37 欠陥品の魔法雑貨屋 前
実り豊かな秋が去り、冬支度をはじめる季節を迎えた頃――
ここ数日、王都は気の早い冬の嵐に見舞われ、人々はひっそりと屋内に籠っていました。
魔法雑貨屋『天使のはしご』は、本日午後休み。久しぶりに日差しも暖かかったので、街に出て買い物を済ませておきましょう。
「お会計をお願いします。今日は暖かくて過ごしやすいですね」
「ああ、そうだね……。――はいよ」
「こんにちは。今日のオススメは何ですか?」
「こいつだよ」
行きつけの八百屋さんではよそよそしい感じがしましたし、お肉屋さんはどこかぶっきらぼうです。
悪天候が続いたため、皆さん気持ちが鬱々としてしまったのでしょうか?
そんなことを考えながら街を歩いていると、数多の視線が私に突き刺さりました。
「ちょっと奥さん、聞いた?」
「聞いたわよ~。前会長さん、あそこの商品で死にかけたってね~」
「バラ園のスケルトン騒ぎの時、あの娘とスケルトンが会話していたらしいぞ。勇気ある奴が婆さんを助けようとした時、見ちまったらしい」
「やっぱ、魔物とグルって話はガチだったんだな。あんな可愛い顔して恐ろしい女だ」
私は巻き込まれ癖がありますから、危険を察知しようと、基本周囲には気をつけている方です……。
この状況は――
「その道具って、相手の居場所が分かるんだって。悪い人が使ったらヤバくない?」
「それそれ。ストーカーが使ったら危ないじゃん。変な物を売らないで欲しいよねぇ」
「自分の気持ちが相手に筒抜けになるなんて、最悪じゃねぇか」
「浮気がカミさんにバレちまうってか? そりゃ勘弁して欲しいもんだ」
どうやら街の皆さん、私の方をチラチラ窺いながら話しているので、間違いなく私や『天使のはしご』の商品のことを噂しているみたいですね。
どんな道具にだって注意すべき事があり、説明書にはダメな使用法も書かれています。
こちらの世界は訴訟社会ではないので、ゆる~く売られているフシはありますが、公序良俗に反しないが大前提に変わりはないのです。
説明書の薄いこの世界を、私は素敵だと感じていたのですが……。
「ダルマなんて奇妙な偶像を作って、何がしたいんじゃろ? 魔女とも親しくしているらしいが」
「それは怪しいのう。騎士隊長さんは騙されているんじゃなかろうか?」
王都の皆さんは、私に対して疑心暗鬼になっているようです。これは困りました。一体、何が起きているのでしょう?
私のことだけを言われるのなら放っておきたいところですが、カレンさんやリアム様まで悪く言われるのは許せませんね……。
「あ、カレンさん!」
「セルマ!」
「学校が終わったのですね。就活の気分転換に、少しお茶でもしませんか?」
「ご、ごめん! 今日は学校の友だちと約束してるから、また今度!」
カレンさんはそそくさと、路地裏に消えてしまいました。
やはりおかしいですね……。いつものカレンさんなら例えお友達との約束があったとしても、次に私と会う約束をしてから「またね」をするはず。
「野良猫の集団を引き連れているところを見たって奴もいたな」
「なんだか気味が悪いわ」
どこへ行ってもどこまでも、いたるところでヒソヒソと囁かれてしまいます。
さすがに多少のことでは動じない私でも、ここまで邪険にされ、親友にまで距離を置かれたらへこみますよ?
取り敢えず今は大人しくお店に帰り、リアム様が来てくれるのを待ちましょう。騎士団は嵐の対応で忙しくお会いできずにいましたが、晴れた今日はきっと来てくれるはず。
経験値は四十年。涙はぐっと堪えて、シャキっと歩きましょう!
――コンコンコン――
「夜分恐れ入りますセルマ様」
「ジェイコブさん、こんばんは」
『天使のはしご』に現れたのはリアム様ではなく、執事のジェイコブさんでした。
「リアム様は緊急の出動があり、本日もこちらに来ることが出来ません」
「そうでしたか。何かあったのですか?」
「申し訳ございませんが、詳細までは存じません……。主不在のため私もすぐ屋敷に戻りますので、これにて失礼いたします」
「あっ! 待って下さい!」
いつも親切で丁寧なジェイコブさんにも、嫌われてしまったように感じてしまいました。一人お店の中で今日の出来事を思い出すと、堪えたはずの涙がにじんできます。
きっと、マイナス思考になっているのでしょう。
「……。――甘ったれない!」
私は自分の頬をパッシーンと叩き、気合いを入れました。自分だって不信感を抱いているのに、皆さんには信用して欲しいなんて虫が良すぎますよね!
「ニャーン」
「カイさん!」
カイさんも普段と様子が違うジェイコブさんを心配し、追いかけて来たのでしょう。尻尾をパタンと一度打ち、イカ耳で説明してくれました。
『あいつを悪く思わないでくれ。質の悪い妖精が、人間どもにちょっかいをかけているんだ』
「悪い妖精……ですか。王都の皆さんに何をしているのでしょう?」
『すまんが、俺には感覚でしか分からん。猫たちは本能で警戒し逃れていたが、人間はやられっぱなしというところか。まあ、標的はセルマで、明らかに陥れようとしているな……』
どうやらまた、私は厄介事に巻き込まれてしまったみたいです。カイさんと私が頭をひねっていると、もう一人『天使のはしご』に来客がありました。
「いらっしゃいませディラン様」
「カイさんもお出ででしたか。セルマさん、至急の報せがあって参りました」
クールなディラン様が、珍しく息を切らせています。
「もしかすると、妖精のことでしょうか? たった今、カイさんに教えてもらったばかりです」
「そうでしたか……。猫たちの目はさすがですね。実はここ数日、王都の街に邪悪な気配が漂っていました。嵐に紛れて入り込んだらしく、騎士団と魔法師団が調査にあたっていたのです」
「だから、リアム様はお見えにならなかったのですね」
「人々の精神に干渉し、セルマさんと『天使のはしご』の悪評を広めている輩がいると判明すると、リアムさんが鬼のような形相で指揮をとっていましたよ」
私が嵐でお店に籠っている間に、リアム様が……。
「魔法師団の方々にもご迷惑をおかけし、申し訳ありません」
「いえ、申し訳ないのはこちらの方なんです。密かにセルマさんを護衛していたうちの部下が、周囲をうろついていた妖精を逃すなんて失態を犯しまして……。私が挽回いたしますので、どうかご容赦ください」
「!?」
ディラン様が何かを思い出して黒い笑みを浮かべた後、爽やかに微笑まれました。
私のせいで叱られたであろう魔法師団の方、忙しい隊長職にも関わらず駆けつけてくれたディラン様。膝の上で心配そうに見上げてくれるカイさんに、今もどこかで私を想ってくれているリアム様――
昼間とは違う、温かい涙が出ちゃいそうです。
「ああああ! 落ち込まないで下さいセルマさん。私でも正常な思考を保つのに用心したくらいですから、街の人々では抗えなかったはず。部下もあっけらかんとした男ですから、気に病まないでください」
「ニャ」
カイさんの肉球ポンポンが優しすぎて、とうとう涙腺が崩壊してしまいました。
辛い時や苦しい時には蓋をできても、誰かの温かさはスルリと心に染みるものです。
「クヒッ。泣いた泣いた」
「グズッ。今、変な声が聞こえましたが?」
『犯人が近くに来ているな』
「カイさん、セルマさんをお願いします」
空耳ではなかったみたいですね。私の大切な『天使のはしご』の評判を貶めてくれた犯人さん。うちの商品がいかに素晴らしいのか、その身でとくと味わっていただきます!