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ハレーションに弾丸を  作者:       
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幕間:弾丸は平穏を夢見る

 曲がったことが嫌いだ。集団で一人をいじめるような人間も、他人を傷つけて笑っているような性格のひん曲がった人間も。だから、そんな奴がいれば問答無用で鉄拳制裁をかましていたし、それは間違っていないと今でも思っている。

 けれど。中学生の頃、あたしはたまたま一人の女子生徒を集団で苛めていた男子生徒たちを見かけて。勢いに任せて彼らを殴ると、そのまま全員を病院送りにしてしまった。唯一の家族である母親が、病室で相手の家族へ頭を下げた時のことを今でも覚えている。何度も何度も「大変申し訳ございません」と頭を下げる母親の姿に、もうこれ以上は迷惑を掛けたくないと自宅から通える範囲の私立女子高校へと進学を決めた。近くに公立の女子高校が無かったからでもあるが、母親には学費の面でも苦労を掛けているのではないかと思っている。

 だからせめて高校くらいはもう問題を起こさないようにと、そう思っていたのだ────けれど。

 ()()()を見かけたのは、高等部一年の春、入学式に向かう途中の教室側の廊下の隅だった。微かにすすり泣くような声が聞こえたから、何か困りごとでもあったのかと思い、会場に向かう途中だった母に先に会場へ向かってもらいながら微かに聞こえる泣き声の正体をたどっていた時だった。


 ────だって、棗様がはっきりなさらないから! 私と一晩過ごしてくださったのも、全部遊びだって言うんですか?


 泣き声に混じって聞こえてきた話の内容に思わずぎょっとしながら他にも生徒がいたのか、なんて思って。ほんの少しの好奇心と、こんなに泣かせるなんてとんでもないと言う憤慨した気持ちを持ちながら、相手の顔を見ようとした────時だった。


 ────ねぇ、そんなに泣かないでよ。悪かった、もうしない。春田さんが一番好きだよ。……ほら、()そろそろ入学式に出ないと間に合わなくなっちゃうし、春田さんも生徒会の用事があるんでしょ? 会長に迷惑かけたら駄目だよ


 ふと少し低く透明な澄んだ声が聞こえて、その声に思わず足を止める。相手の顔は見えなかったが、春田と呼ばれた小柄な少女が「私が一番ですか?」と念押しすると「うんうん、君が一番だよォ」とそいつは返す。

 すると、少女は気をよくしたのか「ごめんなさい、取り乱して……また連絡します」と言い残すと、ぱたぱたと忙しそうにどこかへと走ってゆく。とんでもないところだと思いながら、解決はしたようだし戻ろうかと踵を返した────時だった。

 不意に廊下の壁を蹴りつけるような音が響いて思わずぎょっとして音の方向を見ると、それに混じって「あー……めんどくさ」と言う軽薄そうな声が聞こえた。思わず廊下の壁に隠れるようにすると、それから数秒後にそいつの携帯電話の着信音が鳴る。


 ────あー、つー? ……今? 高等部の廊下。迎えに来てよォ!


 電話口で何か叱る様な声が聞こえたのを無視して「はいはい、じゃーね」と返して、そいつは電話を切って。「あー、もう。最悪」なんて再度壁を蹴ってから、顎のラインで切られた髪を耳に掛ける。

 すると、そいつはあたしの視線に気がついたのか「誰かいんのォ?」と間延びした軽薄そうな声で尋ねて。どう返事をしたものかと考えあぐねている間にも、そいつは無遠慮にずかずかとあたしのもとへと近付いてくる。

 三歩、二歩と近づいてくる足音に、もう逃げられないと顔を上げた────時だ。微かに驚いたような、それでいて少し面白がるような澄んだ瞳と目が合った。中性的とも言えるのであろうその顔は、あたしを見つけるとその薄く形の良い唇を面白げに歪める。恐ろしいほど整った顔なのに、あまり印象に残りそうな顔ではないなと直感的に感じた。印象に残りにくい美人────とでも例えるべきなのだろうか。唯一特徴的であるとも言える右目の泣き黒子が、真っ白な肌の上でやけに印象的だったことを覚えている。


 ────なに、迷ったのォ? 君、新入生でしょ? 早く行った方がいーんじゃない?


 間延びした声に「あんたもだろ」と返せば、そいつは面白そうに「あっはは、そうそう」ところころと笑い声を上げて。顎のラインで切られた綺麗な髪を耳に掛けながら「でも中等部からの内部進学なのに、今更式に出でもね」と言って微笑む。


 ────体育館なら、ここからすぐだよ。地図でも書いてあげようか?


 そう言って胸ポケットから手帳とペンを取り出した彼女に、「わかるから大丈夫だ」と言えば、彼女は特段気分を害した様子もなく「あぁ、そ?」と言ってにこにこと────いや、にこにこと言うよりは、にやにやと笑う。


 ────あぁ、もしかしてさっきの()()()()でも聞こえてた?風紀委員に言わないでよねぇ、今のところブラックリスト入りだけは免れてるんだからさァ


 そいつは軽薄そうにそう言って笑うと、「棗さん!」と言う焦ったような声に振り向いて。「あれぇ、司さん。どーしたの、そんな息せき切っちゃってさァ」と飄々と返す彼女に、同じ顔をした少女────ただしこちらは左目に泣き黒子がある────が慌てたような様子で「入学式始まりますよ、早く行きましょう」と言って引っ張ってゆく。その様子を呆気に取られてみていれば、『棗さん』と呼ばれた少女は「はいはぁい、それじゃーねぇ」とあたしにひらひらと手を振って去ってゆく。

 ────彼女は、と小さくもう一人の少女が尋ねる声が聞こえた。それに思わずぴくりと肩を跳ねさせると、『棗さん』と呼ばれた少女が再度あたしの方を見てから「さー」と言った声が聞こえた。


 ────さー。知らない子


 呆気に取られてその様子を見ていたあたしは、はっと意識を引き戻すと慌てて体育館に向かってゆく。「何かあったのか」と自分に尋ねた母に「何でもない」とだけ返して。やがて入学式を終えると、体育館はそのまま新入生歓迎会へと移ってゆく。生徒会の司会のもと、合唱部や少林寺拳法部などの様々な部活動が紹介されてゆく中、縛られることが嫌いだったあたしはどの部活にも興味を持たないまま、ぼんやりと聞き流していた。

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