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33 合同訓練遠征 前

 リアム様にとって心配でしかない、天高く馬肥ゆる秋となりました。

 明日から魔法師団と騎士団が、合同で訓練遠征に出発します。


 この一週間ほど前の『天使のはしご』の店内では、背後に影を背負ったリアム様が私に遠征の件を伝えていました。



「セルマ、来週から魔法師団との合同で遠征がある。毎年恒例なのだが、二週間程会えなくなる……」

「それは大変ですね。そして寂しいです」


 リアム様とお付き合いをはじめて4ヶ月が過ぎました。毎日会いに来てくれていますから、こんなに長く会えない時間を過ごすなど初めてです。


「カレン殿やカイ殿が、俺やディランが不在でもセルマを守ってくれはするが、くれぐれも危険なことには首を突っ込まないでほしい」


 私に話す前にカレンさんやカイさんに遠征の事を話していたなんて、ちょっと拗ねたくなってしまいます。

 でも、リアム様は、周囲を固めてから動きたいタイプなのでしょうし、私が自ら首を突っ込むことも多いので、素直に返事をするしかありませんね。


「はい。いつも通り過ごして、リアム様のお帰りを待っていますね」

「その、いつも通りが心配なのだが……」


 それから遠征に出るまで毎日、繰り返し同じことを言われました。リアム様は本当に不安そうですが、あっと言う間に合同訓練遠征へと出立する日がやって来て、リアム様とディラン様の両隊長は遠征先へと向かいました。




 リアム様と離れて二週間。

 私は弱い人間になったのでしょうか?


「セルマ、いるか?」


「ただいまセルマ」


「おやすみ、セルマ」


 そんな風に言ってくれるリアム様と少し会えないだけで、心にポッカリ穴が空いてしまいました。声が聞きたくて会いたくて仕方がないのです。


 自分がこれほど依存体質っぽいとは……。ズブズブに甘やかされるのも怖いことです。


 いや、私はいくらパートナーが忙しかろうと、自分の趣味や研鑽に勤しみ、一人の時間を楽しめる女性になるのです!


「んもう、聞いてるの、セルマ? なんで拳を作って立ち上がってんのよ?」

「あ、はい……」

「ニャ」


 ジトリとした目で、カレンさんとカイさんが私を見ています。


「セルマって強そうに見えて、意外ともろいタイプなのかな?」

「ニャ」


「カイさんのおっしゃるとおり、経験不足かもしれませんね……。でも、カレンさん。ずいぶん余裕じゃないですか?」


 ここは女性だけの空間です。代わる代わる私の見張りにカレンさんとカイさんが来てくれていましたが、一堂に会するのは久しぶりです。

 ここは、恋の話をしようじゃありませんか!


「私はね、ディラン様に感謝の気持ちを伝えるにあたって決めたのよ。まずは自分の将来を決めて、一人立ちして、できる大人の女になったら告白するんだって」


 恋に恋していたカレンさん。なんだかもう恋魔力の暴発はしなさそうに思えました。素敵です。


「カイはどうなの?」

「ニャニャ!」


 あ、なるほど……。


「カイさん曰く、自分が一番強いし、しっかりし過ぎていて、オス猫さんたちにはこれっぽっちも魅力を感じないそうです」

「ああ、納得……」


 野良猫さんたちを統率するカイさんの手腕は見事なものです。カイさんに打って変わることができる猫さんでなければ、カイさんはオスとして見られないのですね。なんだか難儀です……。




「こんばんは、セルマ様」


 カイさんの色恋のお話を聞く機会は訪れないのかと残念に思っていると、『天使のはしご』に夜の来客がありました。


「いらっしゃいませ、ジェイコブさん。どうかされましたか?」


 リアム様のお屋敷のお爺さん執事、ジェイコブさんです。主不在でも、遅くまでお仕事なのでしょうか?


「実は、リアム様のお戻りが遅れることとなりそうです」

「何かあったのですか?」


 私だけでなく、カレンさんもあからさまにガッカリしています。


 どうも、遠征自体は順調に終わったらしいのですが、帰還途中の村で本来無害である魔物が村を攻撃し、両師団で対応しているため帰りが遅くなるそうです。


「お帰りの目処は?」

「申し訳ございません。騒ぎを終息させるまではとしか……」


 村は王都から馬車で1日もかからない所に位置するそうですが、お帰りの目処が立たないとは心配です。


「魔物の種類はなんなんだろう」


 隣を見ると、カレンさんもディラン様が心配なようです。カレンさんの呟きにジェイコブさんが答えます。


「フィールドラットの群のようです」

「なぜ、草食で温厚なあの小型の魔物が……。不思議ね」

「ニャッ」


 カイさんの目がギラリと光りました。興味津々というところでしょうか? 『ラット』という単語に反応するのは、猫さんの性なのでしょう。


 そんなカイさんもカレンさんの話を聞きたそうにしています。さすが上級魔法学校に通うカレンさん。魔物の知識もありました。ここはカレンさんに詳しく聞いてみましょう。


「完全な草食動物で、その辺の雑草や樹の皮を食べる小型の魔物なの。農作物や種子なんかは栄養価が高過ぎて食べられないんだ。体内で分解できないのよ」

「粗食でないと、生きられないのですね」


 ラットというからには鼠さんの仲間とみなされているのでしょうが、同じ齧歯類でもどちらかと言えばリスやウサギに近いのでしょうか。


「雑草だけを食べてくれるし人間にもよく懐くから、その性質を利用して畑の近くに住処を作らせたりするのよ」


 益獣というくくりになるのでしょうね。


「ニャ」

「確かに、カイさんの懸念に同感です。なぜ、そんな人間と共存できる生き物が、群をなして村を襲うのでしょうか?」


 しばらく下を向いてウンウン唸っていたカレンさんが、ガバリと顔を上げました。


「人間の方が、なにかをやらかした?」

「ニャ」

「動物は無意味にデカイ相手を襲うことはないから、そんなところだろうな。と、カイさんも言っています」


 私たち三人? の間に漂う空気は同じでした。リアム様ごめんなさい――


「ここは、私たちの出番でしょうか?」

「さすがセルマ、話が早い!」

「ニャン」


 ジェイコブさんが最初は反対したものの『老骨にムチを打ちますかなぁ』と、まっすぐな腰を大げさに叩きながら逡巡してこう言いました。


「夜の内に馬車を準備いたします。そして女性お二人とメス猫さんだけで送り出しては、私が後でリアム様に叱られます。護衛の手配をさせていただきますよ?」


 カイさんをメスと知っていたジェイコブさんは、やはりデキル執事さんです。馬車も護衛の方も、断る理由がありません。ですが、今、明日のことをお願いするのははばかられます。


「ありがたいのですが、ご迷惑を掛けてしまいます。今から手配をされるのでは、ジェイコブさんが大変です」


 しかし、ジェイコブさんは、ダンディーお爺さんスマイルでこう言いました。


「執事の腕の見せ所です。万全の態勢なら、リアム様も小言を言いますまい。気兼ねなさらず、すべて私にお任せください」


 女三人の胸に、不思議な感情が芽生えた気がします。カイさんの尻尾がせわしなく動いていますね。


 準備をするため先にジェイコブさんが屋敷に戻り、『準備をして、また朝来るわ』と、カレンさんも自宅に戻りました。カイさんは野良猫仲間に少しの間不在にする旨を伝えてから、また『天使のはしご』に戻ってくるそうです。




「オレには準備して持っていく物もないし、相手が相手だから仲間を引き連れて行くわけにもいかんし」


 そう言って一度店を出たカイさんは、ものの5分で戻って来ました。一緒に荷造りをし、私はカイさんのモフモフを堪能しながらその夜は眠りにつきました――

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