34 合同訓練遠征 中
――翌日――
早朝迎えにきていただいた護衛の方に、私たちは度肝を抜かれてしまいました。
「はじめまして、セルマさん。リアムの兄ハロルド=ボールドウィンです」
「リアム様のお兄様ですか! はっ、はじめまして!」
予期せぬご家族登場に、心臓が早鐘を打ちます。確かにどことなく雰囲気がリアム様に似ています。ですが、リアム様より少し砕けた感じがしますね。
ハロルド様はカレンさんとカイさんにも、スマートに挨拶を済ませていました。
「リアムの不在が長くなると聞いて私邸に行ってみれば、ジェイコブがなにやら楽しそうなことをしていたのでね。事情を聞いて私が来てしまいました」
茶目っ気たっぷりに片目を閉じて、ハロルド様がいきさつを聞かせてくれましたが、お兄様に護衛していただくなんて……。
私たちの戸惑いを察し、ハロルド様がおっしゃいます。
「私がいれば、リアムは小言を言いませんよ? ジェイコブも叱られたりしないでしょうね」
夜にも関わらず、馬車と御者を手配してくださったジェイコブさんが叱られては、申し訳が立たないです。
「ハロルド様、ありがとうございます。よろしくお願いいたします」
こうしてハロルド様に連れられ、私たちはリアム様とディラン様がいるという、二つ隣の村へと向かいました。
「セルマさんはずっと一人暮らしなんですか?」
「はい。幼い頃両親を亡くし、祖父の経営していた雑貨屋を継いだのです。祖父も高齢でしたから、五年前に他界しました」
車内では、ハロルド様が会話を回してくれています。
「カレンさんは、上級魔法学校の魔女科の生徒さんなんですよね?」
「はい。来年卒業なので、そろそろ進路を決めたいのですが、とても迷っています」
「大変優秀だと聞いていますよ。将来が楽しみですね」
カレンさんのことも知っているようです。さすがにカイさんには話し掛けないようですが、魚の乾物を千切ってはカイさんに差し出しています。
ご兄弟は似ていらっしゃるのですが、領主様と騎士様になったのは兄だから弟だからというより、適性が合っていたからという感じに思えます。
ハロルド様のお陰で、和やかで快適な移動時間となりました――
「あいつらは草食で、本来人と共存出来る生き物です。なぜ、村を襲うのでしょうか?」
「くそっ! チョロチョロしやがって!」
両師団はフィールドラットの群れに苦戦していた。
村や周辺の耕作地内で魔法をぶっ放すこともできず、人海戦術で小さな魔物の新たな侵入を防いでいるが、すでに村の中へ入ったモノたちはガリガリと建造物を囓ってゆく。
相手は小さくすばしっこい。そして、数が多過ぎた。大柄な騎士たちは翻弄されていた。魔法師団も侵入を防いだり、家屋が倒壊しないようにするので精一杯だ。
もうすぐ小さな魔物との格闘の開始から、丸二日が過ぎようとしている。
「やっと家族の元に帰れると思ってたのに……」
団員の中には愚痴をこぼす者も出はじめた。地味な戦いに騎士も魔法師も士気が上がらない。
そんな混乱の最中、小さな村にやって来た者たちがいた――
「セルマ! なぜここに!? カレン殿とカイ殿まで!」
「ごめんなさい、リアム様」
ああ、リアム様の綺麗なお顔が、般若になってしまいました。これは予想以上に気まずい雰囲気です。
「リアム、小言はなしだ。まずは状況を確認したい」
「あ、兄上!?」
リアム様がハロルド様の登場に狼狽する中、来訪者の話を聞きつけたディラン様もやって来ました。
「皆さん……。来てしまったのですか……。ん? リアムさん、セルマさんならこの騒動の原因が掴めるのでは?」
「ふうううう~~っ。セルマ、カイ殿の時のように相手と話はできないか?」
そうです。私はカイさんと話せるのですから、フィールドラットさんとも話せる可能性があるのです! ですが、そんなに気持ちを落ち着かせるために息を吐き出さなくても……。
「やってみます!」
「カレンさんは私と一緒に、齧られた村の建物の補強をお願いできますか?」
「はい!」
早速ディラン様とカレンさんは動き出しました。
「リアム、俺は騎士に混じるぞ」
「お願いします、兄上。カイ殿が側にいればフィールドラットも近づけまい。俺はまた指揮をとりに戻る。カイ殿、セルマを頼んだ。なにか分かったら教えてくれ」
「ニャ」
私とカイさんは地面を駆け回るフィールドラットさんの話を聞くことに専念します。
「俺が一匹捕まえて来てやる」
「お願いします」
カイさん、ちょっと楽しんでいますね。天敵の姿に逃げ出すフィールドラットさんの首根っこをなんなく咥え、戻って来ました。目がらんらんと輝いていますよ?
私は手を合わせて願います。
『困っている村に早く終息が訪れますように。フィールドラットさんたちが困っているのなら、困り事がなくなりますように――』
「お姉ちゃんは変わった人間だね。この猫も、僕をオモチャにしないんだ?」
「猫だが猫と呼ぶな。俺はカイだ」
「ああ、お話してくれるのですね」
よかった。これでフィールドラットさんたちになにが起きているのか知ることができそうです。
「どうして突然村を襲ったのでしょうか? 理由があるのなら教えてくれませんか? みなさんの力になりたいのです」
「あのね、僕たちの家や仲間を棒でつついたりして傷つけた奴がここにいるの。僕たち、なんにも悪いことしてないのに」
ちょっとフリーズしてしまいました。その話が本当なら、フィールドラットさんたちが怒るのも当然です。
「長のところに行けば、もっと詳しく教えてくれると思うよ? お姉ちゃんは優しそうだし、カイも大人しくしてくれるのなら案内するよ?」
「当然だ」
「お願いします!」
私とカイさんは、少し毛艶が落ち、長い時を生きたと思われるフィールドラットさんのところに案内されました。
「じいちゃん、この人が話を聞きたいって」
「「人間と猫だ!」」
周囲にいたフィールドラットさんたちがざわめく中、長と呼ばれた方が歯をカチカチ鳴らしながらもこちらに来てくれました。
「はじめまして。私はセルマと申します。こちらはカイさんです。なぜ村を襲っているのか少しだけ聞きました。もう少しだけ詳しくお話を聞かせてほしいのです」
「よかろう。この村の人間が、わしらの住みかを何か所も壊した。穴の奥までは被害がないから大目に見てやろうと思ったが、驚いて住みかから飛び出した仲間たちが瀕死の状態だ。わしらをいたぶるため、わざと穴から出したんだ」
「えっ!!」
ゾワリとしましたが、まずは怪我の治療をしないといけませんね。外傷なら人間用の物でも同じ哺乳類ですし、効くはずです。私は念のため持参した回復薬を数種類出しました。
「人間用ですので、本当に微量をお試しください。回復する見込みがあるかもしれません」
「まず、お前が飲んでみろ」
自分たちを意味なく襲った人間なんて信用できませんよね。私は悪い所はありませんが、少しくらいなら副作用も大丈夫でしょう。
「どうですか? これで少しは安心していただけますか?」
「ふむ。お前たち、怪我を負った者にこれを少しずつ与えて来てくれ」
「ピッ」
数匹のラットさんが薬瓶を咥え駆けていきました。
「相手は三人。そいつらが二度とわしらに危害を加えないよう懲らしめるまで、探し続けるつもりだ。伸びてきた歯を削るのに、人間の住みかは丁度いいしな」
周囲を囲んだラットさんたちも、長に合わせて歯をカチカチ鳴らします。相当怒っていますね。当然です。話を聞いた時、私も血の気が引いたあと、久しぶりに頭に血が上りましたし。
私はベジタリアンにはなれませんから、綺麗事を言うつもりはありません。生き物は他の命をいただいて生きねばなりません。それが魚ならいいのですか? 昆虫なら? 植物なら?
どこまでならいいのでしょうか? そんな問答は不毛です。
他を食らうことに変わりありませんから。
だからこそ、そうして繋いだ己の命を大切にし、自分がもらった命に感謝し言うのです。
「いただきます」
「ごちそうさまでした」
と……。
それなのに、ただ命をいたぶるのは許せません。
「なんか悪いな、セルマ」
「本能ともまた別だと思います。現にカイさんは今もあの、フィールドラットさんたちを追い回したりしません。人間もカイさんと同じように理性があるのに……」
猫のカイさんの方が余程強い衝動に駈られているはずなのに……。情けないです……。
その時、フィールドラットさんたちが警戒鳴きをしはじめました。みな、カチンと固まります。
「セルマ、遅いから心配になって来た」
「リアム様!」
長と話していることで状況が少しは落ち着いたのでしょうか。リアム様がやって来ました。