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盗んだ代償  作者: 紫李鳥
1/2

 


 児島容子は川沿いの崖に腰を下ろすと、アクリル絵の具で風景を描き始めた。――


 初夏の多摩川は心地よい水音を立てながら、瑞々しい若葉を撫でていた。水音と葉音をBGMにしながら、木陰で描いた。


 一時間ほどで画き終えると、陰影の表現をチェックした。川の流れの描写に少し納得がいかなかったが、まあまあの出来だったので、帰り支度を始めた。画材をしまおうとした時だった、キャンバスバッグを崖下に落としてしまった。


 川に続く小道を下りると、雑草が川辺を覆っていた。落ちた場所に見当をつけると、草むらに分け入った。


 黒いバッグを見つけたその時だった。


「あっ!」


 うつ伏せに倒れた男の背中が見えた。


「だ、大丈夫ですか?」


 声をかけたが、返答がなかった。救急車を呼ぼうと思った瞬間(とき)だった、男の傍らにあるスケッチブックが目に入った。――




 パステル画の公募で大賞を受賞した『初夏の風』という容子の作品は、新聞・雑誌に掲載され、その名と作品を一躍有名にした。


 これまでに何度となく、アクリル画を応募をしては選外に終わっていた容子にとっては、今回の受賞は天にも昇る心地だった。



 そんなある日、差出人のない手紙が届いた。不吉な予感がした容子は、恐る恐る開封した。そこには、


〈泥棒!盗んだことを世間にバラされたくなければ、7月×日、午前10時までに10万円振り込め〉


 と、あった。紛れもなく脅迫状だった。顔が青ざめるのを感じた容子の指先は小刻みに震えていた。


 10万なんて、あげるお金は無い。バイトしながら絵を描いている貧乏絵描きだ。折角、幸運を掴んだのに……。容子は一気に、天国から地獄に落とされた。


 男が倒れていたあの日、傍らにあったスケッチブックを手にした。そこに描かれていた風景は、まるで写真のように精緻で写実的だった。その絵に魅了された容子は、男を放置し、スケッチブックを持ち帰ったのだった。――




 容子は恐怖に(おのの)きながらも、地獄から脱け出す方法を考えた。


 警察に通報しないという余程の自信があるのか、振込先の名前は、“フルカワタツヒロ”とあった。振り込めば盗んだのを認めたことになる。……さて、どうする。容子は、とりあえずメモ用紙と鉛筆を用意し、画策を練った。――そして、脅迫者を突き止めるアイデアを思いついた。



 指定された振込の時間が過ぎた頃、案の定、脅迫者から電話があった。受賞した時に掲載されたプロフィールで、住所と電話番号を調べたのだろう。


「振り込んでないじゃないか!」


 受話器にハンカチでも当てているのか、男女の区別がつかない濁った声だった。


「振り込みましたよ。ご利用明細票もありますが」


「えっ!……」


 怯えるでもなく、平然とした容子の応対を意外に思ったのか、相手は対応に苦慮している様子だった。


「明細票を郵送しましょうか?直接会って、明細票を見せた方が、話は早いのに」


「……分かった。じゃ、住所を言うから、明細票を持って今すぐ来い」


「……分かりました」




 果たして、言われた住所の安アパートの表札には、〈古川〉とあった。万が一に備えて、ショルダーバッグにはフルーツナイフを忍ばせていた。

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