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21 中堅板挟みの苦労 ジャック

 熱冷ます 火照った身体 夕立で――あ、一句できました。今の私の願望です。

 王都に本格的な夏が到来しました。


 私が汗だくになって買い出した荷物を持ち街を歩いていると、城で働く文官の制服を着た方々が揉めているようでした。


 あまりにも大きな声で侃々諤々(かんかんがくがく)なにかについて口論していたので、聞き耳を立てていたわけではありませんが、内容が分かってきてしまいました。


「この老朽化した橋を、先に補強すべきではないですか? のんびり噴水広場の下見をしている場合ではないですよね! 民の命に関わることを最優先にすべきです!」

「すでに予算は通って、噴水広場の修繕から入ることが決まっているのだ! なにも分からぬのに、軽々しく口出しするな!」


 一番若い文官の方が、上司らしい年配の方に食ってかかっています。


「先輩! 先輩はどのようにお考えですか?」

「ジャック、新人の指導が足りていないようだな」


 三人の中では中堅にあたる方でしょうか、ジャックさんが板挟みになり、遠い目をしています。


「先輩って、ずいぶん頼りないですね。ガッカリです」

「君には期待していたんだが……。とにかく、これで現場の確認は終わりだ。今日は終業時間にもなるし、この場で解散とする」


 若い文官の方と上司の方が別々の方向に別れ、中堅サンドウィッチマンのジャックさんが、ポツンと取り残されました……。

 ああ、そのまましぼんでしまいそうな程、大きな溜め息をついています……。


 中堅の方の立場って大変ですよね。

 経験値はないけれど、若さで突っ走る新人さん。

 経験があるからこそ、慎重に全体のことを考える上司の方。

 教育係に任命された時から、様々な状況で大なり小なり、サンドウィッチマンになることは決まっているのでしょう。


 でも、あんなに憔悴しきって、よほどストレスを感じているのでしょうね。なんだか放っておけません。

 これは巻き込まれではなく、お節介の部類です。

 リアム様に報告する前に動いても、きっと大丈夫でしょう!


「恐れ入ります。私、そこで魔法雑貨屋『天使のはしご』を営んでいる、セルマと申します」

「あ、私はジャックと申します。まさか、騎士団のリアム様の彼女ですか!?」

「え、あっ。そうですが……」


 もう分かって来ていますよ。

 世の中のみなさんは女っ気が一切なかったリアム様に、突然できた年下彼女が珍しくて仕方ないのですよね。


 リアム様が私のせいで年下スキーの認定を受けているのです。私が恥ずかしがっていては、矢面に立つリアム様に申し訳がたちません! 人の噂もなんとやら。もう少しの辛抱です!


「いやぁ。噂どおり、お可愛らしい方ですね」

「ひぃぃ」


 む、無理です。やっぱり恥ずかしいです……。これ以上は勘弁してください……。



「セルマ、まだ買い出し中か? もうすぐ日暮れだ。早く店に行くぞ?」

「「リアム様!」」

「文官勤めの方か? セルマの知り合いか?」


 お仕事を終え、『天使のはしご』に向かう途中のリアム様と会いました。

 私が抱えていた荷物を、ひょいっと軽々片手で持ち、もう片方の手は――


「ほら、手」

「はい……」


 リアム様は、噂が広がってからは完全に開き直ったらしく、騎士団の制服のままでも手を繋いで歩こうとします。

 噂が広がる早さに拍車をかけ、長期化させているのは、きっとリアム様ご本人ですね……。


「それでは、私は失礼します」

「あっ! お待ちください!」


 きっとリアム様ならご自身が中堅だった時の経験から、サンドウィッチマンジャックさんの抱える悩みに、いいアドバイスをしてくれるはずです。


「リアム様。これからお店に行って、こちらのジャックさんのお話を一緒にうかがいましょう!」

「ん?」

「えっ!」


 大分説明を省いてしまったので、二人に豆鉄砲を撃ち込んでしまいましたね。


「どうやら、上司の方と新人さんの間で、大変苦労をされているご様子なのです。少しでもなにかお力になれないかと、私から声をかけたところだったのです」

「あ……、そういうことだったのですか……。ご心配をおかけして、なんだか申し訳ありません」

「ふむ……。ジャック殿、それはセルマの体質と性分だ。気に病むことはない。そうだな、たまには文官の方とも交流したいものだ。一緒に店に行くか?」


 リアム様の綺麗な碧色の瞳に真っ直ぐ見つめられ、断れる人間がこの世にいるのでしょうか?

 男性さえも魅了してしまう瞳のようで、ジャックさんは背筋をピンと伸ばし、こう応えられました。


「光栄です!!」



 すっかりリアム様に魅入られてしまったのか、妙にどぎまぎしながらも、ジャックさんは『天使のはしご』に来てくれました。

 三人でお茶を飲みながら、ジャックさんの話に耳を傾けます。



「どうも毎年この時期は、期待半分、現実半分のような気持ちになります……。新しい人材に新鮮さを感じながら仕事をしていたはずなのに、次第に悪いところに目が行くようになってしまって……」

「まあ、そうだな。俺にもよくあることだ。最初はお互いに緊張感を持って接するが、これくらいの時期になると慣れが出始めるからな」


 リアム様に共感され、ジャックさんは少し安堵したようです。溜め込んでいた気持ちを話してくれます。


「私も新人の頃は、先輩に叱られながらも毎日覚えることだらけで、充実していたかもしれません。新人を見ていると当時の気持ちを思い出し、励みになるところもありますが……。現実は、指導してもなかなか意図が伝わらず、毎日頭を痛めています……」


 確かに、一筋縄ではいかないような、真っ直ぐな新人さんでしたからね……。


「上司も、昔は熱く私に指導してくれましたが、今は会議会議でデスクにほとんどいませんし……。忙しそうで相談することもできません……」


 そうですよね、立場が上になればなるほど、部下の方に実務を任せて、方針を決定して行かねばなりませんからね。


「それで今は、粋がよく理想に燃える新人と、不在にしがちの上司の間で板挟みの状態です。同じことを繰り返す毎日に、モチベーションさえも維持できていないのです……」

「ジャック殿は恵まれているんだな」


 少し不服そうにするジャックさんに、リアム様が理由を説明します。


「その新人も本質を(たが)えてはいないし、上司も相談したいと思う程、信頼できる人物なんだろう? しばらく、上司の動きを見てはいかがかな? それと、賢い新人なら、上司やジャック殿の仕事のさばき方を見て、自分自身で覚えていくこともあるだろう」

「はあ……」


 ジャックさんは、まだ腑に落ちないような表情です。でも、リアム様が様子を見ていたらと言うのなら、きっとそれで大丈夫なのでしょう。



「ささやかな物ですが、どうぞこちらをお仕事に役立てください」

「あ、ありがとうございます」


 本当にささやかな魔法雑貨です。ペン先に、土魔法の硬質化を応用した特殊な金属を使用しています。

 ペン先が好みのしなやかさになり、書く字の太さも自由に調整できるペンを、三本差し上げました。

 使用した人の味が出る文字を書けますし、書き心地が癖になってずっと使い続ける人もいます。


 『二人には明日渡します』 そう言って、ジャックさんは帰って行きました。


「案ずるな、セルマ。ジャック殿たちは大丈夫だ。ディランとゾイのいざこざとは質が違う」

「はい。リアム様のお言葉が、ジャックさんに必ず届きますよね」

「今日は、今から夕食を作るんだろう? 俺も手伝おう」





「いらっしゃいませ。ジャックさん」


 ジャックさんのお話を聞いてから三日後、ジャックさんが『天使のはしご』に顔を出してくれました。


「セルマさん、こんにちは。今、少しだけお時間よろしいですか?」

「はい。どうぞおかけください」

「今日、施工前の橋を確認して来ました。あの日、一人で仕事に戻った上司は、補正予算をとるべく大臣に掛け合っていました。当然、噴水広場の修繕は予定どおり行われますし、橋の補強も速やかに行われます」



『業者は動いている。そこで働く民もいるし、広場で憩う時間を楽しみにしている民もいる。当初の決定を滞りなく進めた上で、橋を直すために自分たちが奔走すればいいだけだ』



「そう言われてしまいましたよ。私こそ、上司の仕事のさばき方を見て、自分自身で覚えていくことを忘れていたのです。リアム様はお優しい方です。暗に私を諭してくれていたのですね……」


 リアム様……。貴方にお任せできてよかった。私では、ジャックさんのお話を聞くことくらいしかできませんでしたから。


「それと、あのペンを渡したら、二人共喜んでいました。今話題の『天使のはしご』の店主様からいただいたと話したら、すぐに使っていましたよ」


 あのペンを使ったお陰で、分かったことがあったそうです。


 今まで、書類を通りやすくするため、財務部の先輩が時々決裁前にアドバイスを書いて戻してくれていたと思っていた物が、実はジャックさんの上司が書いていたことが判明したみたいです。


 字が似ていたので気づけずにいたそうですが、あのペンならではの丸みや筆圧の出やすさで、やっと勘違いに気づけたと話してくれました。


「上司はずっと会議で忙しいのに、私を未だに気遣ってくれていました。早く上司の手を煩わせず、我々が上司の力になれるよう、自分も後輩もしっかり育たなくてはなりません」



 自分の仕事のことだけを精一杯こなす時期は終わったけれど、上司の方のように各署の調整に縛られることもなく、自身で実務をこなし現場に立てる時間はまだある。

 カスガイとなりバランスをとるのは難しいでしょうが、一番やりがいがある時期かもしれませんね。



「お世話になりました。くれぐれも、リアム様にもよろしくお伝えください」

「かしこまりました。お仕事、頑張ってくださいね」


 最初に会った時のように、遠い目をして溜め息をつくジャックさんは、ここにはいません。

 また、疲れたり苦労したりすることはあるのでしょうが、その時はどうぞ『天使のはしご』にいらして、ゆっくりしていってください。


(頑張れ、サラリーマン)


 毎日お仕事に向かう人を、応援せずにはいられません。





「いらっしゃいませ」


 魔法雑貨屋『天使のはしご』に、今日もわけありっぽいお客さんがやって来ました――

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