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3 姉妹はケンカ中 リルムとラルム

 ぽかぽかと春の陽気に包まれて、今日ものんびりとした時間が魔法雑貨屋『天使のはしご』に流れています。


 お客さまもいませんし、今のうちに洗濯物を干してしまいましょう。

 そう考えて店の奥に引っ込もうとした時、来客がありました。


「いらっしゃいませ」


「「……」」


 お互いによそよそしく距離を空け、目を真っ赤にした二人の少女がやって来ました。顔立ちが似ているので、きっと姉妹でしょう。

 でも、少し前まで泣いていたようですし、一向に入り口から動こうとしません。どうしたのでしょうか?


「何かお探しでしたら、遠慮なくお声掛けくださいね」

「「……」」


 どちらも無言なのでなかなか気まずい雰囲気ですが、ここはゆっくり待つことにします。

 鴨が葱を背負って来たと言わんばかりのゴリゴリの接客を、過去世の私は好きではありませんでしたからね。

 “されて嫌な事を他人にしない”です。



 互いに背を向け、別々に商品を探すお二人に構わず店の帳簿づけなどをしていると、しばらくして私の前に来て問いかけてくれました。


魔法鍵(マジックキー)を見たいんですけど……」

「はい。こちらの列にある物が魔力鍵です」


 魔力鍵は指紋認証装置みたいな物で、その人特有の魔力に反応して施錠・解錠できます。高性能の商品はとても高価です。

 簡単に他人には開けられませんが、難点は魔力のない人には扱えませんし、脅されて鍵を開けてしまう可能性があるところでしょうか。


 それに――


「お二人が姉妹でしたら、お互いの魔力鍵を開けられる可能性が高いですよ。となると、高い物を選ぶか普通の鍵の方がいいかもしれません」


「な~んだ。やっぱり高いんじゃない」

「だーかーらー、お小遣いじゃ無理って言ったでしょー」


「はあ? でも、見に行こうって言ったのはリルムでしょう?」

「家でグジグジしていたって、どうしようもないじゃない!」


 剣呑な空気になり、お二人の言い合いがどんどんヒートアップします。


「そもそも、リルムがあたしの化粧品を勝手に使うから鍵なんか必要になったんでしょ!」

「ラルムだって、許可もなくあたしの服を着ていたじゃない! 鍵なんて面倒な事したくないのにさ」


 ケンカの原因が何となく分かりました。姉妹で物の貸し借りを黙認していたのでしょう。ところが、今日はケンカに発展してしまったと。

 それでお互い鍵を掛けようと考え『天使のはしご』に来てくれたのですね。


「服は減らないけど、化粧品は減っちゃうんだから!」

「こっちだって、あんたが服さえ破らなければ小さいことは言わなかったわよ!」


 口ゲンカは治まりそうにありません。


「あのう。でしたら、金物屋さんで通常の鍵をお求めになられては如何でしょう? 魔法を纏った物よりお安いですし、お試し期間に丁度いいかもしれません」


 恐る恐る提案すると、姉妹の口撃が一時止みました。


「まあ、ないよりマシか。仕方ないわね」

「そうね。金物屋に行きましょう。あ、ちょっと待って。このノームのマグカップ可愛くない?」


「あ、か~わ~い~い~! あたしはこれ買っちゃおうっかな?」

「じゃあ、あたしも選ぶー。本当に可愛いー」


 ケンカをしていたと思いきや急に可愛いを連呼し、ノームの力を込めた割れにくいマグカップを眺めだしました。

 なにはともあれ、口論が終わって良かったです。





「ありがとうございました」


 マグカップの入った袋を下げ、リルムさんとラルムさんは息ピッタリでお店を出ていきます。

 一時はケンカに巻き込まれドキドキしてしまいましたね。


 そう言えば、販促でプチタオルを業者さんから貰っていたのをお渡ししませんと。春のキャンペーンはこちらの世界でも多くの業種で行われているのです。

 店内の飾りにしてゴタゴタさせるより、少しでも捌いて魔法雑貨のPRをしませんとね!


 ケンカしないように女性向けの同じタオルを二枚と、念のため違う種類も二枚持ちお店を出ました。マグカップもお揃いや色違いではなく、全く違うデザインを選んでいましたものね。


「お待ちください。今、春のキャンペーンでご来店された方にこちらを差し上げているので、どうぞお持ちください」


 リルムさんとラルムさんは同じタイミングで振り向き、少し嬉しそうに私の手の中にあったプチタオルを眺めました。

 オマケって、日常で使う物だとけっこう嬉しいですよね。


「あ、ラッキー。ありがとうございます。――よし、あたしはピンクにする」


 リルムさんは女性客を見込んで作られたピンクのレースで縁取られたプチタオルを手に取りました。


「ふうん。じゃあ、あたしはこっちのブルーにするね」


 ラルムさんは、念のため二枚持って来たピンクではなく、濃いめのブルーを選ばれましたね。


「いいんじゃない? 同じ物だとつまらないもん」

「違う物の方がお楽しみもお得感も二倍って感じだしね」


 なんだかんだ姉妹は別の物を手にし、互いの持ち物を堪能するようです。


「どうぞ、またお越しください」


 仲良く肩を並べて通りを歩くリルムさんとラルムさんの後ろ姿に、ちょっと頬が緩みます。

 きっとお二人は、ケンカをしながらも歳が近い姉妹の関係性を楽しんでいるのでしょう。


 服もお化粧品も、貸し借りすれば二倍活用できますからね。

 高い魔力鍵を買わなくて良かったのかもしれません。


「なんか得した気分だわ~」

「またちょくちょくここ見に来ようよ」


 オマケも喜んでいただけましたね。春の販促キャンペーンは、この陽気のようにお二人の心もポカポカにしてくれました。

 腕を組んで歩くお二人はとても素敵な姉妹です。――私は手を合わせていました――



『あのマグカップに好きな飲み物を淹れ、お二人が仲良くお喋りを楽しむ時間を、これからも、例え離れても過ごせますように――』


 お二人はこの先訪れる何度目かの春に、別々の道を歩むかもしれないです。

 そんな未来は、それほど遠くないのでしょう。それでもずっと仲良し姉妹でいてほしいものです。





「雑貨屋。何をニヤニヤしている?」

「あ、隊長さん、こんにちは。見回りですか?」


 お店の前でリルムさんとラルムさんを見送っていると、騎士隊長さんに声を掛けられました。

 覗き魔みたいに思われていましたが、普通に商売している時に会えたので、怪しい奴認定を解いてほしいです。


「ああ、そうだ。しかし、かしましい客人だったな。雑貨屋には色んな客が来るんだな」

「そうですね。毎日様々な人生を送る方々と出会え、なかなか楽しいですよ」


「そうか……」


 どうやら隊長さんは、リルムさんとラルムさんのお喋りを聞いていたみたいです。


「ずいぶんはしゃいでいたが、何を買って行ったんだ?」


 あまりお客さまの情報を伝えるのはよろしくないですが、なんてったって王都で騎士隊長を務める方の問いです。

 深い意味があるのかもしれないので、素直にお応えしましょう。



「姉妹ケンカをされていたのですが、ノームのマグカップを見つけると急に意気投合され、そのままご購入いただいたのです。あと、春の販促品のタオルを差し上げたら、とても喜んでくれました」


「兄弟姉妹の揉め事やケンカは、どの家でもあるんだろうな。だが、あの姉妹は問題なく大丈夫だろう」

「そうですね。もしまたケンカしても、ちゃんと仲直りできると思います」


 自分の物を断りもなしに使われていたらイラっとするのも分かります。でも、リルムさんとラルムさんはそれ以上に、姉妹がいることの幸せを感じているのでしょう。



 そう考えながら姉妹の消えた路地を見ていると、隣にいた隊長さんも目を細めていました。


「仲直りしてオマケまで貰ったなら、また次にもここに顔を出そうと思うだろう。雑貨屋はなかなかの商売上手だな」

「もう。私はただ、業者さんに頼まれた販促を履行し、その方に合った接客を心掛けているだけです!」


 隊長さんにとって私は、覗きが好きで商売が上手くいくとニヤニヤしている変な雑貨屋になっていそうですね。


「悪かったな。雑貨屋は客人に真摯に向き合う良い店主だと思うぞ。どちらの覗きも、客を思うがゆえにしていたのだろう?」

「……。隊長さんにもタオルを差し上げますから、いい加減覗き魔扱いは止めてください」


 若草色のプチタオルをお渡しすると、突然満面の笑顔を向けられびっくりしてしまいました。

 春のキャンペーンは、騎士隊長さんまでポカポカさせてしまうのですね。


「感謝する」

「い、いえ」


 少しドキマギしてしまいましたが、騎士隊長さんに『天使のはしご』や私は普通の雑貨屋だとPRできたのでよしとしましょう。


「では、お店に戻りますね。お疲れ様です。失礼します」

「ああ。今度時間がある時に、ゆっくり商品を見せてくれ」







「いらっしゃいませ」


 今日も魔法雑貨屋『天使のはしご』に、わけありっぽいお客さんがやって来ました――

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