2と1/2 page 幼なじみからの手紙*
*この1話だけカイ(幼なじみ)視点で進みます*
魔王という人類史上最悪の敵が現れてから、すでに10年の時が流れた。
当時、魔界と人間界とのひずみから現れた魔物達は、あっという間に全世界に広がっていった。やつらは今なお殺戮をくり返し、生態系の頂点である人間にとって代わろうとしている。
世界の終わりだとか、人類破滅への序曲だとか、言いたいヤツは言わせておけばいい。
俺はただやられるのを待つつもりなんてない。
この世界には守りたいものがある。
何と引きかえにしても、守りたい人がいる。
ちょっとカッコつけるなら、そういうもののため、世界に平和を取り戻すために、俺は慣れ親しんだ故郷をあとにした。
城の騎士だったオヤジに憧れて、小さい頃から剣の修行をしてきた。
天才だと言われてもそれほどおごってはいなかった。
辺境の田舎で言われる天才なんざ、世界では通用しない。そう思っていた。
でもあのとき、村を訪れた魔王討伐隊の一向に出会って、俺は知ってしまった。
自分に魔王を倒す、勇者としての適性があることを。
実際に勇者を探していた彼らに連れられて、王都に出向いたときはまだ半信半疑だった。
だから勇者の証である聖剣を扱うことが出来たときには、心が躍った。
使命を悟った俺は、その聖剣とともに、喜びに湧く人たちの希望を背負うことを決めた。
今こうして仲間たちと魔王を倒すために旅をしているのも、すべて運命だったのかもしれない。
それがすべて望んだとおりなのかと言われると、分からないが。
「――どうぞ」
促す声とともに目の前に置かれたグラスには、黄金色の酒がなみなみと注がれていた。
「……注文してないけど?」
運んできたウェイトレスを見上げると「おごりよ」とウィンクを返された。
「無駄な労力ですよ。この人はその手の誘惑には乗りませんから」
向かいに座ったサミュエルが、頼んでもいない牽制をかける。
生真面目がすぎるような人柄だが、魔法士としても相棒としても信頼出来る男だ。
はっきり言って、俺よりこいつのほうが見た目は良い。それなのに「勇者」の肩書きのせいか、こんな風に声をかけてくる女性は多かった。
「あら、お酒の一杯くらいで誘惑出来るなんて思っちゃいないわよ」
ウェイトレスは心外そうに言った。
その割に俺に向き直ると、妖艶な笑みを浮かべる。
「でも、そうねぇ……あなた好みだから、良かったらこのあと付き合ってあげてもいいわよ?」
白く細い指が伸びてきて、あごをなでた。
自分の美しさを疑わない自信が、にじみ出た仕草で。
「ありがとう、でもそういう気分じゃないから」
素っ気なく返すと、絡みつく指から逃げた。
ウェイトレスが「あら、残念ね」と呟いたところで、向こうの窓から飛び込んできた白い光が目に入った。
思わず腰を浮かした。それが何かを知っているからだ。
小鳥の形をした小さな光は、今一番欲しかったもの。
差し出した手のひらにふわりと降りた翼は、溶けるように薄紅色の紙の鳥に姿を変えた。
光の粉をまとってキラキラと輝く、一通の手紙。
「いつ見ても美しいですね」
この風変わりな手紙を見慣れた、サミュエルが言う。
「お? オリヴィアちゃんだな。また飛んで来たのか」
「カイ、お前この間のちゃんと返事書いたのか?」
「たまにしか返さないんだから、書けるときに書いておけよー」
散らばって座る仲間たちから、そんな声が上がった。
「ああ。俺……ちょっと先戻る」
返事もそこそこに席を立った俺へ、みんなは生温かい視線を投げてきた。
不機嫌なウェイトレスの横を通って、足早に2階へ向かう。
今日の部屋へ滑り込んでドアを閉めると、勢いよくベッドに腰を下ろした。
「開封」
人の良い幼なじみに教えられた、開封の呪文を唱える。
手の中の鳥が、カサカサと花開いた。
『――カイ、手紙をありがとう。北はすごく寒かったのね。お疲れ様。怪我はしてない?』
光の粒とともに、こぼれる声。
「オリヴィア……」
そこにいるわけでもないのに、名を呼んでしまう。
相変わらずの俺を気遣う内容。村でのたわいもない話。
これが、どれだけ旅の支えになっているか分からない。
だが心やすらぐ時間はあっという間だ。
最後に――。
『私もカイの顔が見たいわ』
灯りの消えた便せんが、かさりと音を立てた。
柔らかい笑顔が脳裏に浮かんで、落ち着かなくなってくる。
村を出る前はいつでもそこにあった。手を伸ばせば届くところにあって、それが当たり前だった。
当たり前でなくなって、どうしようもないくらいに喪失感を覚えてしまうのは……
愛してるからなのだと気づくのに、そう時間はかからなかった。
剣のことで頭がいっぱいだった頃に戻れるのなら、こんな思いもしなくて良かったのに。
「顔が見たい、か……」
幼なじみとしてか。
ただ、慣れ親しんだ者への、気安い愛情なのか。
あいつももうすぐ20歳だ。
真剣に結婚を考えてもおかしくない歳になる。
村に同じくらいの歳の男が少ないとは言え、観光客も多く滞在するリトルシアだ。いつ他に男が現れて、オリヴィアを自分のものにしようと思うか分からない。
いや、もう既に好きな男がいて、俺が知らないだけなのかもしれない。
それを本人に尋ねるだけの勇気はなかった。
想像するだけで、嫉妬心が暴走しそうなのに。
早くリトルシアに帰りたい。
「俺は役目を果たしたぞ」と胸を張って。
そのためには生き残らなければ。
魔王を倒し、世界にもう一度平和を取り戻さなければ。
俺の旅の本当の目的地は、その先――リトルシアにあるのだから。