8 page 笑顔であなたを待っています
カイが真剣な話をしようとしているところなのに――。
頬に添えられた手ばかりが気になってしまう。
指先から伝わる熱のせいで、頭の中まで沸騰してしまいそうだ。
「魔王がどこにいるか、今度こそ分かりそうなんだ。」
その言葉に、なんとかうなずいてみせる。
「もし誰も魔物に泣かなくていい世界になったら……いや、俺たちが必ずそういう世界にしてみせるから、信じて……待っててくれるか?」
その問いは、なにを今さら、と笑ってしまいたくなるほど当たり前のことで。
私の答えなんて分かりきっているのに。
「もちろんよ。カイなら出来るって信じてる。あなたがここを出て行ったときから、ずっと変わらずに信じてるもの」
いつも前向きで、でもたまに、自信をなくすことのあるカイ。
今もなにか不安になっているのかもしれない。
そう思って、精一杯励ました。
「うん……そう、だよな。いつもオリヴィアが『大丈夫』って言ってくれるおかげで、俺もここまで頑張ってこれたから」
言いたいことを途中で飲み込んだような、言葉の続きが気になった。
少しだけ表情を曇らせた笑顔も。
「どうしたの? なんだか元気がないみたい。自信を持って、カイ。勇者なんでしょう? あなたならなんでもできるわ。絶対大丈夫だから」
元気づけようと、頬に添えられたままの彼の手をきゅっと握り返した。
「そうじゃない、オリヴィア、俺……」
わがままをいう前の子どもみたいな顔をして、カイは言った。
「少し顔を見れるだけでいいと思ってたんだ。でも……」
私の倍くらいありそうな太い腕が、背中に回されて引き寄せられる。
「やっぱり駄目だ。手の届くところにオリヴィアがいるかと思うと」
さっきよりも強く、抱きしめられた。
「……か、カイ?」
「オリヴィアが、好きだ……愛してる」
耳元で聞こえた告白に、息が止まるかと思った。
与えられる熱量が、幼なじみとしての「好き」ではないと教えていた。
「お前は……俺をそういう風には見られないか?」
続く問いに、それは確信に変わる。
カイも、私を――?
にわかには信じられなかったけれど、その言葉を噛みしめたら涙がにじんだ。
彼が自分を女性として見ていてくれたのがうれしかった。
愛してると言われて、泣きたいほど幸せだった。
(でも……)
自分も愛してると、本当のことを言ってしまったら、離れられなくなりそうで怖かった。
足手まといだと分かっていても、今度こそ「連れて行って」と言ってしまいそうで。
待っていることに耐えられずに、「そばにいて」とすがってしまいそうで。
こんな地味な異能力しか持たない私が……
大きな目的を持った、カイの足枷にはなりたくない。
絶対に。
ぎゅっと唇を引き結んで、彼の胸を押すと、ほんの少し距離をとった。
わずかな空間が、身をちぎられるほどさみしく感じるのに。
私ができることはひとつだけだから――。
「大好きよ、カイ」
あなたのやりたいことを、私はここで応援する。
「大好きだけど……カイは、私にとって大切な幼なじみで……兄妹みたいなものなのよ」
「オリヴィア……」
「愛してるとか、よく分からないわ」
私は言うべきことを言った。
どうかわがままを言わせないで。
私は故郷であなたの無事を祈って、帰りを待っている幼なじみ。
それでいいの。
一番の望みなんて。
愛してる。もうどこへも行かないでなんて――言っちゃいけない。
「それが……答えか?」
うつむいたままで答える。
「……ええ」
「本当に、本心か?」
問いかけるカイの顔が見られない。
本心だと、言わなくちゃ。でも私がなにかを言う前に、それはやって来た。
ぽっかりあいた玄関から、飛び込んできた白い光。
「えっ……?」
あわせて5つの小さな光だった。
「私の鳥……?」
全部が押し寄せるようにカイの前に飛んでくると、差し出した両手のひらにフワフワと舞い降りていく。
受け取り主を見つけられなくて迷子になっていた鳥たちが、ようやくたどり着いたんだ。
カイは少し驚いた様子で、光る鳥たちを抱え込んだ。
「……これだけ、いつもと違うな」
紙に戻った薄紅色の鳥に混ざって、小さなベージュ色の鳥がいる。
ハッとして、それを取りあげようとしたけれど、ひょいと交わされてしまった。
「か、カイ、それは返して!」
「なんで?」
「だって、それは……」
その中身は、私の最後の言葉のつもりで書いたもので。
「それは?」
「と、とにかくダメなの! 返して!」
「へえー……」
カイはなんとなく意地の悪い笑みを浮かべた。そして――。
「開封」
ほどけた鳥からは、私の声がもれ出した。
たった一言――。
『カイ、愛してる』
かさりと、音をたててただの紙に戻った手紙。そこに書かれた文字を確認して、カイは私に向き直った。
「あ、あの……これは……」
なんと弁解しようかと、回らない頭と舌で話し出した私の口を、大きな手がポンとふさいだ。
全部分かったような目で見られて、顔から火が出そうなくらい恥ずかしい。
「もう、聞いたからな」
だって、違うの、これは、と言葉にならない声でもごもごと言い返す。
「お前、昔からそうだ。嘘つくときに俺の目を見ない。」
「……?」
「どうせまた、私なんかとか、俺の邪魔になるとか、くだらないこと考えてるんだろうけど……今はただ、待ってるって言ってくれないか」
さっきと同じ、不安そうな目。
「俺……絶対に帰ってくるから。意地でも死なないから。だから、俺がいない間に……他の男が寄ってきても、そっちに行かないで欲しい」
後半が消え入りそうになった声で、カイが言う。
それで分かった。
カイも不安だったんだ。私と同じように。
「い、行くわけないじゃない……」
思わず、そう答えてしまった。
「……本当に?」
「本当よ……! 大体、他の男の人なんて」
寄ってくるわけがない、と言おうとしてベルタのことを思い出した。
そういうこともあるのかもしれない……。
なにかを察したのか、カイは大げさにため息を吐くと額に手をやった。
悩ましいポーズのまま「どこかに俺のものだって書いておきたい……」ともらす。なんてこと言うんだろう。
「な、なに子どもみたいなこと言ってるの……」
私、きっと今顔が真っ赤だ。
「じゃあ、誰のものにもならないで、待っててくれるんだな?」
「……っ」
離れたくない。ずっと側にいて欲しい。
また知らないどこかで行方不明になるかもしれないなんて考えたら、怖くて行かせたくない。
でも……でも、カイも私と同じ気持ちでいてくれるのなら……
私と同じように不安を感じたり、愛しさを覚えてくれるのなら……
離れていても、私――
ここで、帰りを待ち続けていられる。
「……待ってる」
真っ直ぐ、彼の目を見て言った。
「信じて待ってるわ。だから――」
必ず帰ってきて。
言い終わらないうちに、右手の指に固い指が絡んだ。
片膝をついたカイは、私の手を引き寄せて、そのまま甲に軽く口づけた。
「……必ずここに帰ってくる。約束する」
愛する女性へ贈る、騎士の誓い。
涙があふれた。
再び立ち上がった彼に見つめられて。
私も泣きながら微笑むと、彼の目を見つめ返した。
うん、待ってる。
今度こそ、信じてここで待ってる――。
「今日は……ここに、リトルシアにいるから」
「うん……」
「……俺の家、2年も帰ってないから寝るとこなんてないよな」
ぽつりと、目をそらし気味にカイが言った。
「だから、今日はオリヴィアのとこに――」
「それなら大丈夫よ。私、いつもお掃除に行ってるもの。カイがいつ帰ってきてもいいように……だからお部屋もベッドも綺麗だし、お水も出るわよ。客間も整えてあるからサミュエルさんにも泊まってもらえるわ。安心して?」
満面の笑顔でそう言うと、なぜだかカイは肩を落とした。
「……そっか……ありがとう」
外で待っているサミュエルさんが、笑いをこらえきれずに吹き出す気配がした。
残り、短い1話で完結です。
ご愛読感謝♪




