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30 人生の最期には

 柔らかな日差しを浴びて、大きく伸びをした初秋の朝。王都にある魔法雑貨屋『天使のはしご』に、虚ろな瞳をした中年男性がやって来ました。


「いらっしゃいませ」

「ああ……」


 この方、ちょっと追い詰められてる感が強いかもしれません……。どうされたのでしょうか?


「ガラス製じゃないランプはあるか? 一番明るい物を頼む」

「はい。色味が七色の物と二色の物がございますが、七色の物はお値段が張ります。いかがなさいますか?」


「二色の方を五台たのむ」


 一度に五台ですか! 今お店には、四台しかありません。


「ええと……。展示品と在庫を合わせても四台しかないのです。残りは後日でもよろしいですか?」

「それなら四台だけでいい。あとは、七色の物を一台頼む」

「かしこまりました」


 あ、危ないです! 男性がフラついています。


「大丈夫ですか? お茶を淹れますので、少しこちらでお休みください」

「ああ、迷惑をかけてすまん。寝不足が続いていたもんで、立ちくらみがしただけだ……」


 寝不足とおっしゃったので、スッキリできるようにハーブティーをお出ししました。

 男性は人心地つけたのが、ポツリポツリと語りはじめました。


「実は、親父の看病をしていて、ちょっと疲れていた……。ガラス製のランプだと、年老いた親父が壊したら危ない。安全な物に変えるため、評判のいい『天使のはしご』に来てみたんだ」

「ありがとうございます。ですが、それはとても心配ですね」


 ちょっとどころではなく疲れていそうで、お父様もですが、こちらの男性のことも心配です。


「親父の記憶が日増しになくなっていく。近い出来事の方が覚えていないかもしれない。昔のことは、時々鮮明に思い出したりするんだが……」

「大変辛いことですね……」


 息子さんとして、お父様を見ていて苦しいでしょう……。

 お父さんは認知症かもしれませんね。でも、この世界にそんな概念はありませんし、日本なら介護休暇をとる方もいますが、ここでは法整備もされていません。

 まずは寄り添って、お話を聴くことに徹することにしました。



「今では、俺のことさえ忘れることが多くなった。勝手にどこかへ行ってしまうし、長時間一人で家に置いておくこともできなくなってきた。夜も寝てくれないから、ずっと気を張っていて寝不足だ……」

「それは休まりませんね……」


 日本でもよく高齢者の方が家をぬけ出してしまい、捜索されたりしていましたね。


「親父を看取るまでは、仕事を辞めて看病に専念しようと考えているが、いつまで続くのか先が見えないからな……」

「お仕事と両立できるといいのですが……」


 お仕事ができなければ、生活自体が不安定になってしまいます。


「あんた……、いい娘さんだな。俺ももっと若いうちに甲斐性があったら、今頃女房でもいて、こんなに苦労しなくて済んだかもしれんな……」

「そんな。勿体ないお言葉です」


「ははは。俺は家具職人のテオだ」

「私は、セルマと申します」


 テオさんは、お一人でお父様の介護とお仕事を両立させようと頑張ってきたのですね。

 ですが、それではいつかテオさんが身体を壊してしまいそうです。


「仕事にばかりかまけて、親の親戚関係なんかも気にしてこなかったからな。いよいよとなった時、誰に知らせたらいいのかもよく分からん。親父に聞いても、ちゃんとした答えももう期待できない……」


 お父さんの症状については、私に踏み込める範ちゅうではないのでしょう。

 せめて、少しだけでもテオさんを元気にできないでしょうか?


 私は手を合わせて願いました――


『テオさんの身体と心が、すこしでも休まりますように。頑張りが報われますように――』


「今さら気づいて後悔しても遅いのにな……。おっと、長居してしまったようだ。親父が起きるかもしれないから帰るよ」

「はい。どうぞ、お気をつけてお帰りください」


 たくましい職人さんの腕で軽々とランプを抱え、テオさんは帰って行きました。

 少し休んで、目眩も落ち着いたようでよかったです。




 そして、私にもできることがあります。

 王都職人組合の前組合長ジムさんと現組合長レイさんに、先日のお見舞いの御礼をしながら、少し職人さんのお仕事について話を聞いてみましょう。


 お昼の時間を利用して、お二人の工房へ向かいました。

 街を歩いていると、野良猫さんたちの過保護の度合いがどんどん強くなっている気がします。行く先々で、私を見守ってくれているのです。

 私の方を見ていないフリをしながらついてくるので、可愛くて思わずにやけてしまいますね。




「セルマさん!」

「こんにちは、ジャックさん」


 偶然、城勤めの文官ジャックさんとお会いしました。噴水広場のベンチに腰掛け、少しお話しをします。


「先日はわざわざご丁寧に、お返しまでいただきありがとうございました」

「こちらこそ、本当にありがとうございました。ここも綺麗に修繕が完了しましたね」


 ジャックさん、お仕事を頑張っているのですね。こうして街の人々が快適に暮らせるのも、ジャックさんのような方々がいてくれるからなのです。


「上司と新人も少しずつ打ち解け、最近は、三人で意見を交わす時間が楽しいんですよ」

「ジャックさんたちが居てくれたら、この街はますます善くなりますね」

「ええ。ご期待に応えて行きますよ」


 短いお昼休みということもあって、ジャックさんと別れ、再び工房へと向かいます。




「先日は、お見舞いありがとうございました」

「おお、おお。元気になったか!」

「セルマさん! 本当に良かったです!」


 お二人に御礼を渡し、家具職人さんのお仕事についてそれとなく聞いてみました。

 やはり、お仕事とお父様の介護を両立させることはできないのでしょうか?


「ソイツは、テオのことだな? 最近工房を閉めることが多いと思っていたら……。職人ってやつは、どうも寡黙でしょうがねぇ。水くさい奴だ」

「師匠が言えることではないと思いますよ?」

「ふん。しかし、危険な工程もあるしなぁ……」


 家具を作るのなら、危険な工具も使うのでしょう……。


「いえ、こんな時の職人組合です。今度の役員会で、みんなに聞いてみます。きっと、自宅でも腕を活かせる仕事はあるはずです」

「ありがとうございます!」





 それから、一週間ほど経ちました――


「テオさん、いらっしゃいませ」

「邪魔するよ。セルマちゃんのお陰で、いいことが二つもあったから報告に来た」

「どうぞお掛けください」


 一つは私にも心当たりがあります。

 組合長のレイさんは、職人さんの手が足りない工房からテオさんへ、小振りの家具の製作依頼の橋渡しをしてくれていました。


 作業工程の一部だけをテオさんへ依頼することで、危険な工具を使用するところもクリアしたと言っていました。


「気を回してくれたんだな。ありがとう、セルマちゃん。もう一つ嬉しいことはな、あの七色のランプを親父の枕元に置いたんだ。そしたらな、自分で好きな色にできるのが気に入ったらしく、親父の寝つきがよくなったんだ」

「それはよかったです」


 私は、真っ暗だろうが明るかろうが眠れますが、眠る際の照明は、一人一人好みがありますからね。


「記憶がはっきりしている時には、書き物もしはじめてな」


 昼光色を使ったのでしょうか? 明かり一つで、安らいだり、作業がはかどったり、色温度の効果というものはあなどれないものですね。


「コッソリ覗いたら、一言も礼など言ったことない頑固な人がヨレヨレの字で『テオ、ありがとう』って書いていたんだ……」


 テオさんの声が震えて詰まります……。

 そのたったの一言で、人の心って救われたりするのですよね……。


「本当にセルマちゃんのお陰だよ。ありがとな!」

「商品がお役に立ててなによりです」

「さあ、納期もあるし、稼がないと! 取り急ぎ報告までだ。また来るよ!」


 先が見えない状況にも関わらず、色味が多く高いランプをお父様のところに置いた、テオさんの優しさが伝わったのだと思います。





 前世では、二十歳で死んでしまいました。

 介護する側の気持ちも、される側の気持ちも、看取る側の気持ちも、看取られる側の気持ちも、私が心から共感することはできません。


 今世で長く生きれば、そんな問題にもぶつかるのでしょう。大事な人がいれば、より怖くて不安になります。

 先日のお婆さんとアロンさんの件でも、身につまされていました。様々な形や考えがあり、答えなどないことなのですが……。


 でも、あの後考えていて、一つだけ分かったことがあります。





「ただいま、セルマ」

「リアム様、今日もお疲れ様でした」

「どうした? 珍しく沈んでいるのか?」


 流石リアム様です。テオさんとお会いして、将来の不安について考えていたことに気づかれてしまいました。


「リアム様と私がおじいちゃんとおばあちゃんになった時、もしどちらかが病気になったりしたらと考えてしまって……」


 まだ結婚もしていないのに、そんなことを心配していたと話すのは勇気がいります。重い話をしていることも、重々承知の上です。

 それでも、ずっと一緒にいたいからこそ、予想される問題を先のことだと逃げず、私はリアム様と話していきたいのです。


 そして、健康な今なら自分の意思を伝えられます。私はリアム様が病を罹った時、側に居て支えたいと思っています。逆に、私が罹った時には……――



「私はできれば苦しまず、周りの方々に迷惑をかけず、リアム様への想いを保ったまま、最後を迎えたいと考えています」


「ウウム……。――それは嫌だ。セルマが生きる可能性があるなら、俺は最後までかけたいと思う」

「ですよね……。リアム様なら、きっとそう言うと思っていました」


 大切な人に負担をかけたくない気持ちと、大事な人を生かしたい気持ち、どちらも相手を思うがゆえ相容れないのです。


「ただな……、どんな未来になろうとも、セルマの命が尽きるまで一緒にいたいと思う……。一度繋いだ手は、俺から離さない」


「リアム様……」


 なんて強く、甘い人なのでしょう……。

 その言葉だけで、想われ、護られていることを心から感じ、この人の側でずっと生きていたいと思えるのです。


「俺の願いが叶うなら、セルマより一日でも長く生きたい」

「私もリアム様より一秒でも長く生きたいです。リアム様を悲しませたくありませんから」


 見つめていると、リアム様の艶のある琥珀色の髪がサラリと揺れました。碧色の瞳をゆっくりと細め、柔らかく微笑むリアム様……。

 お互いの鼻先が触れ合っています。


「ははっ。なら、どちらもずっと死ぬわけにはいかないな」

「はい」



 うっかり私を巻き込む地球の神様には物申したいですが、お陰でこんなにも愛し愛される方に出会えました。


 “一つだけ分かったこと”


 どんな未来が待とうとも、最後までずっと、リアム様と一緒に生きたいです……。


 私はリアム様の腕に抱かれ、瞳を閉じました――





 王都にある魔法雑貨屋『天使のはしご』には、リアム様と私のかけがえのない『今』が流れています――

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