2 page 小さなお仕事でも頑張ります
3本となりの樫の樹には、ロビンおばあちゃんが住んでいる。
おばあちゃんはこのところ足の調子が悪くて、樹を下りて来られない。
年を考えれば、樹上よりも地上に住んだほうが楽だろう。
そう村のみんながすすめているけれど、おばあちゃんは「もぐら穴には住みたくない」と頑なに断っていた。
そして今日も揺り椅子を動かしながら、出稼ぎに行った息子さんの愚痴をこぼしている。
「手紙にね、街に引っ越してくればいいと書いてあったよ。あたしがここから離れて暮らせるわけがないだろうに、馬鹿なことを言うだろう?」
老眼鏡を鼻にずりあげながら、おばあちゃんが同意を求めてくる。
「そうね……でもお城のある街は人も店も多くて便利だって聞くわ。住めば都というし、悪くないかもしれないじゃない?」
息子さんがそう言うのは、おばあちゃんを心配しているからだ。おばあちゃんの気持ちは分かるとしても、息子さんの言葉を馬鹿なこととは思えない。
壁際のベンチに座る私に、ロビンおばあちゃんはため息を返した。
「この年になって住み慣れた場所を離れるなんて、とってもできやしないよ」
「じゃあせめて、樹上じゃなくて地上に下りればいいのに」
「もぐら穴には住まないよ。あんな陰気くさいところなんてまっぴら御免だ。あたしは鳥の巣が好きなんだよ」
「もぐら穴はもぐら穴で、悪くはないと思うのだけれど……」
「元から住んでる人間はそれでもいいだろうけどね、あたしは死ぬまで樹の上で生きるさ」
年寄りは変化を嫌う、と言ったのは誰だったろうか。
そんなおばあちゃんを見ていて、理屈じゃないのだろうな、と思う。
ジャムを作るのと編み物が得意で、少し口が悪いようで本当は優しい。
不安があるときはいつでも「何とかなるよ」と肩を叩いてくれる。
だからおばあちゃんの家には、大人から子供までお客さんが絶えない。
「はい、書けたよ」
そう言って手渡された一枚の便せんを受け取った。
「宛名は忘れずに、息子さんの顔を思い浮かべて書いた?」
「当たり前だよ、何度目だと思ってるんだい? いくら覚えの悪い年寄りだからって、そのくらい頭に入ってるさ」
念のための確認を鼻で笑うと、おばあちゃんはお茶を煎れ直しに椅子を立った。
私は空いたテーブルで、鳥の形を折る。
「それじゃ飛ばすわね」
「ああ、頼むよ」
窓から出した手の上で、ベージュ色の紙が白い小鳥に変わる。
2、3度羽ばたいたと思ったら、もうその姿は空の向こうに見えなくなっていた。
「ありがとう、オリヴィア」
煎れ直したお茶のポットを手に、おばあちゃんが微笑む。
テーブルに置いたカップからは、少しの湯気と香ばしい木の実の匂いが漂った。
「お前さんの鳥が手紙を届けてくれるおかげで、こんなに離れた場所からでもあの子を怒鳴ってやることができるよ」
ふと、おばあちゃんの書いた手紙の内容が気になった。
私の鳥は宛名の主に開封されると、一度だけ、文字をその人の声のままに読み上げるのだ。
「やだ、おばあちゃん。怒鳴るようなことを書いたの?」
「ふふ、もののたとえだよ」
いたずらっぽく返すおばあちゃんに、肩を落とす。
「もう……びっくりさせないで」
ふたりで笑っていると、玄関の木戸をコンコン、とノックする音が聞こえてきた。
おばあちゃんが「開いてるよ」と答えると、きしんだ音を立てて扉が開く。
「こんにちは~」
姿を現したのは、友達のジェシカだった。
ふんわりした金髪が可愛らしい、私のふたつ年下の女の子。
「オリヴィア、やっぱりここに来てたのね。家に行ったらいないから」
「ジェシカ、私をさがしてたの?」
「そうよ、話したいことがあって。ね、聞いて。今日の中級魔法士の模擬試験で、私一位を取ったのよ!」
「本当? すごいわね!」
ジェシカは村では腕のいい魔法士で、火の魔法を使うことが出来る。
この村の魔法学校は小さいけれど、村長さんや先生たちは生徒の育成にかなりの力を入れていた。
なにせここは「勇者の生まれた村」なのだ。
その名に恥じないよう教育は充実させておきたい、というのが村人の総意だった。
「筋がいいし、まだまだ伸びるって言われたの。私もっと強くなって戦いに参加してみたいわあ。今度もしカイのパーティーがここに来たら、仲間にいれてもらえないか聞こうと思ってるのよ」
「えっ?」
思わぬ言葉を聞いて、同じように試験の結果を喜んでいたはずの気持ちが、一気にしぼんだ。
「だってそのほうがいいでしょう? 私もカイみたいに認められたいのよ。こんな辺境の小さな村じゃなくて、もっと大きい街に行って活躍するの。素敵でしょう?」
「そ……そうね」
カイのパーティーに加えてもらう。
じきに中級魔法士になるだろう実力者で、カイと面識もある。
ジェシカなら、それが叶うかもしれない。
ぎこちない笑いを浮かべた私を見て、それまで黙っていたロビンおばあちゃんが口を開いた。
「都会に夢を見るのはいいけれど、田舎者には田舎者の生き方があるんだよ」
「あら、おばあちゃん、なにも私は田舎が嫌だって言ってるわけじゃないのよ? ただ、使える力があるんだから、何もせずにいるより外の世界に出ていったほうがいいって思うのよ」
「だからと言ってカイのパーティーに入れてもらうなんざ、100年早いよ。お荷物になるだけさ」
「ひど~い! 村一番の魔法士で美少女の私を捕まえてそんなこと言うの、ロビンおばあちゃんくらいよっ」
「みんな遠慮して本当のことを言わないだけさ。とにかく、身の程をわきまえないでしゃしゃり出ていっても怪我するだけだよ。もっと精進しな」
「も~、いいわよーだ。でも本当、早くお城のある街に行きたいなぁ」
おばあちゃんが追加で煎れてくれた木の実茶を飲みながら、ジェシカは今日の試験の内容や、どれだけ自分が上達したかを話してくれた。
相づちをうちながらも、私の心は別のことを考えていた。
自分もカイについていけたらと、考えたことがないわけじゃない。
力のあるジェシカがカイのお荷物になるのなら、手紙を送るしかできない私なんて論外だ。
そんなこと知っている。
だから「連れて行って」なんて、口が裂けても言えなかったのだ。