32 卒業記念品選びとセルマの不安
――秋口の王都は、大分過ごしやすい気温になってきました――
王都にある魔法雑貨屋『天使のはしご』に、わけありの状況とはまだ縁のなさそうなお客さんたちがやって来ました。
「こんにちはー」
「ちはー」
「こんにちは」
あら。今日のお客さんは、これまたずいぶん可愛らしいみなさんです。
日本でいうなら、小学校の高学年くらいのこどもたちでした。
「ぼくたち、あと半年で学校を卒業するんですけど、卒業記念品委員になったから記念品を探しに来ました」
「そうなのですか。頑張ってくださいね」
「「はーい」」
卒業記念品だなんて思い出に残る品物を、『天使のはしご』に選びに来てくれて嬉しいですね。
こどもたちは、元気よく品定めをはじめました。
「ペンのセットは?」
「去年の卒業生も選んだらしいよ。違う物にしたいなぁ」
自分たちの代ならではという、こだわりがあるのでしょう。
「じゃ、ハサミは?」
「そういうのって、縁を切るって意味になったりしないか?」
験を担ぐことを気にするなんて、なかなか大人っぽいですね。
男の子たちはワイワイはしゃいで、記念品を探しています。
「ねえ、裁縫セットはどうかしら?」
「んなもん、女しか使わねぇだろ!」
「そうだ、そうだ」
「いらねー」
女の子が一人だけ混ざって頑張っています。この年頃の男の子は、デリカシーの芽生えがまだなのでしょうか。
男の子たちに『いらない』と断言されてしまった女の子が、少し涙ぐんでしまいました。なんだか可哀相ですね。もう少し、異性に対して優しくできるといいのですが。
日本なら男の子でもお裁縫を習いますが、こちらではまだまだ女性のすることなのです。
男の子だって、できた方がいいと思う考えは受け入れられないのでしょうか……。
「でも、どうする?」
「なんか、面倒な委員になっちゃったよなぁ」
そうしてただいま、卒業記念品選びは難航中です。
「セルマ。時間が空いたから寄った」
「リアム様、お疲れ様です」
こどもたちがひしめく店内に、リアム様がやって来ました。
「あー、騎士隊長がサボりだー」
「サボりではない。休憩だ」
あ、リアム様の形のいい眉がヒクヒクしています。
サボりか休憩か真相は分かりませんが、自分の裁量で任務を遂行できる立場になったリアム様が真実となるのです。
大人の社会とはそうして回っているのですよ? 男の子たち。
「うっわー! 騎士の剣ってカッケー!」
「今日はまた、ずいぶんと賑やかだな……」
男の子たちの元気のよさに、騎士隊長が圧倒されています。
リアム様が携える本物の剣や、着けられた勲章が大好物なのですね。目を輝かせ見入っています。
ですが、女の子だけはまだ沈んでいるようです。
「みんなは今度の卒業生で、卒業記念品を選びに来てくれたのですよ」
「ん? それならお前たち、俺に絡んでないで早く選んだ方がいいんじゃないか?」
リアム様の問いかけに、男の子たちが答えます。
「でもさぁ、なにがいいのか分かんないんだー」
「筆記用具なんて、ありきたりだしなぁ」
「彼女が持っている裁縫セットなんか、ずっと使えていい物だろう?」
先ほど却下された裁縫セットを握りしめ、固まったままでいた女の子を見て、リアム様が言いました。
「俺たち縫い物なんて、女のすることしないもん」
「男が使わない物を貰ってもなぁ」
「なに? 裁縫は俺もするが?」
「「ええー!」」
男の子たちを諭すように、リアム様が話し出しました。
「騎士が魔物退治に行った時、誰が食事を作るんだ? 洗濯はどうする? 戦いで服が破けた場合、誰が直してくれる? 尻のところが破れた時、お前たちだったらずっと尻丸出しだな」
「「……」」
あえて、こどもたちが分かりやすいように説明をするリアム様。ヤンチャなこどもさばきも、素晴らしい腕前です。
「騎士は、全部自分でするんだ。男も女も関係ない」
みんなが憧れる職業の騎士様の話を教えられ、男の子たちは考え出しました。
「そっかぁ……」
「確かに……。だから家の父ちゃんは、騎士になれないんだな」
さて、私は自分のお店の商品を推しましょう。
「こちらのお裁縫セットはすごいのですよ。針に糸を通す時は糸が針穴に吸い込まれて行きますし、指に針が刺さってもすぐに治癒してくれるのです」
「すげぇ」
「それなら俺でも縫い物ができそうだ!」
「騎士になりたい奴も多いしなぁ!」
形勢が変わり、女の子はちょっぴり嬉しそうです。
リアム様と私も顔を見合わせ、微笑ましい光景に目を細めます。
その後程なくして、無事、卒業記念品を決めたこどもたちが帰って行きました。
先生に報告し、後日具体的な発注となるようです。
「リアム様は、なんでもできるのですね」
「盛って言うつもりはなかった。最低限のことができるというだけだ」
なんて最強無敵な御方でしょう。容姿よし、中身よし、さらになんでもソツなくこなせるなんて、同じ生き物とは思えなくなってきました。
リアム様を独り占めすることに、罪悪感すら覚えてしまいます。私のような凡人では、リアム様に不釣り合いなのかもしれません……。
「ん? どうした、セルマ?」
「リアム様が本当に素敵で素晴らしい方なので、私なんかがリアム様とお付き合いしていていいものか不安になりました」
あっ、弱音なんて吐いたから、呆れられてしまったかもしれません……。
「セルマは俺のことが好きか?」
「す、好きですよ。むしろ、大好きと言った方がいいくらいです」
リアム様ったら、なんてことを聞いてくるのでしょう!
「俺のことを愛しているか?」
「心から愛しています」
「俺も、セルマが大好きだし心底愛している。俺の最愛の人を『私なんか』とは言ってほしくないな」
私は素直に正直に生きたいと思っていますが、こんなにストレートに言われてしまうと、恥ずかしくてリアム様の方を見ることができません。
元が日本人で奥ゆかしいからなのか、単純に経験不足だからなのかと、今突き詰める必要のないことを考えて逃避したくなります。
あ……、いつの間にかリアム様に捕まってしまいました……。
リアム様が左手で私の両手を握り、右手はこれまた私の頬に添えられ、ゆっくりと顔を上げさせられてしまいました……。
「お互いにそうなら、それだけで充分一緒にいる理由となる。なにも不安に思うことはない。これからも二人一緒だ」
「はい……」
魔法雑貨屋『天使のはしご』に、甘い時間が流れてゆきます――
「雑貨屋のお姉さん。俺、忘れ物しちゃった――」
「「……」」
――明日から王都に住まう者の間で、話題の恋人たちの新たな噂話に花が咲くだろう。二人の交際は順調で、イチャイチャ度合いが急加速しているらしいぞと――