影踏み
春の陽光が降り注ぐ公園内。
青空の下、爽やかな風が吹き抜け、砂地は白く輝いている。
塗料の剥げかけたすべり台や、風に揺れるブランコが、太陽の光を鈍く反射している。ただ、それらはロープが張り巡らされていて使えない。老朽化が激しく、危険だからだ。
しかし、そんなことは子供たちには関係ないようだ。遊具などなくても、きゃあきゃあと声を上げ、楽しそうに走り回っている。
様子を見ていると、どうも影踏み鬼をやっているらしい。影を踏まれた者が次の鬼となる鬼ごっこ。影という誰もが持っているものを使う遊び。誰が考え出したか知らないが、よく出来ていると思う。
――影か。
光のある場所ならどこでも現れるもの。いつでもどこでも誰でも持っているもの。今現在も意識して見渡せば、子供たちや、立ち並ぶ木、遊具、建物、沢山のものの影が地面に伸びている。物があれば必ず影が出来る。物の数だけ影がある。世界はこんなにも影に満ちている。なのに、今の今までその存在を忘れていた。目にも入らなかった。どうしてだろう。こうやって改めて意識すると、忘れていられたのが不思議な気がする。いつでもそこにあるものなのに。そういえば、自分の影を最後に見たのはいつだったろう……。
「おとうさーん」
目をあげると、ベンチに向かって駆けてくる息子の姿が見えた。影踏み鬼は終わったのだろうか。
「おとうさんもあそぼうよー」
息子は木陰のベンチに座っている私に辿り着くと、はあはあと息を切らせながら誘ってきた。目がきらきらと輝いている。期待に満ちた笑顔に、思わず苦笑した。
「うーん……お父さんはいいよ。ここで休んでる」
「えー、やだよ。いっしょにやろう?たのしいよ」
「いやー……」
「やろうよーやろうよーやーろーうー」
「……」
「やーろーうーよー」
「仕方ないなあ。一回だけな」
「やったあ」
私からいい返事を引き出すと、息子はぴょんぴょんと飛び跳ね、小さな手で私の手を握ってベンチから立ち上がらせた。そのまま手を引いて日向へと連れ出す。木の影から出ると、太陽の光が白く目を焼いた。思わず俯く。
「あれ?」
声が出た。
ない。
あるはずのものがない。
地面に、私の影が見当たらない。
前にも後ろにも横にも、どこにも。
馬鹿な。
「あ、そうか」
呆然と真っ白い地面を眺めていたら、隣で息子が小さく呟いた。
「おとうさんのかげ、あのとき、しんじゃったんだった」