非日常の始まり
堕落の一日。
それが俺、真鍋裕司の今の全てだ。
大学進学を機に、親元を離れて一人暮らし。悠々自適な毎日を送っている。送りすぎて己のたるみも十分自覚している。
両親とは元々疎遠、学費も奨学金とアルバイトで払っているからほとんど接する機会もない。
だが、夏休みに入って急にバイト先の店長が「バカンスに行ってきます!!」とおフレを出し、バイト三昧を予定していた俺はやることもなくただアパートの一室でダラダラ過ごす毎日だ。
「このダンベルももう軽いしなぁ」
やることもなく片手間に筋トレ目的で買ったダンベルを弄ぶ。
筋肉がその重さになれてもはや負荷として働いてくれない。結構高いんだよなぁダンベル……。
やる事がない。
暇は人間最大の贅沢だとは言うが、持て余すと毒だ。
彼女?いません。「なんか違うかなー」って別れを切り出されました。何が違うんだろう。
友達?みんな実家に帰ったり旅行に行ってます。バイトがある(という予定だった)のでそれらの誘いは全て断りました。
「あーー……いかんなぁこのままは……!」
ネットゲームでもやればいいのだろうが、みんなが謳歌している夏をそれに浪費するのは別に悪くはないのだが、なんだか罪悪感が湧いてくるようなので気が乗らなかった。
ゲームは生来好きだ。だが飽きてきたのか、余裕がなくなってきたのか、時間があってもわざわざしようと思えないというのも、今ネトゲをするのは憚られる一因だ。
「……大学図書館でも行こう」
学生の本分は勉強!と無理矢理理屈を捏ねて大学の図書館で適当な学術書を読むことに決めた。
✴︎
「……なーんで昔の本ってこんなに面白いんだろうなぁ……」
大学図書館に来たのはいいものの、結局海外文学コーナーの端に置かれていたカビの匂いさえする小説を読んでいた。
内容は至ってシンプルなファンタジーで、突然剪定で選ばれた勇者が中世ヨーロッパのような世界で魔物と戦い、勇気を人に分け与え、目の前の人を救うために奔走する。そして最後は魔王を自分の命と引き換えに倒して永遠の平和を世界にもたらす。
読み初めは王道な設定でつまらないかと思ったが、神は細部に宿るというのは本当らしい。細やかな設定が俺の心を掴んだ。
特に貴族が平民に横暴を働いているシーンで、その暴君が突然現れた勇者を名乗る人物に天誅を与えられたときはヤケにスッキリした。まさか勇者が汚い手も厭わない人物だったとは。意外性が抜群だった。
というかファンタジーだから時代背景は関係ないのだろうな。街並みは中世ヨーロッパという説明はあったが、上下水道はしっかり整備されているらしい。
だがこの世界には魔力、コテコテの設定だが魔法を使う力が全てに生まれつき備わっているものなのだ。それが妙に色んな時代が混ざった世界にマッチして読み応えがあった。
「読む価値あったな……」
満足げに本を閉じる。
ーーガチャン。
……あ、コーヒーこぼした。やべえ。
「ハンカチハンカチ……!」
あれ?タイトルが変わってる。
おかしいぞ。さっきまで日本語で書かれてたはずなのに、今は読めない文字で書かれている……ドイツ語でもなさそうだしアルファベットでもない……
うわ、しかもコーヒーのシミがどんどん拡がってく。多分かかったのはほんの数滴だったのに今では表の表紙がほぼ茶色に染まってる。
それほど染み込みやすい素材だったのか?
……いや、おかしいぞ。
これはシミじゃない。
本自体がどういう理屈か知らないが変化している。
それに気がついたときには、もう何もかも手遅れであった。
【時空超越】(ゲートオープン)
どこかから声が聞こえた気がした。
誰も触っていないのに本がパラパラと捲れていく。
ページの隙間から光が漏れる。
真っ白だ。
体を本から出た光の粒が包んでいく。
夢見心地。
意識が少しづつ遠のいていく。
「なんだ……これは」
声に出せたのだろうか。
それもわからないが、ここで俺の意識は途切れた。