堅物メイド
「こちらが今晩の勇者様の寝室でございます」
湯浴みを終え、寝室に案内される。
それにしても風呂、プールみたいに広かったなぁ……リリアンさんが一緒に入ってきたのはびっくりしたけど。本当に。
ベッドに腰をかけて彼女に礼を言う。
「今日はありがとう、リリアンさん……」
「リリアン、で構いません。勇者様」
「ええと、リリアン……ちょっと説明を聞きたいんだけど」
するとリリアンは困ったように眉をひそめて、
「申し訳ありません勇者様……今の勇者様の置かれました状況については、わたくしからは何もお話できず……」
まただ。
誰に聞いても“話せない”の一点張り。
ここまで秘匿されると好奇心よりも恐怖心が勝つ。
「ですが明日に全てご説明があります。どうか気を悪くしないでくださいませ勇者様……」
「いやそんな深々と謝られても……」
腰を90度ほども曲げ、仰々しく謝罪される。
事情を知りたいのは山々だが、こうも謝られるといたたまれない。
……ずっと頭下げてる。
「あ、それじゃあ勇者様って呼ぶのやめてくれないかな……ちょっと重々しいというかなんというか……」
「かしこまりました。ではなんとお呼びいたしましょう」
呼び方を変えてもらうことを頼むと、顔を上げてくれた。
先程から勇者勇者呼ばれるのもなんだかバカらしく、違和感を感じていたのだ。この機会にやめてもらおう。
「改めまして、真鍋裕司です。よろしくお願いします」
「これは丁寧にありがとうございます……既にご存じでしょうが、私の名前はリリアンです。賤しい身分の産まれなので姓はありません。今宵はゆうしゃ……ユウジ様のご奉仕をさせていただく誉れ、心より嬉しく思います」
リリアンはベッドの上に座り、三つ指をつけてまた深々と頭を下げる。
しかし今回はすぐに顔をあげた。
ーー今『今宵は』と言ったか?
まだ何かする気なのか?
言葉尻を捉えたような疑問が頭に浮かんだのとほぼ同時に、リリアンは服をメイド服をおもむろに脱ぎ始めた。
「なんでいきなり脱ぎ出してんだ!」
「……?夜伽に服は不要です。ユウジ様もお脱ぎください」
「いやいやいやいやいや、大丈夫、そう言うの本当にいらないから、マジで」
イタズラにしては度が過ぎる。
既にレースが綺麗な紋様をあしらっている白い下着姿になった彼女から必死に目を逸らし、止める。
「……っ!これは失礼いたしました。自分で脱がす方がお好みでしたか」
そうじゃない。
あれやこれやと口先八丁でなんとか説得する。
少し不満げに彼女は既に畳んでいた服を身につけ始めた。これで一安心だ。
「しかし……ユウジ様、それならわたくしは何をいたしましょう……」
ポツリ、と。
目の前の少女は、突然親に投げ出された子供のように、静かな不安を醸し出していた。
彼女は……彼女は何をしたら良いのかが、何をして良いのかがわからないのではないか?
ふとそんな疑問が頭に浮かぶ。
根拠はなかった。しかし、思い返すと今日、彼女は奇抜な行動をとっていた気がする。
それこそ風呂に一緒に入ってきたことや、今、目の前でなんの戸惑いもなく情事に及ぼうとしたこと。
彼女が上の立場の人間から命令されたことだったとして、彼女のそれらの行動を“堅物”
と言い切っていいのだろうか。
もし、彼女の今までの真っ直ぐな行動が、誰かの思惑による歪んだ教育だとしたら……?
「ユウジさま……?」
いや、これはそれを含めて何かのイタズラなんだ。
彼女も役者。
設定だろう。
「いや……じゃあ、まだちょっと眠くないし、何か話が聞きたいかな」
「お話……ですか」
「そう。なんでもいいからさ……別に、遠慮とかいらないから。話したいことを話して欲しい」
「……………わかりました。それでは……」
その日俺は一つの物語を聞いた。
小金持ちの家に産まれ、大事に育てられた女の子が、不孝を契機に落ちぶれていく物語だった。
楽しみも悲しみも面白みもない変哲もない、ただの一つの物語だった。