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1 彼氏のことが心配な彼女 サラ

 私はセルマ。王都で魔法雑貨屋を営んでいます。実は前世が日本人の転生者です。

 二十歳の時、飛び降り自殺をした人の下敷きになり、死んでしまいました。

 このように、私はよく、事件に巻き込まれてしまいます。




「ここはどこでしょうか?」


 辺り一面真っ白な空間。キョロキョロして様子を探っていたら、頭に直接声が聞こえてきました。


「貴女には、すまないことをしてしまいました。本当は、貴女が巻き込まれて死ぬ予定はなかったのです」


 神様でしょうか? とても不思議な感じのする声です。

 男性的とも女性的とも捉えられます。 


「貴女に新しい生を授けます。そして、巻き込んでしまったお詫びに、一つだけ願いを叶えてあげたいのですが、なにか希望はありますか?」


 私は少しだけ考えた後、こう答えました。


「苦しんだり、悲しんだり、困ったりしている人の、力になれるような能力がほしいです。次の生では、事件に巻き込まれる前に、相手の方を助けたいと思います」


「抽象的ですが分かりました。ただし、あくまでも本当に他人のために使う力です。自分には使えませんから、気をつけてくださいね」


 私はそれでかまわないと思いました。だって、それが一番自分のためにもなりますから。


「それと、今と同じ年齢になるまで、記憶は封じておきますね。よい人生が送れることを願っています」




 そして、今世二十歳の誕生日、私は前世と神様の記憶を取り戻しました。


 魔法雑貨屋『天使のはしご』には、わけありっぽいお客さんがよく訪れます。

 今日も若い女性が一人、お店の扉を開けました――



「いらっしゃいませ」

「すみません。伝言魔石がほしいのですが……」

「はい。こちらになります。お一つでよろしいですか?」

「いいえ……。五個ください」


 その女性は、支払いを終えるとさっさと伝言魔石をしまい、ずいぶんと思い詰めた顔をして、お店を出て行きました。

 ところが、それから数刻も経たないうちに、その女性が今度は泣き腫らした顔で、お店に戻って来ました。


「先ほどの伝言魔石を、あと十個お願いします」

「どうされましたか? まずはこちらに来てお掛けください」

「すみません……」


 とりあえず、女性を休憩用の椅子に座らせ、温かいお茶をお出しします。

 ゆっくりと一口お茶を含んだ女性に、私は再度問いかけました。


「差し支えないようでしたら、お話を聞かせてくださいませんか?」

「……。急に連絡が取れなくなった恋人が心配で、王都まで様子を見に来たのです……。それで今日、手紙に書いてある住所に行ってみて、不在だったら伝言魔石を置いてこようと考えていたのですが……」


 言いづらそうにしながらも、女性は言葉にしてくれました。


「柄の悪そうな人たちの溜まり場で、魔石を置こうとしても、全部粉々に砕かれてしまいました……」


 両手で顔を押さえ、体を震わせながら、しくしくと泣き出しました。

 私が手紙の住所を確認すると、そこは街人が寄りつかない、ゴロツキのみなさんが集まる地区でした。


「まさか、彼は何か悪いことをしているのでしょうか? でも、そんなことができる人ではないのです……。直接会えなかったので、なにも知ることができませんでした……。彼と会って、ちゃんと話をしないと……」


「危険な場所です……。それでも、また会いに行かれるのですか?」


 泣き濡れた顔で、彼女は一度だけ大きく頷きました。


「分かりました……。少しだけお待ちください」


 取り戻した記憶が本当なら、今の私は困っている人の力になれるはずです。

 どうやったら彼女の力になれるのでしょうか?


 私は食堂にさがり、あり合わせで昼食を準備します。彼女に少しでも喜んでもらえるよう、何かデザートがあれば良かったのですが……。


 私が彼女を少しでも元気づけたいと思った瞬間、何もなかったはずのトレイの上に、葡萄のシャーベットが乗っていました。


「???」


 これはまさか……。神様がおっしゃっていた力なのでしょうか?


 試しに、『私もシャーベットが食べたい』と、心の中で願いましたが、案の定何も起きません。


 能力を使えたのかどうか、半信半疑のままでしたが、私は女性の元に戻りました。


「まずは、これでも食べて元気を出してください。魔石を沢山買っていただいたサービスです」

「ありがとうございます。――とても美味しいです。これをいただいたら、もう一度彼のところに行ってみます」


 少しだけ笑顔を取り戻した彼女が『天使のはしご』を出て行きました。

 とても心配です。私は手近にあった使えそうな魔石を鞄に詰め、彼女の後を追いかけました。



「ノア。やっと会えた……」

「なんだ、姉ちゃん。また来たのか? こりねぇな」

「ほら、色男が戻って来てるぞ? 感動の再会ってか?」

「はっきり言ってやんな。くそ田舎なんかにゃ帰らねぇってさ」


 気弱そうで純朴な雰囲気の青年が、きっと彼氏のノアさんですね。このゴロツキさんたちと一緒にいる理由がよく分かりません。


「サラ、俺はここで下積みをしてるんだ。村には帰らない」

「ノアのお母さんが病気なのよ? お願いだから帰ってきて」

「なら、なおさら帰れない。俺が稼いで仕送りしないと……」

「ほらな? シッシッ。男の仕事に女が口を出すもんじゃないぜ?」


 下卑た笑いでサラさんを茶化しています。また泣いてしまいそうです……。何度サラさんは泣かねばならないのでしょう?


 私が願えば……。もしかしたら……。

 私は、手を合わせてお願いしました。


『サラさんを助けてあげたいです! ゴロツキさんたちはどこかに行って、ノアさんと話し合いをさせてあげたいです!』


 私が願った瞬間、ゴロツキさんたちのアジトの扉が『バァン』と音を立てて開き、大勢の騎士様が突入してきました。


「アンガス一味の者共! お前たちを連行する!」


 騎士様たちが次々と、ゴロツキさんを捕らえていきます。素晴らしい身のこなしに見とれてしまいますね。



「なぜ、こんなところに隠れている?」

「ひょえっ!!」

「魔法雑貨屋のお姉さん!」


 騎士様の一人に見つかって、私の覗き見がばれてしまいました。


「彼女が心配で、ついて来ちゃいました」

「その男は一味の仲間か? 名前は?」

「隊長、そのノアって男は、最近奴らのパシリにされていたはずです」

「そうか。ノア、事情を聞かせてもらおう。連れていけ」


 ノアさんが、騎士様に連れていかれました。私は失敗したのでしょうか……。


 私とサラさんは、ここに来たことの次第を隊長さんに説明し、二人で天使のはしごに戻りました。


「今はゆっくり休みませんか?」

「はい……」


 とても不安そうなサラさん……。このままノアさんが戻らなかったらどうしましょう……。




 翌日、隊長さんに連れられ、ノアさんが『天使のはしご』に来ました。


「事情聴取は済んだ。あいつらに脅されて、小間使いをしていただけだ。村に帰って母上の看病をするといい」

「「あっ、ありがとうございました!」」


 それだけ言って、隊長さんはお店を出ていきました。

 わざわざ送ってくれたんですね。なかなか人情味のある隊長さんです。


「サラ、心配をかけてごめん……」

「ノアが無事ならそれでいいのよ……」


 ひしと抱き合うお二人。――その日の昼過ぎ、お二人は生まれ育った村へと帰って行きました。




 サラさんとノアさんが村に帰ってから一ヶ月後、二人の文字で書かれた手紙が『天使のはしご』に届きました。


 ノアさんは村役場に勤め始め、サラさんがお母さんの看病をし、落ち着いたら籍を入れるそうです。




 王都には沢山仕事もあり、夢を叶えるために多くの人がやって来ます。しかし、悪いことを考える人も集まるんですよね。

 今世でも私は、いろいろな事件に巻き込まれてしまうのでしょうか?


 前世から、発狂して叫ぶ人に遭遇し追いかけられたり、喧嘩を目撃してお巡りさんを呼んだり、私はよく事件に巻き込まれていました……。


 その記憶が戻り、本当に神様から力を授けられていたということは……。

 うん。今はあまり考えないようにしましょう。





「いらっしゃいませ」


 今日も魔法雑貨屋『天使のはしご』に、わけありっぽいお客さんがやって来ました――

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― 新着の感想 ―
[良い点] セルマさんから見た視点の文章が、心地良かったです。 面白かったです♪
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