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35 合同訓練遠征 後

 リアム様の登場で、少し頭が冷えた気がします。そして、冷静になった思考で報告せねばなりません。私は長の話をリアム様にお伝えしました。



「両師団でも、温厚な其方たちが群をなして村を襲うなどおかしいと、いぶかしがっていた。心当たりがある者はいないか、我々がしっかりと調査する。報復するのを少し待ってはくれまいか?」

「わしがその調査とやらを見届けていいのなら、少しは待ってやる」


 私はリアム様に長の言葉を伝えます。


「ありがたい。それならば、一緒に来ていただきたい」


 そうして、私の肩に乗った長とリアム様とカイさんで村へと戻りました。


 途中途中で、長が『キュイ』と鳴くと、一斉にフィールドラットさんたちは村の外に出ていきました。カイさん同様、この長の統率力も素晴らしいですね。


「村の者も、全員ここに集まれ!」


 急に退いたフィールドラットさんの群れに戸惑う人々にも聞こえるよう、リアム様が低く有無を言わさない声で号令を掛けます。



「この村の住人でフィールドラットの住みかを壊し、瀕死にさせた奴が三人いるそうだ。心当たりはないか?」


 リアムの問いかけに村人のみなさんは、静まりかえります。ですが次第にざわめきが広がり、次々と情報が上がってきました。


「男三人が、フィールドラットを棒で痛め付けている所を目撃した者がいました」

「なに? どいつか分かるか」


 犯人が自ら名乗り出ることはありませんでしたが、小さな村です。すぐに誰かが判明しました。騎士様に捕まり、犯人たちはリアム様とディラン様の前に突き出されます。


「「「……」」」


 しかし三人は無言です。口を尖らせ、どこか不貞腐れているようにも感じます。

 両師団を巻き込んで村中大騒ぎとなっているのに、反省の色が一つも見えません。その様子を、村のみなさんが固唾を飲んで見守ります。遠くの藪からはフィールドラットさんたちの目も光っています。

 口火を切ったのはディラン様でした。


「いやぁ、まさか、益獣のフィールドラットをいたぶる輩がいるとは思いませんでしたね」


 グルグルと男三人の周りを回りながら、手にイカズチを纏わせバチバチいわせています。怒った時のディラン様、やっぱり怖いです。カレンさんだけは『ディラン様素敵』と、目がハートでしたが。


「吐け」


 ディラン様の囁きが聞こえた気がします。同時に男の人たちにバチリと電気が走った気がしますが――気のせいでしょう。

 これでも充分な気がしますが、本格的なごうも――取り調べとはどのようなモノでしょうか……。



「すみませんでしたあ」


 ディラン様の軽い脅しに耐えられなくなったのか、一人が謝り出します。すると他の二人も一斉に謝りはじめました。


「己より小さい者をいたぶってなにが面白い!」



 それまで黙って成り行きを見ていたリアム様の拳が、三人の頬に綺麗にめり込みました……。騎士隊長の拳は、成人男性でも吹っ飛んでしまいます。


「ぐはっ」

「ひぎぃ」

「うっ……」


「きっ、騎士様!」


 村長らしき人が慌てて間に入ろうとしましたが、冷酷な瞳でリアム様が言い放ちます。


「俺ら騎士は命に代えて、民の命を守る責を負っている。その騎士が民を殴りつけるのは御法度か?」


 リアム様の剣幕に、村長さんも村のみなさんも動きを止めます。が、どこか騎士が一般人を殴ったことに、不満がありそうです。


「だがな、だからこそ、無闇に人々の生活に混乱を招くものを許せない! 日々の穏やかな営みを守るのも両師団の責務だ! 文句があるならかかってこい!」


 常に人々の味方であるリアム様。その村を守るためにも、嫌な役を買って出ています。

 でも、これではリアム様とディラン様が怖い隊長認定です。


 そこにスッと出たのは、リアム様のお兄さん――ハロルド様でした。


「私はハロルド=ボールドウィン。いやあ、うちの愚弟が手荒なマネをしましたね。言葉も足りません。しかし、愚弟のしたこともまた一理。王都の騎士団と魔法師団を、何日も足止めする原因を村人が作ったとあれば……」


 ひっ! お兄様の温厚な笑みが腹黒く感じるのは私だけでしょうか?


「まあ、原因を作った者たちは、ただでは済みませんね。国にいくらの賠償をすることになるか……」

「「……」」


 人好きのする満面の笑みで、村の皆さんを見渡します。村のみなさんが一瞬にして青くなります。

 ハロルド様の言葉に、ざわついていた人たちも再び静まり返りました。


「身から出た錆で、我が団員の強力な魔法を使わせ、建物の修理をさせたのですか?」

「「……」」


 ああ、ディラン様。またもや変な魔力が漏れ出ていますよ? カレンさんだけは『ああ、これが伝説の魔法師様の漏れ出す魔力ね』と、今度は感動しているようです。


 騎士団と魔法師団のみなさんも思わぬところで足止めをくらい、長引いた訓練遠征の原因に怒りを隠せません。みなさんも王都には、帰りを待つ人がいるのです。

 両師団の団員さんたちからは、おびただしい量の怒気が犯人に放たれていました。


 その怒りも織り込み済みのリアム様が、団員さんたちに言います。


「お前ら、あの三人は俺の拳をくらったんだ。それでもう充分なのは、俺の拳をよく知るお前らが知っているだろう?」

「「はいっ!」」


 リアム様の言葉に、団員さんたちは怒りの鉾先を収めたようです。リアム様は自分が悪者になっても、これ以上民との間に遺恨を残さないようにしたのですね。


「みなさま、本当にご迷惑をおかけしました。建物まで頑丈に補強していただいて……。ほら、お主らも謝れ!」

「「「申し訳ありませんでした」」」


 フィールドラットさんを襲った三人組も頭を下げて謝っています。


「セルマ、傷付いたネズミが回復してきたようだぞ。薬が効いたんだな。命に別状はないらしい」

「カイさん、情報ありがとうございます」

「まあ、あの隊長に免じて、これ以上の報復は止めてやる」


 普段は温厚なフィールドラットさんたちです。仲間が無事回復し謝られたことで、報復を止めることに決めてくれました。


 三人を殴ったリアム様だって辛いのです。自ら嫌な役を買ってフィールドラットさんたちの気持ちを鎮めたリアム様――


(お疲れ様でした)


「ここの領主殿には私が上手く話しておく。両師団の隊長二人も、報告は寛大な心で……、な?」


 ハロルド様が念押しし、一騒ぎとなった小型魔物村襲撃事件の幕はなんとか閉じました。




「いくつになっても血気盛んだな。早く嫁をもらって落ち着け。ね、セルマさん?」

「ひゃい!」


 リアム様と私の肩を叩きながら、私に意味深な視線を送るハロルド様。執事のジェイコブさんもですが、リアム様のお家の方々からは圧を感じますね。


「兄上、セルマに気安く触らないでください」


 ハロルド様が釘を刺したお陰か、あの村でリアム様やディラン様を鬼隊長呼ばわりする人は現れませんでした。

 むしろ、あの騒ぎを鉄拳制裁だけで済ませたことに、村人たちは感謝をしているくらいだったのです。




「セルマ、ただいま」

「お疲れ様でした、リアム様」


 どこか浮かない顔のリアム様が『天使のはしご』にやって来ました。せっかく遠征から戻ればすぐお休みの予定だったのですが、長引いた遠征の報告をしなければならなかったのです。

 やっと報告が終わり、帰ることができたのです。


「セルマはとうとう兄とも会ったか。俺より人の機微も分かるし、見た目もあまり変わりなかっただろう?」


 な、なぜそんな、リアム様は不安そうにしているのですか? ま、まさか、リアム様は……。


「兄は口も達者だし、セルマも親しみやすかったか?」


 遠回しですし回りくどくおっしゃっていますが、リアム様はご自分がお兄様よりおモテにならないと感じているのでは? 私がハロルド様に、ときめいたとでもお考えなのでしょうか?


「確かに、ハロルド様はリアム様と同様、偉ぶらない素晴らしい伯爵様でしたね。お顔立ちも似ていらっしゃいましたし……」


 リアム様の大きな喉仏がゴクリと上下します。飼い主に置いていかれる前の犬の様な表情ですよ?


「でも――立ち回りの上手いハロルド様も、素敵な方だと思いますが、実直で少し不器用なリアム様が私は好きです」


 リアム様の口角が上がったりギュと引き結んだり、せわしないです。嬉しくて緩みそうになる頬を我慢しているのですね。


「二週間は長かった。どれくらい一緒にいれば、この気持ちは落ち着くんだろうな。もう、来年の遠征が憂鬱だ」


 そうですね。私もここまで寂しく感じるとは思っていなかったです。確かに、どれくらい一緒に過ごせばこんな気持ちは落ち着くのでしょうか?


 前世も今世も、私の両親となってくれた四人は、何十年経っても仲は良かったですね。多分きっと――


「きっと、子どもたちや友人に囲まれていれば、寂しさは紛れるのでしょう。でも、やはり夫婦や恋人って、また特別でその人たちとも違うのでしょうね……」

「そうだな。子は巣立ち、友も各々の伴侶を得て別の家庭を築く。それでも俺と一緒にいるのは、セルマなんだろうな……」


 私はリアム様の言葉に、微笑んで頷きます。どんなに時を経ようとも、きっと離れる時間は寂しいのです。でも、それ以外の時間はずっと側におりますよ。


「兄が、今度セルマに本邸に来てほしいそうだ。そしてだな……。間もなく付き合って半年だ。すでに俺の伴侶はセルマしか考えられない。どうか、俺の婚約者になってほしい」

「リアム様……」


 嬉しいです……。貴族のリアム様が正式に婚約者を選んだとなれば、その意味は重いはずです。私を選んでくれるのですね……。


「俺がセルマを婚約者にできたら、兄やジェイコブ、家の者はみな喜ぶだろう。みなに祝福され、俺たちは最高の婚約者にならないか?」


 綺麗な琥珀色の髪、男らしくも整ったお顔に、強い心と優しいお人柄。

 私は、この美貌の騎士隊長さんの婚約者になりたいです。


「はい。私をリアム様の婚約者にしてください」

「ありがとう、セルマ――。よし、家の者を婚約期間で抑え込んでいるうちに、二人の時間をもっと堪能してやる」




 一つご報告があります。カイさんは、最近ジェイコブさんの所から街の見回りに通っているらしいです。

 奥様を亡くされ気落ちしていたジェイコブさんも、カイさんがいるとさらにシャンシャンとし、有能執事振りを発揮しているとは、リアム様からの情報です。


 思い当たる節もありましたしね。ジェイコブさんが『天使のはしご』に来た夜、女傑の心を一撃で貫いたのでしょう。

 今度カイさんと女子会をしなくてはなりません。カレンさんと根掘り葉掘り聞かせていただきましょう。





 今日も、魔法雑貨屋『天使のはしご』に、わけありっぽいお客さんがやって来ました。

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