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ハレーションに弾丸を  作者:       
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scene.2

 昇降口を抜けて廊下を歩いて行くと、暫くしてから目の前にグレーの壁が目に入った。そこが自分たちの教室がある高等部一年生のクラスだと認識すると、「ね」と隣を歩く司の肩を叩く。 


「つーちゃん、今日は()()()行く?」


 まばらに人が増えた廊下でひそりと彼女に囁けば、司は一瞬だけ考えるように目を伏せる。顎のラインで切られた自分と同じ長さの髪が、その白い頬を軽く滑り落ちてゆくのが解った。

 言いつけに従って大人しく中等部に入学した()()達は、まるで人生をやり直すように幼い頃からのある遊びを行っていた。それがお互いの入れ替わり。司になりたいときは司に、棗になりたいときは棗を渡す遊びは、見破られたらゲームオーバーというルールのもと、自由奔放勝手気ままに生活していた。最も司に言わせれば、「自由奔放なのも勝手気ままなのも棗だけでしょ」なんて怒りそうだけど。


「……二組」「……ふーん?」


 ほんの少し間が空くと、司はその形の良い唇から本来の自分のクラスを呟く。()()は高等部一年一組、司は二組。中等部に入学したばかりの頃、双子が同じクラスに所属することが無いと聞いた時には大層残念だったものだ。


「あっそ。残念」「……まぁ、たまには」


 これ以上なっちゃんにクラスメイトを口説かれても困るしなんてどこかとってつけたように呟く司に、「ふーん」と返して。これまでは特に嫌がってもなかったのになァなんて思いながら、「一組で何かあったわけ?」と司の肩に腕を回すようにして囁けば、司は「近い」と嫌そうに眉を顰めて()()の腕を払うと「……別に」と呟いた。


「なっちゃんのクラスは騒がしいからね。今日は落ち着いて授業を受けたい気分なんだ」「なっちゃんって言うなよなァ、もう子どもの頃には戻れないんだからさ。騒がしいんじゃなくてアクが強いんだよ、あのクラス」


 司の真似をしてくつくつと喉を鳴らして笑えば、司は少しだけ困ったようにぎこちなく笑って、「まぁそう言う事情で、今日は一組には行かないよ」なんて言う。早く会話を切り上げたそうなその様子に違和感を覚えて「ふーん?」と返すと司の顎のあたりで切られた柔い髪にそっと触れて、露になった耳もとで出来るだけ優しく囁いた。


「……一組に好きな子でも出来ちゃったァ? つ・か・さ・さん」「……は?」


 わざとそう言えば、司は酷く嫌そうな顔をして「馬鹿なこと言わないでくれる?」と顔を伏せて、自分の手にはめた白い手袋を指先で慈しむようにそっと撫でる。そして「そう言うの、()()には必要のないことだから」と小さく呟くと、顔を上げて「とにかく、今日は二組に行く。棗も一組に行ってよ」と言った。


「そもそも棗と入れ替わった翌日には碌なことが無いんだ。この間だって棗が勝手に二組の子にちょっかい出すから、放課後にべたべた触ってきて気持ち悪かった。そう、だいたい棗は前々から────」「ああもう、うるせーな。はいはい、んじゃーね」


 司の口から淀みなく語られる小言を次第に面倒臭く感じて適当に返答すると、自分のクラスに向かうために司から身体を離す。すると司は、その適当な返事が気に入らなかったのかぴくりと眉を顰めてから、呆れたように溜め息を吐くと「棗のそう言うとこ、理解できない」と呟いた。


「……棗。棗がそうやって人と寝ることを、()は否定しない。棗が間違ってたことは()の人生で一回も無かったから。でも、」「司」


 ()()()が静かに司の名前を呼べば、彼女はぴくりと肩を弾ませると「……ごめん、言い過ぎた」と言って押し黙る。子どものようなその様子を見て小さく息を吐くと、「別にいーよ」と言って「んじゃ、こっちだから」と一組を指させば、司は僅かに青ざめた顔をして、「……うん」と頷いた。

 一組の教室のドアを開けようと取っ手に手を触れた瞬間に横目でちらりと司の方を見れば、司は僅かに青ざめた顔のままゆっくりと教室の中へ入っていって。「どうしたもんかな」と内心溜息を吐きながら、ゆっくりと引き戸を開けた時だった。


「うお、びっくりしたな! おはよう、()()()!」


 教室のドアを開けたのと同時に目の前に『ヒーローくん』が現れて。()()()の姿を見ると、そのやけに整った顔をにこにこと綻ばせた。

 ヒーローくん────()()()と同じ高等部一年一組の塩瀬 日色(しおせ ひいろ)は、その名前の通り『みんなのヒーロー』と言うあだ名で通っている生徒だ。整った容姿と困っている人を見過ごせないその立ち振る舞いから、誰が呼び出したのか『ヒーロー』なんてあだ名がついて。一年生の終わりが近付いた今では、彼女の名前を知る人が殆どだった。


「おはよ、ヒーロー! 急に出てくるからびっくりしちゃったよ! どうかした?」


 ()()()は当たり障りのないクラスメイトの顔をして、吐き出すように台詞をなぞる。……とは言え、彼女と()()()()()()だけは、()()()に何を求めているのか解らないのだけれど。

 ()は内心すぐに 「()()()」と呼ばれたことに舌打ちをしながら「どうかしたの?」と尋ねれば、彼女はその大きく澄んだ目を瞬かせると「ああ! ごめんな!」と明るく笑った。


「わはは、四限目の先生にクラス分のプリントを取りに来るよう言われていてな! これから急な出張になったから、早めに配っておきたいらしい! わざわざ教室まで僕を探しに来てくれてな、困ってたみたいだったから」「そうなんだ? 朝はみんな忙しいのに大変だね?」


 わざわざ探しに来たのはヒーローくんが頼めば何でもやってくれるからじゃないのォ? と思いながら「手伝おうか?」と言えば、意外だったのか『ヒーロー』は目をぱちぱちと瞬かせると、「ありがとう! でも大丈夫だぞ!」と左右に頭を振った。


「そう?」「ああ、心配してくれてありがとう! でもな、」


 不自然に途切れた言葉を不自然に思っていれば、彼女の後方から「塩瀬」と少し低い声が彼女の名前を呼んで。「おお、武村さん!」と言うヒーローの声に倣って視線を向ければ、一瞬だけ酷く自分の眉間に皺が寄るのが解った。……とは言え、()()()の姿を見つけた彼女の方が、よっぽど酷い顔をしていたのだけれど。


「悪い、待たせたな。……げっ」「……人の顔見てそういう反応は失礼だよ、武村さん」


 ()()()は彼女の顔を見ると、出来るだけにこにこと微笑む。「嫌われてんな」と呑気に思いながら、その様子を見て困ったように()()()達を交互に見る『ヒーロー』に小さく苦笑すると、「じゃ、またね?」と言って教室に足を踏み入れようとした────時だった。


「泉見」「どうしたの? 武村さん。何か用?」


 そう言って優等生のように笑う()()()を見て、彼女は酷く嫌そうに顔を歪めて。それから、「そう言うのやめろよ」と吐き出すように呟いた。


「そう言うのって?」「……そう言う、演技みたいなの。人とちゃんと向き合わないと、お前と面と向かって話したい人に失礼だろ」


 真剣に他人と向き合わないのは良くないと思うぞと彼女は呟いて、その暑苦しさに内心辟易としながら「なんのこと?」と言ってにこりと笑う。無理矢理口角を上げたものだから、少しだけ口元が引き攣ってしまう。


「武村さん、どうしてそんな酷いこと言うの? あたし、なにかした?」「そう言う──モゴッ」


 苛立ったような表情の武村さんが口を開くと、不意にヒーローによって無理矢理口を塞がれて。「武村さん、そろそろ行こうか! ごめんな、泉見さん!」とやけに大きな声で言って、慌てたようにその場を切り上げる。


「じゃあな、泉見さん! またあとで!」「おい、塩瀬……」


 そう言いながら武村さんの手を引いて()()()に手を振るヒーローに、ひらひらと手を振り返して。ついでに武村さんにも手を振ったのだけれど、貰えたのは酷く嫌そうな視線のみだった。

 同じクラスの武村美弾とは、どうやっても相性が悪い。四月に出会った時は一般的な対応を貰えていたはずなのに、悲しいかな一年生の後半にもなると反りが合わない奴とは多少の軋轢を生むのだろう。どうでもいいけどねェと思いながら教室に入って自分の席に着くと、後ろの席から「あ!」と柔らかな声が聞こえた。


「棗さん! おはよう」「おはよ。……あれ、髪型変えたんだ?」


 後ろを振り返ると、後ろの席の佐々木さんが柔らかく微笑んでいて。その髪型がいつものおさげからポニーテールに変化していることに気付いてそう言えば、佐々木さんはそばかすの散った丸い頬をほんの少し紅潮させながら照れ臭そうに「うん」と頬を掻いた。


「あの、前に棗さんが髪を上げた方が似合うって言ってくれたでしょ?」


 だから────と言って微かに俯いた彼女の様子を見て、ゆっくりと口角を上げる。武村さんとは違う、他人からの何の混じりけもない純粋な好意が柔く()()()を満たしてゆく。


(そうそう、やっぱ『女の子』ってこうじゃないとなァ。我の強いやつってめんどくさい)


 あたしはゆっくりと口角をあげると、佐々木さんの丸いそばかすの散った頬に柔く触れると、彼女の顔を覗き込むようにして小さく笑う。顔が近付いてきたことに驚いたのか、彼女はまるで追い詰められた草食動物のようにぴくりと肩を跳ねあげて、それが()()()の嗜虐性を擽った。


「……()()()のためにやってくれたんだ? 嬉しいな」


 そのぽてりとした少し厚い唇を指の腹でそっとなぞって「可愛いね」とその耳元で囁けば、彼女は酷く緊張したように目を伏せてその長い睫毛を震わせた。


「佐々木さん、髪が綺麗だもんね? 努力してて偉いな」「……っ、そ、そんなことないよ……あの、ちょっと」


 近い────とぎゅっと目を瞑った彼女の様子を見計らって「あ、ごめんね?」と寸でのところでぱっと手を離す。


「あ、ごめんね? 可愛くて、つい」「……可愛いなんて。……棗さん、私なんかより校内でずっと人気だし、綺麗だし」


 私なんかと自虐的に呟く彼女に「ふうん」と返すと、にやりと笑う。もうちょっとだなと内心舌なめずりをしながら、「佐々木さんは」と出来るだけ警戒心を抱かせないように耳元で優しく囁いた。


「あたしのこと、綺麗って思ってくれてたんだ?」


 そう言ってにこりと微笑めば、佐々木さんは茹蛸のように顔を赤くして。それから微かに、蚊の鳴くような声で「……そ、そうだけど」とだけ答えて俯いてしまう。その様子を見ながらつい口角が上がりそうになるのを必死で抑えて、「そっか?」と答えてからその朱に染まった耳もとにひそりと囁いた。


「……佐々木さんの綺麗なところ、もっと知りたいな?」


 佐々木さんも菊花寮だよね? と続ければ、言外に含ませた意味に気が付いたのか佐々木さんは弾かれたように身体を離すと、茹蛸のように赤く染まった顔で耳を抑える。


「な……ここ、教室だから……!」「ん、解ってるよ。だから、」


 あともう少しかと思いながら、舌なめずりをするような気持ちで彼女の耳元で囁けば、不意にガラガラと教室の戸が開いて。「はーい、朝のショート始めるわよー」なんて担任の愛瀬先生とヒーローくん、それから武村さんが入ってくる。タイミングが良いんだか悪いんだか解らない声に内心小さく舌打ちすると「残念」と小さく呟く。


「残念。また今度ね? 佐々木さん」


 ふ、と耳元で小さな息を吐けば、彼女は慌てたような様子で耳を抑えて()()()を見る。その様子を面白く思いながら席に着けば、愛瀬先生は皆を見渡すと「はーい、出席確認するわね?」と、彼女特有ののんびりとした声でそう言って。出席確認後に、本日分のプリントを配るついでにもう一度佐々木さんの顔を見れば、今度は本当に顔を逸らされてしまった。



「棗さん」


 ホームルームを終えた放課後、教室の出入り口の傍から呼ぶ声にはっと意識を引き戻す。ぼんやりと声のした方に視線を向ければ、鏡写しのように自分と瓜二つの容姿をした司が教室の出入り口からこちらを覗いていた。


「……部活行けそうですか?」「あぁ、ごめんね? すぐ行くよ」


 そう言って司にひらひらと軽く手を振ってから、結局 今日一日遊び倒した佐々木さんに「じゃあ、またね?」と言えば、佐々木さんは微かに頬を赤らめてこくこくと頷く。鞄を肩に掛けたままそれから司に「おかえりィ、司さん」と言って腰を引き寄せれば、踵で思い切りつま先を踏まれてしまう。


「いってェ! あは、ご機嫌斜めぇ?」「近寄らないで、不潔」


 そう言って心底嫌そうな顔をする司が面白くて、「ふぅん?」とだけ答えて肩を引き寄せる。


「司さんってば、随分()()にご執心?」「話聞いてた? おかしいんじゃないの?」


 とんでもないことを平然と言う司に、げぇと返して。「かわいくねー」と返せば「丁度良いでしょ」なんて平然と返してくる。


「ちょっと品行方正に暮らしなよ。そろそろ風紀のブラックリスト入りするんじゃない?」


 そう言ってにやにや笑う司に「んなヘマしないよォ」と返す。「風紀に毎回怒られるのも心外。望まれるままに演じてるだけなのに」と言えば、司はにやにやと笑って「愛されるのも楽じゃないね、なっちゃん」と言った。



「「こんにちは」」


 演劇部の部室を開ければ、「泉見さん、遅いですよ!」と言う部長からのお叱りの声が聞こえて。それに首を竦めながら、慣れた【実力がある生意気な後輩】の台詞をなぞった。


「怒んないでよォ、セ・ン・パ・イ! 集合時刻には間に合ってると思うんだけどな」


 そう言って酷く怒った様子の彼女の頬を指の腹で優しく撫でれば、先輩は()()()の頬を左右に両手で引っ張った。


「そういう問題じゃないの! 姿勢の問題、姿勢の!」「姿勢? 真っ直ぐでいいってこと?」


 はははと笑いながら彼女の耳を指の腹で優しくなぞれば、彼女は一瞬だけぴくりと肩を跳ねあげて。「と、とにかく────」と顔を上げた先輩の耳もとに、「先輩、今日も一番乗りで偉いね? そんなに()()()に会いたかった?」と囁けば、先輩は途端に頬を真っ赤に染めて大人しくなってしまう。その隙を見計らって「じゃあねぇ」と()()を待つ司とともに演劇部内の着替えスペースへ向かえば、遠目からそれを眺めていた司は心底不愉快そうな顔で「不潔」と呟いた。


「……棗、先輩に何言ったの?」「えー? 先輩が()()()のことを想って夜も眠れないんだって」


 わざと大声で聞こえるようにそう言えば、「言ってません! 早く着替えなさい!」とすぐさま注意する声が飛んできて。それに首を竦めて「へいへい」と答えるとジャージに着替えてゆく。撫子色のジャージに袖を通した瞬間、不意に朝の武村さんの「人と向き合わないのは良くない」と言う言葉を思い出して、誰にも気付かれないように小さく舌打ちをした。


(……あんたに何が解ンだよ、武村さん。暑苦しいんだよなー、そう言うの。人とまともに向き合ったって良いことなんてないんだから、適当に好かれる程度に付き合ってれば良いのに)


 愛情を求められれば愛情を、友情を求められれば友情を与える。そうすれば与えた分だけ相手も自分を愛してくれるし、見ていてくれる。例えそれがまがい物の一瞬の夢に過ぎなかったとしても、それで関係が良くなるなら万々歳じゃないか。……まぁ、そんな損得勘定で人を見ないから彼女はあんなに怒っているのかもしれないけど。


(知らないんだったら黙って見てろよな。わかんねーんなら、知る努力をしろよ……っといけない、『明るい優等生』はこんなこと言わないか)


 ()()()は着替え終えると、髪を軽く手櫛で整える。すると、


「なっちゃ……棗さん。着替え終わりました?」


 不意に背後から聞こえてきた司の声にはっと意識を引き戻すと、「はいはーい」と振り向いてにこりと笑う。


「はいはーい、終わったよォ。んじゃ行くかァ、つーちゃん」「……ん」


 司の肩を抱くようにしてそう言えば、司はほっとしたように息を吐いて頷く。そんなことに満たされた気持ちを抱いてしまう自分が、少し気味悪かった。

『新規cast.』(敬称略)

ヒーロー役/塩瀬 日色(考案:桜ノ夜月)

代表作:「宵の闇に日は沈む」(星花女子プロジェクト第8期参加作品)


武村 美弾役/武村 美弾(考案:カフェインザムライ様)


高等部一年一組学級担任役/愛瀬めぐみ(考案:百合宮 伯爵様)

代表作:「先生、恋のquizが解けません!」

https://ncode.syosetu.com/n6718gq/

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