3 page 期待してもいいですか?
勇者一行がリトルシアに来るらしい――。
その報せを聞いた私は、驚きのあまり椅子でないところに座りそうになった。
もう少しで転がり落ちそうになるのを見て、ジェシカが目を丸くする。
「やだ、ちょっとオリヴィアったら。大丈夫?」
「う、うん……大丈夫」
笑ってごまかすも、動揺は隠せなかった。
昼下がりのカフェにはお客が少ない。いつもののどかなリトルシアだ。
ジェシカは明るい山吹色のミニスカートを翻して、向かいの椅子に腰掛けた。襟の大きく開いたシャツからは、豊かな膨らみがのぞいて見える。
活発な彼女には似合っているけれど、前に座ったら男性は目のやり場に困るんじゃないだろうか。
ううん、今はそんなことを気にしている場合じゃない。
「勇者一行って、カイのパーティーなの?」
乾いてきたのどにつばを飲み込んで、尋ねる。
カイのわけがない。だってまだ魔王を倒していない。
それに、一時的にでも帰ってくるだなんて聞いてないもの。
そう思いつつも、心臓は落ち着かない。
「他になにがあるのよ。ほら、うち親戚のおじさんが旅商人やってるでしょ? 今こっちに向かってるって教えてくれたのよ」
どうしてリトルシアに――。
戦いとは無縁の辺境の地だ。
魔物も滅多に現れないこの平和な土地に、なぜ勇者一行が来るのだろう。
「ね、ね。この間受けた中級魔法士の試験、私合格確定だって言われてるの。受かってたらカイ、私を仲間にいれてくれるかなぁ?」
ずきり、と胸が痛む。
「最初は下っ端でもいいのよ。もっと強くなっていい女になって、素敵な人を見つけて……」
夢見る言葉に「ええ、そうね」と答えたものの、ちゃんと微笑んでいられたかはわからない。
(カイが……帰ってくる……)
もしかしたら本当に私の顔が見たくて、立ち寄ってくれるのだろうか。
魔王討伐の目処がついたとか、なにかビッグニュースがあるのかも。
理由は分からないけれど、カイが帰ってくるという報せは何よりうれしかった。
それから4日後。
リトルシアで一番大きい宿に冒険者の一行がやってきた、そんな報せが届いた。
カイには自分の家がある。だから、その時点でおかしいのは分かっていた。
「ここが勇者の産まれた村かー。思ってたのと違うな」
「なんか、こう言っちゃ悪いけれどド田舎よね」
男が6人、女が2人。
万が一と思って酒場をのぞきに来たけれど、一番大きなテーブルに座る冒険者たちは、カイのパーティーとは似ても似つかない。
店はお客さんで賑わっていた。奥のカウンター前に、ジェシカが立っている。近寄って声をかけた。
「ジェシカ」
「あら、オリヴィアも来たのね」
大きなお盆にお酒を乗せながら、ジェシカが振り返る。お手伝いだろうか。
カウンターの向こうから、酒場のマスターが「よお」と軽く挨拶をしてくれた。
私はジェシカみたいに酒場の手伝いは出来ないので、会釈だけを返す。
「ねえジェシカ、あの人たち……」
「ああー、おじさんの情報、デタラメだったみたい。勇者一行じゃなくて、ただの冒険者一行よ。でも結構腕の立つパーティーみたいなの」
「そ、そうだったの……」
やっぱりだ。カイが帰ってくるわけがないもの。
半分分かっていたようなことなのに、失望が胸に広がる。
「ね、オリヴィアも手伝ってよ。私あの人たちとお話してみたいの」
ジェシカは顔の前で手を合わせると、いきなり頼み込んできた。
「手伝うって、何を?」
「これ、一緒に運んでくれるだけでいいわ。会話のきっかけを掴みたいのよ。お願い! ねっ?」
お酒の乗ったお盆を渡された。おそらく、このために手伝いを買って出たのだろう。ジェシカのたくましさというか、行動力にはかなわないと思う。
先日と同じような女性らしさを強調した服で、彼女はもうひとつのお盆を抱え上げた。
「あ……ちょっと」
分かったとも言っていないのに、ジェシカはテーブルに向かって行ってしまった。いつも強引で、自分のやりたいことに真っ直ぐな彼女を、応援しないわけではないけれど……
正直、酒場の雰囲気は得意じゃないから早く帰りたかった。
「お待たせしました~」
明るい声で会話に割り込んでいくと、ジェシカはお盆の上のお酒を並べて歩く。
私も仕方なくその後についてテーブルの横に立った。
「どうぞ」
そう言って、黄金色の液体が注がれたジョッキをテーブルに置いた。
横から私を見上げた男性がひとり「へえ」と興味をひかれたような呟きをもらした。
体格と、となりに立てかけられた長剣から剣士なのだと分かる。赤みをおびた茶の目が印象的な青年だ。人なつっこい笑みを浮かべた青年は、私の顔を見つめながら言った。
「君、珍しい目の色だね」
私は生まれつき、髪と目がオリーブ色をしている。
今まで生きてきた中で、私と同じ色をした人を見たことはない。
珍しいと言われるのには慣れていたけれど、初対面でそんな話しかけられ方をしたことはなかった。
「そう、ですか」
少しの警戒心とともに、それだけ返す。
「うん、オリーブグリーンていうのかな。すごく綺麗だね」
異性からそんなにストレートに褒められたことはない。どう答えていいか分からず、あいまいに笑って返した。
「失礼します」
早々に立ち去ろうとしたら「あ、待って」と後ろから手首を掴まれた。
自分とは違う大きな手の感触に緊張が走った。カイにだって、近年こんな触れられ方をしたことはない。
「君ここの店員?」
「い、いえ。私はこれを運ぶのを手伝ったたけで、もう帰ります」
たったこれだけのことで声がうわずりそうになる。
青年は「え、店員じゃないんだ」とうれしそうに自分のとなりの椅子を引いた。
「それじゃここで俺たちと飲んでてもいいよね? この村のことを聞きたいんだけど、少しだけ付き合ってくれない?」
即座に断ろうと思ったものの、テーブルの向こうでジェシカが目配せをしているのに気づいた。
この人たちと話がしたいジェシカには願ってもないんだろうけれど……
「少しだけなら……」
「やった! ありがとう、さ、座って座って」
腕を引かれて椅子に誘導された。
ジェシカも向かいの男性ふたりと笑顔で話しながら、間に座った。
青年はベルタと名乗った。
リトルシアのことを聞きたいと言ったわりには、その話題には大して興味がなさそうだった。
でも代わりに私のことをあれこれ聞いてきた。歳はいくつで職業はなにかとか、何が好きかとか恋人はいるのかとか。
世間話にしても、そんなつまらないことを聞いてどうするんだろう。
ベルタは自分たちの冒険譚も語ってくれた。
私には想像もつかないような話ばかりで、聞いていて楽しかった。
きっとカイも同じようなことをしてるんだろうと、重ねて考えられるのがうれしかった。
そうして話すうちに夜も更けてきた。ジェシカはまだ帰りそうにない。
何度も言いだせなくて、最後にとうとう「もう帰ります」と言いながら、席を立った。
「あ、じゃあ俺送っていくよ」
ずっととなりで話していたベルタが、一緒に立ち上がった。
「いえ、すぐ近くですし大丈夫ですから」
申し訳なくて断ったけれど、「いいからいいから」と押し切られた。
酒場を出てもベルタはついてくる。振り返ると、ジェシカが店の中からいい笑顔で手を振っていた。