴らです」
別のドゥアガーさんが現れてしまいました。ディラン様に掴まれたドゥアガーさんを、簀巻きにできる物はなかったでしょうか?
「逃がさないわよーー! とりゃっ!」
「ウゲエッ」
慌てて縄でもと探しているところに、えらく力の入った女性の掛け声と、聞いてる方まで悶絶したくなる悲痛な呻きが響いてきました。
ああ、これは……、この声は――
「カレンさん!」
「セルマー! 大丈夫だった? エヘヘ。私を惑わしたりなんて事するから、容赦なくやっちゃったよ! このっ、このっ。よくもやってくれたわね! 本当、最悪な気分だったんだから!」
私の大切な親友、明るくて情熱的で、恋に進路に真向勝負のパワフルなカレンさんの登場です。手には魔法の蔦で捕縛されて観念したドゥアガーさんを、ズルズルと引き擦っていました。
「かっこいいです、カレンさん」
「素晴らしい魔女ですね。自力で持ち直し、その上軽く犯人を捕まえてしまうとは」
「ニャン」
「きゃっ! ディラン様とカイもいらしたのね。嫌だわ私ったら。はしたないところをお見せしちゃった」
軽々とディラン様が捕まえたドゥアガーさんも一つに括って、照れ隠しなのかブンブンと振り回しています。
ほんのり赤くなってモジモジされていますが、ドゥアガーさんたちは目を回して気絶寸前ですよ?
「セルマ、ごめん。無意識に冷たくしちゃってたよね? 凄くモヤモヤして苦しくて、おかしくなってるのにやっと気づいたの。気合いを入れたらシャッキリ目が覚めたわ」
カレンさんの頬には、ディラン様の言葉で染めた以外の赤みがありました。
「カレンさん……。早く冷やしませんと……」
「セルマのほっぺにも、綺麗な手形がついてるよ? 髪で隠そうとしても、私はお見通しなんだから」
「ウフフ。私も根性で気合を注入しちゃったんです」
「もーう。同じことをしていたんだ。私たち、意外と似てるよね」
微笑み合うカレンさんと私に、ディラン様がキンキンに冷やしたおしぼりを渡してくれました――
「あなたたちが、私の悪い噂を流したのですか?」
「クヒッ。俺、馬車に乗ったお前見た」
「人間嫌い。でも、お前気に入った」
馬車に乗った時とは、リアム様のお兄様と一緒に、訓練遠征の村まで行った日のことですね。
「だからついてきた。お前嫌われると良い」
「嫌われて街を追い出される。俺と一緒にいる。それとても良い」
「すみません。私はもうすぐ婚約するので、ずっとここにいます」
私の答えに憤慨したドゥアガーさんたちは、ジタバタと暴れて駄々をこねました。
「なぜ、俺と一緒じゃない! お前、言うこと聞かない奴!」
「俺、必ずお前連れてく」
困りましたね。ディラン様もカレンさんもカイさんも、ドゥアガーさんを眼光鋭く睨んでいます。
皆さんのおかげで、私は直接被害を受けてはいませんし、カレンさんが充分お灸を据えてくれました。
あとは、『天使のはしご』の商品の良さをご理解いただきたいのと、今後旅人の方が危険な目に遭うのを防ぎたいですね。
そうです。きっといたずらをするのは、暇だからでしょう。なにかいい商品はなかったでしょうか?
店の商品を見渡すと、一つのアイテムに思い当たりました。
「ドゥアガーさんに、こちらを差し上げます」
万年売れ残りのおもちゃ、ノーダメブロックです。ダメージガードの魔石から作られていて、作品の製作者以外は崩せない仕様になっています。逆に製作者であれば直ぐに魔法を解除し、バラバラにできるのです。
完成した力作が崩れたら切ないですし、新しく組み立てたい時にはばらすのが大変ですからね。これは良いと思って入荷したのですが、こちらの世界ではあまり受けず、ずっと棚に置かれていました。
「ほら、こうしてこうしたら、お家の完成です。お城なんかも造れますよ」
「「おおー」」
私はブロックを取り出し、ドゥアガーさんの前で組み立てながら説明しました。難しいことはありません。説明も誤飲注意とかですから、人の文字が読めずとも大丈夫でしょう。
手も小さいですし、きっと器用に組み立て、傑作を生み出せると思います。
「俺、欲しい」
「俺も欲しい」
「差し上げてもいいのですが、約束があります」
「なんだ?」
「約束する」
「ちゃんと家に帰ってから仲良く遊ぶこと。これからは旅人の皆さんに悪戯をしないこと。その二つです」
「「わかった」」
交渉成立です。ドゥアガーさんたちがお土産のブロックを抱え、機嫌よく小躍りしながら帰られました――
一件落着。せっかくディラン様とカレンさんが会えたので、事件の整理をしながらティータイムです。
「ちょっと腑に落ちないのよ。あの妖精に、ここまでの力があるかしら? それにしても、夜は冷えるわ」
「ストーブに火を入れますね」
「変な寒気がしますよ。気温の問題ではなさそうですが……」
三人でぶるりと震えた僅か後に、カイさんの尻尾がブワリと膨れあがりました。
『スペクターが店に紛れ込んだぞ。俺にしか見えていないのか?』
「スペクターが出たみたいです。私は寒気すらしませんでした」
霊感をカイさんしか持ち合わせていないようです。見えない上に、物理攻撃が効かない相手は厄介ですね。
「ちょっと待って。他の魔物も外にいるわ」
「あれはナイトメアじゃありませんか!? やっと繋がりました。ドゥアガーだけで王都中に干渉するなんて無理な話。スペクターが憑依したり、ナイトメアが悪夢を見せたりしていたんですよ」
「最悪なコラボをしてくれてたって訳ね。ディラン様、指示を下さい。私は光魔法を扱えないんです」
「私も光適性なしなんです。ナイトメアは対応できても、スペクターは厳しいですね……」
カレンさんとディラン様の表情が険しくなり、とってもマズイ状況だと察しました。
「カイさんは見えるんですよね?」
『ああ。よし、俺についてこい。スペクターから守ってやる』
「分かりました! 私は見えるカイさんの誘導で囮になりながら逃げます。お二人は外のナイトメアを!」
「「了解!」」
カレンさんとディラン様がナイトメアを足どめしている隙に、私はカイさんの導きで少し肌寒い外へと脱出しました。
「セルマ。死して仲間になれ」
「こちらはいいぞ」
スペクターたちが次々私に語りかけてきます。ナイトメアと対峙したディラン様とカレンさんの方からは、激しい炎が昇っていました。
お二人は凄腕魔法師です。必ず勝つでしょう。
兎に角私はこの幽霊たちを連れ、教会にでも駆け込むのです。
ですが――。忘れていました……。己の鈍足さを……。
『逃げきれんな。大丈夫だ、絶対にセルマは渡さん』
「ここまでありがとうございました。もうカイさんはお逃げください」
『ぬかせ!』
姿の見えない幽体を何度も振り切りながら王都の夜道を彷徨いましたが、とうとう何かに遮られ、首を絞められてしまいました。
私の身体が宙に浮き、意識が遠退いてゆきます……。いよいよでしょうか……。
「やめろっ!」
暗くなる視界の端に、一筋の光を見た気がしました――