26 カレンの恋、再び 後
翌日、朝一番で来ていただいた医師の診察で、私の身体は完全に回復していると太鼓判を押していただきました。
『いやはや、こんなに早く回復するとは。医者の仕事がなくなってしまいますなぁ。もう、通常の生活に戻っていいですよ。よく頑張りましたね』
人間離れした回復力を驚かれましたが、きっと、皆さんからいただいた『見舞い鶴』と、この世界の神様のお陰でしょう。
私は命が助かったどころか、傷跡の一つも残りませんでした。
早く街の皆さんに、『お陰様で元気になりました』と、御礼をしなくてはなりませんね。
その後、カレンさんとディラン様が、私のお借りしていた部屋へと来てくれました。
「セルマ……。ごめんね……。私がお店を飛び出したりしたから、セルマが事故に巻き込まれちゃった……」
「カレンさん……。私こそ、ちゃんと説明できないばかりに、カレンさんに嫌な思いをさせてごめんなさい……」
二人で泣きながら『ごめんなさい』を伝え合うと、胸にあったモヤモヤした感情が、スウっとほどけて消えていくようでした。
きっかけは些細なことでしたが、お互い一週間も謝意を伝えることができない状況になったのです。
でも、こうしてまた、カレンさんと話しをすることができます。
かけ替えのない大切な友人とまたぶつかり合ったとしても、私は自分を省みて悪い時にはきちんと謝り、末永く良好な関係を築いて行こうと改めて思うことができました。
「セルマさん。回復して、本当によかったです」
「ご心配をおかけしました、ディラン様」
魔法師団は忙しいのに、ディラン様にも迷惑をかけてしまいましたね。
「セルマ、窓の外を見ろ」
「カイさん!」
カイさんも私の意識が戻ったことを猫仲間から聞きつけたのか、リアム様の私邸まで来てくれました。
「ジェイコブ、カイ殿を中までご案内しろ」
「かしこまりました」
野良猫のカイさんを招き入れることになんの戸惑いも見せないジェイコブさんは、本当に優秀な執事さんだと思います。
こうして、リアム様、カレンさん、ディラン様、カイさんと私で、色々話しをすることになりました。
最初に、気になっていたお店のことを尋ねてみました。私が街で馬車に轢かれて事故に遭ったことは、瞬く間に街中に広まったそうです。
リアム様と事故現場にいたカレンさんに街の皆さんが私の容態を聞くようになり、『お見舞いを送りたいけど、せっかくなら『天使のはしご』で購入したい』と言い出した方がいたらしく、店主と近しい人にお店の番をしてもらってはどうかと声が上がったそうです。
ですが、リアム様には隊長の任務があります。
カレンさんも、事故のショックで気持ちが追いつかず悩んだそうですが、私のためになるならと気持ちを切り替え、お店を開ける決意をしてくれたそうです。
「セルマって、本当に色んなことをしていたのね。バラ園のおばあさんや、職人組合の前会長のおじいさん、セクシーなお姉さんに、小さいこども、城の文官さんまで、みんな口を揃えて『世話になった人だから必ず回復してほしい』って言っていたよ」
「まさに老若男女、セルマさんは多くの方に慕われているのですね」
カレンさんとディラン様の言葉に、温かくてくすぐったい気持ちになります。
「そして、次々と一番いい『見舞い鳥』を買っていったの。タイミングよく仕入れ業者さんが来てくれなきゃ大変だったわ。以前、王都にいたって男の人とその彼女も、わざわざ田舎から駆けつけて来たくらいだったのよ?」
ああ、サラさんとノアさんですね。仲良く故郷で暮らしているようでよかったです。
「……。ずっと聞こうと思ってた……。セルマ、あなた一体何をしてきたの? 本当にただの雑貨屋なの?」
「カレンさん……」
今こそ、カレンさんとディラン様に私の力についてお話しする時ですね。
リアム様とカイさんには新しい神様の情報を、カレンさんとディラン様には前世のことからお伝えしなければなりません。
私自身も、今まであったことをゆっくり思い出しながら話しをしました。
一番驚きそうだと思っていたカレンさんも、なんだか神妙な面もちで聞いてくれています――
「納得だわ……」
ウンウンと、何度も大きく頷かれていました。
「このことは、私が話したければ話してもかまわないと、こちらの世界の神様はおっしゃっていました。今回は、みなさんからのお見舞いも効いて無事でしたが、今後も巻き込まれることが続くようなことを最後におっしゃっていましたので、前もってみなさんにはお話しさせていただきました……」
「今は厄介な神に守られているんだな……」
「疫病神ってやつよね?」
「もっとしっかりしてほしいものです……」
「ニャ」
ですよね。私だって、少しそう思ってしまいます。
地球の神様は、なにをお考えなのでしょうか?
日本は平和な国だと思いますが、それでも辛い思いをしている人は多いですし、地球全体を考えれば、個々ではどうしようもない状況に置かれているモノゴトが多いのに……。
「あと何年、私が地球の神様に守られる期間があるのかは分かりません。ですが、私はこの世界の神様に力をいただきましたから、きっと大丈夫です」
「「「「……」」」」
疑われていますね……。重い沈黙を、カレンさんが破ってくれました。
「とにかく、セルマの側に誰かが居ればいいのよ! そうすれば、その人のためにって、セルマが力を使えるんだもの!」
「なるほど」
「いいですね」
「ニャ」
カレンさんの言うとおりかもしれません……。
でも、それでは側に居てくれた方も巻き込まれることになってしまいます……。
皆さんは納得されたようですが、私の中では答えが出ないまま、それぞれの仕事や学校へ向かう時間となりました。
各団へ向かう男性陣と、カレンさんと私の女性陣に分かれ、手配していただいた馬車でリアム様の私邸を出ます。
カイさんは、この辺りの見回りをしながら歩いて帰るそうです。
巻き込まれ癖は残ったままですが、ジメっとした気分を切り替えましょう! やっと、カレンさんと二人で恋話ができるチャンスが到来したのですから!
「カレンさん。あの日私は『捕れる狸』、獲れかかったディラン様の話しをしようとしていたのです」
「えっ!? あんなに素敵なディラン様を、その間抜けな響きの『タヌキ』って生き物に例えるなんて、さすがセルマ」
まず、そこを突っ込むところが、さすがカレンさんだと思いますよ?
それに、『たぬき』って可愛らしい響きだと思うのですが……。
「罠にかかりそうなディラン様のことを一緒に考えるのは楽しいですし、私も微力ながら応援して行きたいと思っていたのです」
「うん……。ありがとう」
ん? カレンさん、モジモジしてどうしたのでしょうか?
「あのね……。私が昏睡状態のセルマの隣で泣いていた時、そろそろヤバイと思ったのか、昨日、リアム様がディラン様を呼んでくれたの……」
「はい」
リアム様もそう言っていましたね。
「落ち着いて眠れるように睡眠魔法をかけてくれたんだけど、どうしても状態異常回復をかけちゃってね……」
隊長の魔法を防ぐなんて、すごいです!
「その時、私の涙を拭ってくれた後に背中をポンポンしてくれて、眠るまでずっとそうしてくれてたの……」
「なるほど。狸はほぼほぼ捕らえていたのですね」
「うそっ! セルマもそう思う?」
お二人はそんなことになっていたのですか……。
まさかあのクールなディラン様が、そこまでデレる人だなんて……。すごくドキドキしますね!
「普通の人なら下心ありありな感じですが、ディラン様のお人柄を考えると、どうでもいい女性にはそんなことはできないと思います」
「や~だ~。やっぱり~?」
このまま上手く行けば、最強の魔法師カップルが誕生しそうですね。
それは、カレンさんがどんな進路を選んだとしても、変わりはないと思います。
よし、『鉄は熱いうちに打て』です!
「私、カレンさんのために、いい魔法雑貨を仕入れていたのです。カレンさんさえよければ、いつでもお使いいただけるよう準備をしておきますね!」
「うわあ、なんだろう? ありがとう、セルマ! 今日、学校が終わったらお店に寄るね!」
そうして私は『天使のはしご』へ、カレンさんは魔法学校へと行きました。
今日はたくさんのお客さんに来ていただいたり、お見舞いへの御礼を準備したりと、なかなか忙しい日となりました。
少し早目にクローズして、カレンさんをお迎えします。
「いらっしゃいませ、カレンさん」
「ああ。やっぱり、このお店にはセルマがいないと……。貴女がいる『天使のはしご』の雰囲気が一番好き」
「ありがとうございます」
ゴタゴタと魔法雑貨に囲まれた小さな店で、小ぢんまりしながら内職している私がいるのがいいのでしょうか? うーん?
でも『天使のはしご』を好きでいてくれるのは嬉しいですね。
「朝お伝えした件ですが、こちらをお好きな時にお使いください」
「わあ、綺麗なお花!」
「こちらの花をアレンジメントすると、贈る方に少しだけ自分の想いを伝えられる仕様になっていますが、伝えたい気持ちを限定することも可能ですよ」
このお花を通してカレンさんがディラン様にお渡しする気持ちは、感謝の気持ちでも恋する気持ちでも、どちらともでもいいのでしょう。
「昨晩のことで、ディラン様に伝えたいことがあるのではないかと。どこまでお伝えするかは、カレンさん次第です」
「うん、分かった……。頑張ってみるよ!」
そして、こちらはお店番をしてもらったお礼です。
「それと、こちらと、こちらもどうぞ」
「ピ、ピンクダルマ! えっ! パトロンもいいの? 高いのよね?」
「はい。働いていただいたのですから、きちんと対価をお渡ししなくてはなりません」
駄目押しの『ピンクダルマ』で、ディラン様との恋愛が間違いなく成就し、『あなたがパトロン』で、二人の思い出をたくさん描いてほしいです。
「堅いよ、セルマー。そんな気を遣わないでいいのにー。でも、すごく嬉しいよ。セルマ大好き!」
「私もカレンさんが大好きです!」
あとは、カレンさんの恋をそっと見守りましょう。
恋の話をしたくなったら、いつでも『天使のはしご』へ来てください。
色々な魔法雑貨で、これからも恋の応援をしていきますね。
「いらっしゃいませ」
魔法雑貨屋『天使のはしご』に、今日もわけありっぽいお客さんがやって来ました――