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22 夢を叶えるための代償 アイラ

 照りつける太陽に刺激され、解放的な気分になった人々がちょっぴり大胆になるこの季節――


 王都にある魔法雑貨屋『天使のはしご』に、綺麗なお姉さんがやって来ました。


「自分そっくりの、身代わりを作り出せるアイテムってありません?」

「すみません。そこまでの商品は、現在発売されておりません。よろしければご利用目的を聞かせていただけませんか? 他に代用できる物がないか考えますので」

「……ありがとう。店主が女性でよかったわ……」


 こちらの女性はアイラさんという方で、今、心から悩んでいることがあるそうです。

 私はアイラさんに冷たいお茶をお出しし、ゆっくり話を聞いてみることにしました。


「私、八年前に女優になりたくて王都に来たの」

「女優さんですか。とても素敵ですね」


 アイラさんは女優を目指して昼間は稽古に励み、夜は酒場のホールで仕事をしながら、定期的に小さな舞台に立っているそうです。


「でも、最近劇団の演出家が代わってね……。その演出家が……、男女の関係を求めてくるのよ……。『夢を叶えるためだ。安い代償だろう?』って、暗にいい役をやる代わりに抱かせろって……。公演の時にしか顔を出さないような奴だから、まだましなんだけど……」

「色々と最低な人ですね」


 枕ってやつですか。お互い利益になって納得できるのなら勝手にどうぞですが、嫌がる人に無理強いは許せません。


「今まではなんとか理由をつけて断ったけど、これからも公演の度に言われると思うと憂鬱でね。もう使える理由もなくなってきているし……」

「これまで、よく頑張って耐えてきましたね」


 それでもここに来てアイラさんが魔法雑貨を求めているということは、そろそろ心が限界なのかもしれません。


「みんな色々な物を犠牲にして夢を掴もうとしているのは分かるの。だからと言って、私には耐えられる話ではないわ。耐えれば主演女優になれるのにね……。私の覚悟が足りないだけなのかしら……」


 それは、危うい考え方のような気がします。追い詰められてアイラさんが自棄になる前にお止めしませんと!


「あの、よろしければ今度の公演を見せていただけませんか? その日は、『知人が来ているから』を理由にして断りましょう!」

「えっ! それはとても助かるわ!」


 アイラさんから次の公演日程を聞いた後、少しだけ気が楽になるよう他愛もない雑談をし、その日はお別れしました。





「本当に、セルマは色々なことに巻き込まれるな」

「いえいえ、それほどでも」

「褒めてはいないぞ?」


 今日はアイラさんの劇団が公演を行う日です。私はリアム様と一緒に会場にやって来ました。キャパシティーは百名くらいでしょうか。臨場感を感じられる丁度いいサイズですね。

 こちらの世界で今は歌劇が主流のようですが、初めて観劇するのでとても楽しみになっていました。世界は違っても芸能界は華やかで、やっぱりいつの世でもみなさんの憧れなのです。



 そして演目は――悲恋物でした……。不覚にも涙が出そうになります……。ここは堪えましょう……。


「グズッ」

「!?」


 ま、まさか……。横目で隣を確認すると、リアム様の目に光るものがありました。

 『男が芝居なんかで泣くもんか』と強がる人は多く、それを男らしいと感じる方も多いのかもしれませんが、こんな風に泣ける方も素敵ですね。

 普段のリアム様とのギャップに、惚れ直してしまいます。



「いい芝居だったな……。よりセルマを大切にしたいと思った……」

「そうですね。私も同じ気持ちです。とても感動しました」


 今あるモノたちを改めて大切にしたいと思わせてくれる、いい作品に出会えました。

 その温かい気持ちを伝えるため、私たちはアイラさんの所へ顔を出すことにしました。


「セルマさん、来てくれてありがとう。そして、リアム様にも見ていただけたなんて光栄です」

「いいものを見せてもらった」

「アイラさんもみなさんも、とても素晴らしい演技でしたね」


 劇団員のみなさんも公演が成功裏に終わり、本当に嬉しそうです。

 そんな中、中年の男性がリアム様に声をかけてきました。


「リアム様、うちの劇団を気に入っていただけましたか? いやあ、アイラがリアム様と知り合いだったとは知りませんでしたな。ハッハッハッ」


 アイラさんの顔がしかめられています。どうやらセクハラ演出家がこの人みたいです。


「ああ、これからもアイラ殿をよろしく頼む」

「ええ、ええ。承知しております。しかし、まさか、隊長さんとこうしてお話し出来るとは――」


 リアム様に胡麻をすっていますが、この手の属性の人は異世界にも出没するのですね。

 どのような業界にも潜んでいらっしゃいますので、見慣れた感じではありますが……。



 その後はリアム様効果からか、しばらくの間アイラさんは平穏に過ごせていました。

 ところが――




 ――ドンドンドンドン――


「セルマさん! 開けてえー!」


 女性の叫びとともに、『天使のはしご』の扉が強く叩かれます。アイラさんの声です!

 私は素早く鍵を開け、アイラさんを店内に入れました。


「仕事を終えて帰ろうとしたら、酔っぱらったアイツが襲って来て、裏通りの店に連れ込まれそうになったの!」


 ああ、確かにここから少し入った裏通りには、そんな感じのお店があったかもしれませんね。

 残念ですが、もう遅い時間です。すでにリアム様は帰った後でした。

 女二人で、なんとかしなくてはなりません!


「アイラの奴、どこに行った!?」


 外から怒号が響いてきます。


「ああん? ここはアイラの知り合いの店じゃないか。おい、コラ! アイラ、ここにいるんだろう? 早く出て来い!」


 ――ドンドンドン―― ――ドンドンドン――


 まったくの近所迷惑です。よし、やはりここは戦うしかありませんね!

 ごめんなさい、リアム様。また事後報告になりそうです……。


「ごめんなさい、セルマさん。巻き込んでしまって……」

「いえ、ここは魔法雑貨屋です。防犯に使える魔石はしこたまありますから、安心してください!」


 震えているアイラさん……。私が必ずお守りします!

 でも、念のため、神様にもお願いしておきましょう。

 私は手を合わせて願いました。


『どうか演出家さんがアイラさんを諦め、今後、二度とこんな馬鹿なことをしませんように――』


 今を乗り切りたい気持ちでいっぱいですが、私事となっては力がいただけないので、あくまでもアイラさんのことだけになるようお願いしました。


 さてと――

 私は雷の力を込めた防犯用の魔石を手のひらに収め、いつでも演出家さんに投げつけられるようアイラさんにもお渡ししました。


「扉を開けますよ? あくまでもこの魔石は防犯用です。相手の動きが数秒止まりますが、少しすればまた動けてしまいます。隙を作りながら騎士団の詰所まで向かいましょう!」

「分かったわ……」


 例えしつこく追いかけて来ても、魔石はたっぷりあります。

 詰所に着くまでに人がいて、助けてくれるかもしれませんしね。なんとかなりそうです!


 私は思い切り扉を開け、雷の防犯用魔石を投げつけました。


「ぎゃあっ」


 見事命中です。まあ、近かったから当然なのですけど。とにかく、相手がビリビリしているうちに逃げましょう。

 急ぎながらも、お店に鍵をしっかり掛けておきました。


「待て!」


 酔っ払いのくせに、意外と足が速いです。というか、私の体力がおじいさん以下ということを、すっかり忘れていました……。

 アイラさんと二人で防犯用魔石を演出家さんに投げつけますが、走っているとなかなか当たりません……。



「ニャ」

「野良猫さん!」


 近くにいた野良猫さんたちが、応援に来てくれました。


「なんだ、この薄汚い猫は! 痛っ! このっ!」


 野良猫さんたちが足止めをしてくれているうちに、なんとか詰所が見えてきました。


 それにしても、カイさんはどのような話を野良猫さんたちにしてくれているのでしょうか?

 男前のカイさんですから濁されるかもしれませんが、今度聞いてみましょう。カイさんはメスですけれど。



「騎士様ー! 助けてくださーい!」

「お願いー!」


「セルマ! アイラ殿!?」

「「リアム様!」」


 詰所から一番に出てきてくれたのはリアム様。今日は夜もお仕事だったのに、それを内緒にし無理を押して、『天使のはしご』まで逢いに来てくれたのですね。

 ここにも男前がいてジーンとしますが、浸っている場合ではありません。


「バカにしやがって! どこだアイラ!」


 演出家さんが、近くまで追いついたようです。


「なるほど。状況は分かった。後は騎士に任せろ」


 リアム様がいてくれたので、事情を事細かに説明せず、すぐに演出家さんを取り押さえてもらうことができました。





 数日後、気持ちや状況も落ち着いたのか、稽古終わりにアイラさんが『天使のはしご』に顔を出してくれました。


「未遂だったからそこまで重い罪にはならなかったけど、スポンサーに話が伝わって新しい演出家の人が来ることになったの」

「よかったです。それなら安心ですね」

「セルマさんたちのお陰で、これからも安心して女優を続けていけるわ。もっと有名になって、あなたたち二人のことを劇にしてもらうから覚悟していてね」


 それは……、大変困りますが、アイラさんには有名になってほしいですしね……。


「うーん……。複雑な心境です」

「うふふっ。本当にありがとう! じゃあね、セルマさん。また来るわ」


 頭を抱えて悩む私に綺麗に微笑んで、アイラさんはお仕事へと向かいました。




『夢を叶えるためだ。安い代償だろう?』


 夢を叶えるのに代償は必要なのかもしれません。

 時間・お金・健康・仕事。考えれば何かしら思い当たるでしょう。


 夢が叶えば『苦労はしたけれどよかったな』と思えますが、叶わなかった時に『多くの代償を払ってしまったな』と後悔するのかもしれません。

 しかも、大きな夢ほど叶わない確率が高く、支払う代償も大きくなりますね。


 それでも私は、夢を持ち続けたいと思います。

 夢に向かって懸命に生きていれば、知識なり、技術なり、経験なり、必ず得るものがあるのです。

 そして、その夢を後押ししてくれて苦労を掛けていると思う相手がいるのなら、すまないと謝るだけでなく、感謝の気持ちを伝えたいですね。






「いらっしゃいませ」


 今日も魔法雑貨屋『天使のはしご』に、わけありっぽいお客さんがやって来ました――

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