scene.4
「────じゃあ、今回のオーディション内容を説明します。今回は演出からも話があった通り、≪主役≫と≪準主役≫はオーディションの出来によってダブルキャストか一人二役になります。オーディション日時は、≪主役≫が×月×日、≪準主役≫が×月×日、≪恋人≫が×月○日、≪友人A≫と≪友人B≫が×月×日、≪クラスメイト≫が×月×日、≪担任教師≫、≪先生≫が×月○日です。すべての役が決まった後で代役のオーディションも行う予定なので、全員台詞が頭の中に入っていること。良いね?」
役者班の班長から聞かされた内容に「はい」と返事をすれば、部長と副部長が台本を持ってこちらへ近づいてくる。それを慌てたように皆で受け取ると、一人一人に台本が配布されてゆく。
「台本は行き渡ったかな。そしたらこの後、各自受けたい配役を教えてください。役に応じてオーディションで演じて貰う部分が異なるので、台本の一部が書かれたA6コピー用紙を渡します」
班長の言葉に返事をするように皆がわらわらと班長の方へ向かってゆく。「どうしようかな」と考えていれば、不意に背後から「棗さん」と言う言葉とともに一枚のA6コピー用紙が差しだされて。そちらの方へ視線を向ければ、そこに立っていたのは司だった。
「はい。あんなに人が多かったら取りに行き辛いよね、先に貰っておいたよ」「……どーも」
司から差し出されたコピー用紙を受け取って文字を眺めれば、そこには≪主役≫と言う文章が書かれていて。それに少し眉を顰めながら「……主役?」と尋ねれば、目の前の司は心底驚いたような顔をして「棗さんは主役でしょ?」と呟いた。
「棗さんは主役でしょ? それ以外あるの?」「……いや」「ふふ、棗さんなら準主役も勝ち取れるよね。一人二役、期待してる。……準主役も一応貰っておいた方が良い? 必要だよね」
当たり前のように自分が一人二役を勝ち取れると信じて疑わない司に苦笑しながら、「いや、決まってからでいいよ」と言うと、司は酷く満足そうに「そう。まぁ棗さんなら大丈夫だよ」と言って笑う。司は白い手袋のはまった手袋越しに「私の大事な最高傑作だから」とあたしの手に優しく触れると、そのまま照明班の方へ行ってしまった。
司が去ってから自分の手に残るA6コピー用紙を酷く重く感じていれば、隣の先輩二人がこちらを見てひそひそと話している声が聞こえた。
「……見た? あたしたちのことなんか、最初から眼中にないんだよ」「出来レースみたいなもんじゃん、こんなの」「良いよねぇ、七光りって」
ひそひそと聞こえる声に内心「聞こえてんだよ」とげんなりしていれば、先輩たちは次第に悪口がヒートアップしていって。部長が話を始める直前に聞こえた言葉が、やけに耳についた。
「────さっさと潰れてくれればいいのに」
クスクスと言う笑い声に混じって「やだぁ、言い過ぎだって」と楽しそうな声が混じる。喉を絞めるような微かな息苦しさから逃れるように小さく深呼吸をしてから、目の前の台本に意識を向けた。
(……大丈夫。これは≪演劇部の泉見棗≫が言われているだけだ。全部の泉見棗が言われてるわけじゃない)
あたしは胸に残る妙なざらりとした感触から逃れるように自分に言い聞かせると、そのまま台本に目を落とす。こんなことでいちいち傷ついている暇なんかない。オーディションまで時間は無いし、『七光り』である以上は両親の評判を落とさないよう絶対に『主役』を譲れないのだから。
(それに『泉見棗』はこれしかない。舞台で生まれた人は、死ぬまで舞台でしか生きられない)
まるで質の低い呪いみたいだなんて自嘲しながら、吞み込むように鈍い痛みを伴って台本の人物を理解してゆく。あたしを殺して、『誰か』を理解してゆく。
(でも、じゃあ『本当の泉見棗』って、一体誰なんだろうな)
ぼんやりと浮かんだ考えを振り払うように小さく苦笑すると、「馬鹿馬鹿しい」と頭の中で小さく呟く。
(────なんて、今更別にいらないか、そんなもの)
「────集合!」
各班の打ち合わせ終了後に聞こえた部長の声に、皆が一斉に席に座ると身体ごと彼女の方へ向ける。部長は皆が自分の方を見たのを確認すると、「本日の部活動は終了です」とよく通る声で言った。
「各班で出た内容を全員が把握し、当日までミスのないように! 号令!」
起立! と聞こえた声に全員がガタガタと音を立てながら同じタイミングで立つと、「気を付け! 礼!」と言う号令で頭を一斉に下げる。「お疲れ様でした!」と全員が言ったのを確認してから、部長と副部長は「お疲れ様でした」とよく通る声で言った。
「お疲れ様でした! お先に失礼します!」「お疲れ様でした! お先に失礼します!」「はい、お疲れ様」
皆が口々に同じ言葉を口にしながら部室を退出してゆくのを横目に荷物をまとめていれば、「棗さん」と言う声が聞こえて。そちらに顔を向ければ、司が荷物を肩にかけたまま「帰ろう」と言って、柔らかく笑った。
「帰るって、寮に戻るだけじゃんかよォ」「そうだけど……ダメなの?」
こちらを僅かに甘えるような視線とともに見上げる彼女に小さく笑うと「今日はダメー」と返す。瞬間、衝撃を受けたように目を見開いた彼女に支配欲が満たされてゆくのを感じながら、「本当にダメなんだ、今日」と囁く。
「……なんで駄目なの?」「そりゃーもちろん主役になるために『おべんきょー』しなきゃねェ。ほら、嫌われ者だからさァ、一緒に練習する相手もいないんだ」「じゃあ私も行く。棗には敵わないけど少しは出来るから私と練習すればいい」「はは! それこそダメだろォ」「なんで」
不満げな司の表情に苦笑しながら「演出と役者候補が一緒に練習したら駄目だろ。部活じゃなかったらクビだよクビィ」と言えば、司は酷く不満げに眉を顰めると「……そうだけど」とどこか納得のいかなさそうな顔で呟く。
「……そうだけど、でも今更なっちゃんに勝てる人なんかいないでしょ。何も今日から練習しなくても」「まーまー、言ってやんなって! そりゃもちろんそうだけど、油断してるといつ足元掬われるか解んないしさァ」
悪いねと司の髪を優しく梳けば、司はどこか納得のいってなさそうな表情で「……まぁ、棗がそう言うんならいいけど。夕飯までには帰って来てよ」と呟く。
「へいへーい。まったくつーちゃんも、いくつになっても甘えんぼで困ったねェ」「気持ち悪いこと言わないでよ。棗が家事出来ないから作ってるんでしょ」「そりゃー、あたしの体調管理出来るのなんて司さんだけだもんね」
聞き分けのない子供をあやすようにそう言えば、司さんは満足そうな顔をして「そうだよ。棗みたいな役者の世話、私じゃないと務まらないよ」なんて言って小さく笑う。子どもっぽいその反応に内心「しめしめ」と思いながら「うんうん、司さんだけ司さんだけ。さっすが優秀な演出だよ。司さんがいてくれるから、あたしも安心して演技が出来るしさ」と言えば、司は満足そうに笑いながら「ううん、それは棗の才能が凄いからだよ」なんて言って笑う。
「マジ? ありがとう。んじゃ、司さん。今日の夕飯楽しみにしてるねェ」「解った。……早く帰って来てよ」
司さんは満足そうな表情をすると、菊花寮のほうへと帰ってゆく。しめしめと思いながらその後ろ姿を見送ると「はは、単純」と内心で呟いた。
(……はは、単純。まーそこが良いところだけど。司さんのことは愛してるけど、四六時中一緒だときっついよねェ)
司さんの背中が完全に見えなくなったのを確認してから、「さて」と鞄から今日貰ったコピー用紙を取り出す。司さんにはああいったけど、役者班も少しずつうまくなってきているし、あまり胡坐を掻いてもいられないのも事実だった。
(……まぁ、まだ余裕で勝てそうだけどォ。でも、練習してなくて役をとれなかったらそれこそダッサイからなァ。ここ芸能関係者多いし、どこから両親に情報が洩れるかもわかんないし。連れ戻されることは無いだろうけどさ)
そんなことを考えながら静かで練習がしやすい場所について思案すると、ひとつだけ外階段から入ることが出来る旧校舎の立ち入り禁止の屋上があったことを思い出して。スクールバックを肩に掛け直すと、下駄箱の方へと足を進めた。
(この時間なら先客もいないだろうし、練習にはもってこいだろ。……にしても、めんどくさ)
小さく欠伸を零すと、あたしは自分の顎のあたりで切り揃えた髪を耳に掛ける。冬特有の冷たい空気が柔らかく耳を撫でた。