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ハレーションに弾丸を  作者:       
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scene.1

頭の中に突き刺さるような高音が会場に響いた。耳障りなその音を聞いて微かに眉間に皴を寄せれば、マイクを手に舞台から現れた少女は、混乱と焦りが混じって騒がしい会場をぐるりと見回すと、恭しくお辞儀をしてから、マイク越しに抑揚のない声でアナウンスを始めた。


「────本日は星花女子学園演劇部による公演にお越しくださり、誠にありがとうございます。開演に先立ちまして、ご来場のお客様にお願い申し上げます。客席内での飲食、喫煙はご遠慮ください。また公演中は携帯電話はマナーモードにするか、電源をお切りください。公演中、演者に対しての声かけや大声をあげる、公演中に席をたつ等と言った他のお客様の御迷惑や公演を妨げる行為、またはトラブルを引き起こす行動はご遠慮ください。また公演中に演者がどのような姿になったとしても、私共は一切の責任を負いかねますことをあらかじめご了承下さいませ」


会場の中は怒声と混乱で騒がしい。あたしのクラスの風紀委員が彼女を舞台から無理矢理引きずりおろすために走り出した。舞台の上では既に数名の学園の教師たちが彼女を舞台から下ろそうと怒鳴り声を上げている。彼女はあたしたちから上がる混乱と怒声を聞きながら、マイク越しに柔らかな声でこう言った。


「大変お待たせ致しました。それではただいまより、星花女子学園演劇部「ハレーションに弾丸を」を開演致します。どうぞ最期の瞬間まで、ごゆっくりとお楽しみくださいませ」


彼女がパチンと指を鳴らした瞬間、体育館の照明は消える。怒声と混乱はますます激しさを増す。瞬間、スポットライトが彼女を照らして、浮かび上がった彼女の姿は────

 意識を深く潜るようにして()()()を探している。目の前に等間隔に並ぶドアをノックして、そこに住む誰かの()()()を深く鈍い痛みを伴ってゆっくりと理解する。十三歳の頃に星花女子学園に入学してから、もうずっとそんな作業の繰り返しだ。

 ()()は誰でもなく、()は誰にもなれない。誰かのお気に召すまま、空想上の泉見棗を演じてゆく。それがこの、()()()()()()であっても、舞台上であっても────それはこれから先も、ずっと永遠に変わることはない。だからきっと、『泉見棗』という人間はずっと何かを願っている。触れれば痛くて、飲み込めば苦しくて、だけどきっと誰にも理解されない、そんな願いを。


 ────どうか誰かが()()()を××××くれますように、なんて。そんなどうにもならない夢を、ずっと願っている。


 起床時刻を告げるアラームが耳元で鳴った。騒がしいその音に微かに眉根を寄せて小さく舌打ちをしながら、携帯電話のつるりとした画面をスライドしてアラームを止める。その拍子に腕にもさりとした感触があたって思わず身体を離せば、すやすやと間抜けな顔で隣に眠る女の子がいた。


「……幸せそうで良いね、この人。っ、くしゅっ」


 寒、と呟いて肩に引っ掛けているだけのパジャマを掛け直すと、気怠い下半身を引きずるようにしてシャワーを浴びに向かう。横目で時計を見れば時刻はまだ朝の五時だった。こんな時はシャワールームがついている寮で良かったなと心底思ってしまう。愛用しているシャンプーボトルのポンプを押すと、掌へシャンプーの液を出して柔く髪を洗いながら、先程隣で眠っていた子のことを思い浮かべて首を傾げた。


(……()()、誰だっけ)


 肩の近くに付けられた歯形に「うげ」と辟易しながら頭を捻るも、結局彼女の名前は出てこなかった。



(なつめ)様!」「……あぁすみません、起こしてしまいましたか?」


 甘えるような声色に内心舌打ちしながら、昨晩は確か王子様だったよななんて彼女の長く指通りの良い黒髪に触れれば、「いいえ!」と彼女はその白い頬を朱に染めて、熱を帯びた視線で()を見上げる。


「いいえ! (わたくし)、昨日のことが夢なんじゃないかと思って起きていたの! まさか私が、()()()()()()()()とこうして一緒に居られるなんて夢みたいで!」


 ────世界中に自慢してしまいたい気分! なーんて浮かれたような言葉に、んなことされたらこっちの人生お先真っ暗だよなんて内心毒づきながら「こんな可愛らしい方にそう言って貰えるなんて光栄ですよ」とだけ返すと、白く華奢な肩にそっと腕をまわして五月蠅い役者を風呂場へ押し込めるようにしてエスコートする。


「さ、シャワーをどうぞ。身体を冷やしてはいけませんから、ね?」


 そう言えば、彼女はその白い頬を朱に染めて「わかりました!」と返すとシャワールームへ歩いてゆく。彼女がシャワールームへ入ったのを確認してから手早く制服へ着替えると、「ばぁか」とシャワールームへ向かって舌を出す。パパとママが甘やかすから騙されンだよォなんて思いながら、学生鞄から一冊のどこにでもある大学ノートを取り出すと、彼女がシャワールームから出てこないことを確認してから手早く中身を確認した。

大学ノートは、中等部からつけている星花(ここ)の生徒や教職員の特徴を書き連ねたものだった。パラパラと目的の箇所までページを捲ってから、そこに書かれた先程の彼女の情報を整理する。


(小鳥遊優里(ゆうり)、高二。小鳥遊フーズの次女。()()は……[王子様]ね。交際経験は無し。スリーサイズはァ……ヒュウ、やるゥ! 当たりじゃん)


 ()は「()()()ねぇ」なんて思いながらノートを鞄の中に戻しクローゼットから制服を取り出すと、少しずつ()()()()()()()()()を演じるための準備をする。()()は[問題児]に、()は[優等生]に。()は[王子様]に、()()()は[クラスのムードメーカー]に。誰もが色々な顔を持つように、×××も沢山の顔を持っている。沢山の顔を使い分けて、演じて、演じて、演じて────その先に何があるのかは、まだ知らないままだ。



「────それでは、棗様。ごきげんよう」「送っていきましょうか?」「いえ、……あの、同室の子に見られたら恥ずかしいので……」「そうですか?」


 ではまた、と続ければ、彼女はその白い頬を朱に染めると「ありがとうございます」と甘える様な微かに鼻にかかる高い声で返して学園内のもう一つの寮である桜花寮へと帰ってゆく。その後ろ姿をぼんやりと見つめながら、()は自分の人格(キャラクター)を逃がすように、ふっと息を吐いた。

 星花女子学園は、S県空の宮市中部に位置する中高一貫型の私立女子学校である。良家の子女のみならず一般家庭の子供も多く通っている学園は、空の宮市の市長の子どもや、良家のお嬢様で風紀委員長を務める先輩、S県内屈指の名門男子校・御神本学園の理事長の娘まで、一言で「良家」と言ってしまえばキリがないほどの生徒が多く通っている。それゆえに学園内のセキュリティは厳しく、許可された人物でなければ学園内に異性が入ってくることは無い。ゆえに思春期特有の恋愛感情も、恋愛感情と同等に扱われる性衝動も、同じ学園内の人間に向けられることが多いのだけれど。


「こんなのが()()()なら、随分と紛い物の王子様だよねェ」


 大きく欠伸をしてから、昨晩の先輩とのやりとりを思い出して苦笑してしまう。星花女子学園では、同性同士の恋愛が多い。それは学園を卒業後するまでの単なる遊びであったり、生涯にわたって続くような本気の恋であったり種類は様々だが、閉鎖的な学園では家柄も良く頭脳明晰で容姿端麗な数名の生徒たちは、本人の意思に関わらず学園内でもあこがれの的として扱われていることが多い。一晩限りの関係を望む生徒とあこがれの的の一部は一晩限りの燃え上がるような愛を交わしていることも多いが、あくまで星花は教育の場であるため、あまりにも目に余る場合は風紀委員会から直々に注意を受けるのだけれど。

 桜花寮から自分が在籍する菊花寮へ戻る道をのんびりと歩きながら、同じように菊花寮から慌てたように桜花寮へ戻ってゆく生徒を横目で見ながら、ふと昨晩の小鳥遊先輩の話を思い出した。

 星花がいくら女性同士で付き合っている人が多いからと言って、すべての人が付き合えるわけではない。一部の生徒が憧れとして崇められていれば、当然その割を食う人間もいるわけで。そう言う意味では、昨晩の小鳥遊先輩は()()()()()()()()()()()()()()()()。 

 それなりに友人はいても、強烈なスポットライトを浴びたことはない。主役はいつまわってくるか解らない。もっと私に注目して欲しい。自分が学園内で愛されている自覚が欲しい────もっとはっきりと言ってしまえば、自分も学園内で()()()()()()()()()()()。彼女は学園に在籍した六年間で、何とも拗らせた承認欲求を抱えていたようで。結局その承認欲求の行く先が、その星花でほどよく有名な人間と一晩を共にすると言う選択だったのだから、何とも可哀想な話だと思う。思うだけで、彼女を救ってやろうとも思わないけれど。


(……ま、精々()()の演技の肥やしにでもなってくれれば良いよ。十代の恋愛なんて、単なる遊びの延長でしかないんだから)


 小鳥遊先輩が平平凡凡な人生が送れるのはあんたの両親が努力したお陰なのに、それが嫌だなんて我儘な女だよと思いながら、ぐぐっと伸びをした。


「……ま、()()も親のすね齧ってるから人のこと言えたもんじゃないけど。 あぁ、腹減った。司のとこ行ってなんか食べさせてもーらお」


 ぐぐっと伸びをすると、同じ菊花寮で隣の部屋に住む潔癖症の双子の妹のことを思い浮かべる。隣人は酷い潔癖で、()()のような思春期の性衝動に身を任せる人間は不潔な生き物だと思っているらしい。知ったことかと思いながら、()()は自分の住む菊花寮へと踵を返した。



「つーちゃぁん、()()。あんたの双子のお姉ちゃんの、なっちゃんだよォ」


 菊花寮にある自分の右隣の部屋のドアを三回ノックすると、少し間を開けてからドアが開く。見慣れた同じ顔が目の前に現れてにこにこと手を振れば、すぐにノズルが出てきて挨拶がわりに除菌スプレーを吹き掛けられた。


「げっほげほげほ……つーちゃん、愛しのお姉さまに随分な挨拶だねェ」「誰が愛しのお姉さまなの? それより棗、また部屋に誰か連れ込んだでしょ。最低。部屋にあがらないで。不潔」


 そう言って心底汚いものを見るような目で()()を見る司にげほげほと咳き込みながら「つーちゃん、人をバイ菌扱いするのやめてくれない?」と言えば、司は小さく舌打ちをすると無言で倍の量のスプレーを吹き掛ける。


「ひっでぇなァ」「ああ、おぞましい。不潔。最悪。良いのは顔だけ」「げェ、そこまで言う?」


 自分と同じ顔をした女の子に言われるのもまぁ悪くないとにやにやしながら、「つーちゃん、今日は一段と可愛いね?」と言えば、司は無言で()()の頭をスプレーの入れ物で軽く小突く。


「なっちゃん、その不潔が服を着て歩いているみたいな言い方を改めて。いつか刺されるよ」


 そう言って心底呆れたように()を見る司に「えぇ?」と返して、それからにやにやと笑う。


「それ最ッ高、()()()」「……ほんとにイカレてるんじゃないの」


 わざと人前で呼ぶ呼び方で司を呼べば、司は心底嫌そうな顔をしてから諦めたように溜息を吐くと「消毒してから入ってよね」と言って消毒用のスプレーボトルを置いて部屋の中に消えてゆく。()()は「へいへーい」と適当に返事をすると、消毒を済ませて部屋の中に上がった。隅々まで掃除が行き届いた病的なまでに清潔な部屋の中央には、二人用のダイニングテーブルが置かれていて。()()はその椅子に腰を下ろすと、小さく息を吐いた。


「つーの部屋はいつ来ても綺麗だね。病院みたい」「その口説き文句は50点。不潔なのって嫌い。棗も後で窓から捨ててあげる」「お、過激ィ! 証拠はたんまり残してやるよ」


 へらへらと笑いながらそう言えば、司は心底嫌そうな表情をしてから二人分のサラダとトースト、そして目玉焼きを目の前に置く。「どうぞ」と言う言葉に「どーも」と返すと、二人で向かい合って手を合わせた。


「「いただきます」」


 思わず声が揃ったことに「そこだけは双子なんだな」なんて笑えば、司は眉間に皴を寄せて珈琲を啜っていた。

 ()()とこの目の前で不愉快そうに珈琲を啜っている泉見司は、同じ学校で同じ寮に住む一卵性の双子だ。とは言え似通っているのは顔だけで、()()は性的にも性格的にも奔放で、司は反対に性的にも性格的にも潔癖なのだけれど。


「そう言えばさァ、受賞決まったんだってね」


 食事中に私語を好まない司の前でわざとそう言えば、司は心底嫌そうにその整った顔を歪ませて、コーヒーカップから口を離すと「受賞?」と聞き返した。


「ほら、あの例の舞台」「そう。どうでも良い」


 本当に心底どうでも良さそうに再び珈琲に口をつけた司に、思わず苦笑して。それから、「ふぅん?」と聞き返す。


()は面白いと思ったよ。受賞の流れまでもが演劇みたいで」


 流石は演出家って感じィ? と言えば、司は「くだらない」と一蹴した。


()()()()()には興味無い」「ひっでぇ言い草」「事実。……もう良い? 他人の唾液には雑菌もいっぱい含まれてる」


 そう言って会話を打ち切るように再び珈琲に口をつけた司に小さく首を竦めると、「苛々してンなぁ」なんて他人事のように考えて。昨晩見た下世話なインターネットニュースの内容を思い浮かべながら、トーストを一口齧った。

 星花女子学園は、良家の子女や政治家の娘、どこぞのご令嬢に芸能人、あとは一般家庭とバリエーション豊かな人間が所属している。その例に漏れず、ボク達も所謂芸能人の娘だ。

 ボクたちの親である泉見夫妻は芸能界ではある程度名の知れた夫妻だった。出演した全ての作品の賞を受賞する俳優・竹田桔梗と、手掛けた作品は全て受賞する監督・泉見肇の結婚は、竹田桔梗の俳優人生において最も輝かしい時期に発表されたことで、一時はテレビの話題を殆ど全て掻っ攫ってしまったことで有名だった。

 誰もが羨むおしどり夫婦と言われる一方で、下世話な週刊誌では夫妻の結婚は竹田の売名なんてことも書かれてはいたそうだけれど。蓋を開けてみればなんてことはない、至って普通の()()()()だった。

 竹田は十代の頃から、周囲より頭一つ飛びぬけた演技力とその美しい容姿を武器に芸能界を生き抜いてきた。彼女がデビューした時期はちょうど若手女優が多く出てきた、所謂『若手女優の戦国時代』との呼べる時期で、彼女は『ここを何とかしなければ生き残れない』と感じていたそうだ。

 そんな竹田桔梗を一気にスターダムへとのし上げたのは、彼女が成人を迎えてから三年後の「白い丘で」と言う作品。罪を犯した青年のもとへと現れた、天真爛漫な一人の少女。青年は彼女の自分探しに付き合う中で、自分の罪と過去に向き合うと言うストーリー。その舞台を作り上げたのが、後に()()達の父親となる当時才気あふれる若手演出家の泉見肇だった。

 必然のように出会った二人は、やがて互いに惹かれ合い永遠の愛を育んだ。業界では昔から、今時珍しい純愛として有名な話だ。それが全て竹田桔梗と泉見肇による、人生をかけたお互いのプロデュースだとは誰も気づかないのだから、人間と言うものはつくづく恐ろしいものだと思う。

とは言え、竹田桔梗は双子の女児────つまりは()()たちを出産してからすぐに芸能界に復帰。泉見肇は[既婚者]と[愛妻家]の肩書きが付いた以外は仕事も人間関係も順調。ボクたちが子役として芸能界で売り出してからは、その給料も家に入ってきたことで安泰。最近では良い夫婦に贈られるトロフィーまでちゃっかり貰っているのだから、ビジネスとしての付き合いとして最も成功した二人だ。その後、家庭が崩壊していることなんて一ミリも感じさせない姿は流石と言うべきなのだろうけど。


(中等部で星花に入学してから一回も連絡なんて寄越さないのにねェ。誰がその地位を作ったんだっての。感謝しろよォ、マジで)


 とは言え子役としてデビューしてから数年経って、目新しさが無くなれば泉見夫妻にとって自分たちの利用価値はない。無駄な金をかけるくらいならと半分くらい芸能界を半分引退した今では、泉見の稼いだ金とそこそこ優秀に生まれた頭をフル活用して悠々自適な一人部屋を与えられながら、悠々自適な学園生活を送っている。愛された記憶も、守られた記憶もない二人のことを親だと思ったことは無い。


(……なんて、ボクも大概不誠実だな)


そんなことを思いながら、小さく欠伸をした。



「ご馳走様」「……ご馳走様でした」


 ()()は心の中で毒づきながら朝食を終えると、司とともに片づけと身支度を済ませて菊花寮を出る。冬特有の冷たく乾いた風が、()()の顎の辺りで切り揃えられた髪を柔く乱した。

いくらいらなくなったからと言っても、子役としてそこそこテレビに出ていた()()たちにも教育を受けさせなければ世間体が悪い。だから二人は厄介者を押し付けるように私立小学校を卒業後は、『子供の自立心を育てる』と言う名目で十三歳になったばかりだった()()たちをここ星花女子学園に入寮させた。もともと忙しい人たちだったからほとんど自宅に帰ってくることも無かったけれど、中等部一年生で星花に入学してから五年間は全く顔も見ていない。インターネットニュースにはよく上がっているから「あぁ生きてるんだ」程度の認識は持っているけれど。


(まー過干渉されないから好き勝手出来てるとも言うけどね。……っと、今日は演劇部だっけ)


()()はふと思い浮かんだスケジュールに内心げんなりしながら隣を歩く司に「今日の演劇部のスケジュールは?」と尋ねれば、司は下駄箱で靴を履き替えながら「基礎体力作りから始まって、そろそろ部内の役職交代の時期だから二年生の先輩方の中から各担当の役職決め。監督から連絡が来てたけど、()()は相変わらず演出と監督補助だって」と呟いた。

 司はこともなげにそう言うけれど、本来高校演劇において監督やその補助に当たる監督補助、また演出を一年生が行うことは異例のことだ。特に演出に関してはその采配ひとつで作品全体を殺してしまう可能性もある重要な職務であり、その解釈に基づいて劇の準備を進めてゆくため、経験を積んだ人間が就くことが多い。司が星花女子学園へ入学した中等部の頃、その役職に就くことに最初は他の部員から猛反発があったけれど。

 ()()は下駄箱で靴を履き替え終えると、司と一緒に教室へ向かって廊下を歩きながら、にやにやと笑いかける。


「『()がやればもっと上に行けます』ってまた言ってよ、司」


 入部初日に、()()達二人のことを七光りだと陰口を叩いていた先輩方に向かって司が言った言葉を思い出してくつくつと喉を鳴らして笑えば、司は心底嫌そうな顔で「嫌」と言った。


()()()は平和主義だから」「へぇ? つまんないの!」


 そう言って再びくつくつと笑えば、「なっちゃ……棗さんこそ、いい加減落ち着けば?」と司は溜息を吐く。


「間違えられて目の前で泣かれるの、いい加減迷惑」「あは、最高。写真撮ってよォ、携帯の壁紙にしちゃう!」


 そう返せば、司は「なっちゃん、良い趣味してるよ」とにやにや笑って。「機会があればね」と言った司の肩に腕を回して「最高。愛してるよ」と返せば「間に合ってるよ」とくすくす笑われる。


()()()()()()()()()()()()()()。棗もそうでしょ?」


 そう言った司の言葉に思わず言葉を詰まらせれば、司は少しだけ驚いたような顔で「……どうかした?」と尋ねて。その言葉にはっと意識を引き戻してから「何でもないよ」と笑った。


()()()()()()()()()、司」


 そうだと断定しない言い方が癇に障ったのか、司は微かに眉間に皴を寄せて。それに「冗談だよ」と返してから司よりも一足前に歩けば、司は少しだけ戸惑ったように()()の後を追いかけてきた。


 ────この世は舞台で、人は皆役者なら


 ボクは敬愛する劇作家の言葉を頭の中で思い浮かべながら、隣に歩く司の髪を指で柔く鋤いて片耳に掛けた。


「……なら、役者が存在する意味は、何なんだろうねェ? 司」「ん?」


 ボクは隣で不思議そうに尋ねてくる司に「なぁんでもないよ」と軽く返して、彼女の半歩先に歩を進めた。

[新規cast]

???役/???様

考案:桜ノ夜月


泉見司役/泉見司様

考案:桜ノ夜月

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