接敵(7)
彼女達が到着したのは、日差しも強くなり春の真っ盛りに成る時期だった。
「クラウ殿、ご無沙汰しておりました」
と、招き入れた扉から顔を出したのは、セルシアだった。彼女に続いてマリアンヌともう一人も入って来た。
「待っておったぞい。で首尾はどうじゃな?」
「はい、クラウ様の助言通りにほぼ事を終えることが出来ております」
「そうか、ラミア殿には山に山菜を取りに行って貰っておるから、昼頃には戻ってくるじゃろ。で、そちらの御仁は?」
「済みません自己紹介が遅れまして、メーベル群で戦姫を承っております、キーラウと申します」
と言って、深々とクラウに礼をしたのは、長い金髪を後ろで一本に纏めて前に垂らしている娘だ。 クラウが口を開く前に続けて、
「今回、私めは帝国貴族のラミア殿の護送の任を受けここにおります……が建前で、是非高名な疾風の乙女クラウ殿にお目通りしたく志願させていただきました」
クラウは、セルシアとマリアンヌに目配せをしなから、
「こんな老いぼれを見に来て満足したかえ?」
「はい、お年を召されても漂う気迫にはただ恐れ入ります」
「マリアンヌ殿、わしはそんなに殺気だっておるかのー」
「いえ、助けて頂いた時からその様なことを感じたことはございません」
「そーじゃろー、そーじゃろ。わしは人の良いばばあじゃからな」
話があらぬ方向に行きそうな気配を感じ取ったセルシアが、
「クラウさま、ラミアさんは裏山ですよね。我々もおじゃまさせて頂く事に成りますので、何かお手伝いさせて頂きたいと思いますが、いかがでしょうか?」
「そうじゃな、物資は持ってきたんじゃろ、それを置いていってくれれば、今日明日位はここに置いてやるから、それ以外で必要な分位は何か採って来てくれぬか」
「キーラウ殿、マリアンヌ、済みませんが荷解きをお願いします。私は裏山に行ってラミア殿を探しがてら、山菜を摘んで参ります」
とてきぱきと指示を出しながら家を後にする。
外に出たところで、
「キーラウ殿、クラウ様には失礼の無いようにお願いしますよ。お目付け役で来て頂いていることは感謝していますが、問題の無いようにとの師団長のお言葉も有りますし」
「わっ、解ってますって。さっきはちょっと緊張して口が滑っただけなんですから」
「マリアンヌ、荷解きが終わったら、クラウ様と食事の用意を。一応、村のかた全員分位は作った方が良いと思うから、クラウ様に伺ってから進めてくださいね」
「キーラウ殿には申し訳有りませんが、クラウ様のお許しで宴会が出来そうでしたら、村の方々への連絡とご挨拶をお願いします。村の方々にはクラウ様と同様、昔一世を風靡された方がいらっしゃいますのでくれぐれも失礼の無いようにお願いします」
「解りましたって、私ってそんなに信用無いかなー」
それを聞きながら、マリアンヌと目を合わせて困りきった表情をお互いで確認しあったセルシアは、裏の山へと歩き始めた。
キーラウ先輩は全く天然と言うか、場を読まないと言うか、単にトラブルメーカーの枠を越えた存在ではないかと思うようになってる自分がいる。
部隊に戻った後で、今回の功績により二人共に2階級特進の話となり、一旦3群に戻っての拝命となった。本来であれば尉官の教育・訓練が必要なのだが帝国貴族の移送の件もあり、実地研修も兼ねてキーラウ准尉が教育係兼お目付け役として同行することで、トルケルに再び訪れることが出来た訳なのだが。
これまで起こしてきた彼女のトラブルを考えると、メーベルまでの帰路も安泰ではないだろう。このまま、彼女がずっと私達の担当だったとしたら、と考えると背筋に冷たいものが流れるような気分に成る。
そんな気分を振り払って、私達の命の恩人を探さなくては!
ーー
そよぐ風、森の木陰から見える太陽も、ほぼ頭上に近く成ってきている。そろそろ昼だ、と思うとお腹も空いてきたような気がする。
体力回復と食材の採取を兼ねて、歩けるように成ってからは、毎日山に入って何かをしている。目覚めて、これまでのいきさつを聞いてからは、特に気掛かりも減って、取り敢えず自分についての事に専念するしかない。
セルシア達は、一旦3群に戻ってから私を引き受けに帰ってくる予定だから、それまでクラウ殿に世話になっているとして、自分の食いぶちは自分で何とかしないといけない。今日も山に入って山菜とりと、何か罠に掛かってないかの巡回を行っている。
この辺りには熊などの大型獣は居ないようだが、安心しきってピクニック気分に浸るわけにもいかない。
そんな時、微かに枝が踏み折られる音が聞こえた。
まさか、そんなこと考えたから、冬眠してた熊でも起きてきたのか? まずは位置を確認しないと、音は? 右手から。風向きは? 指をしゃぶって、多分こっちが風下。これならば気づかれては居ないだろう。やり過ごせれば良いのだが……
木陰の藪にまみれて様子を伺っていると、突然、
「ラミアさーん」
と、何処かで聞いたことの有るような声がした。熊ではない、頭では理解した。が、体は反応して立ったりはしない。
「この辺りじゃ無いのかな?」
声の主はそのまま山の上の方を目指して歩いているようだ、そして鼻唄でドレミィの歌が聞こえてきた。
「セルシア!」
思わず声が出た。それと共に、藪から飛び出している自分がいた。
「ラミアさん!」
ビックリして振り返ったセルシアは、満面の笑みをまだぎこちない士官服に乗せて駆け寄ってきた。そしてそのまま飛び付いてきたので、手に持った籠は地面に落ち、中のキノコ類はそこいらに転がっている有り様だ。
「ラミアさん、ラミアさん。良かったー、本当に良かったー」
胸に飛び込んで来て泣きじゃくっているセルシアを、軽く抱き締めて、
「迎えに来てくれて、ありがとう。ほらほら、士官がそれじゃ駄目だろう。セルシア准尉」
「えっ、はっはい。ラミア姫」
「はいはい、それも無しね。積もる話しもあるけれど、まずはこれを拾って山を降りようか」
と言って、足下に転がっているキノコ達に目を向ける。セルシアと一緒にキノコを拾い集めながら気になっているシリカ隊長達の状況を聞いてみる。
「セルシア達は、一旦メーベルに戻ってから来たんだよね。戻る途中で隊長達と分かれたの?」
「はい、一旦トルケル都に寄って正式にトルケル群への引渡しの手続きを行うまではご一緒していました。道中お二方とも元気でした」
「良かった。で、その後は?」
「シリカ様はヴァルキャリア待遇でしたし、ニコル准尉はそのお付きとして対応されていました。一応、我々の窮地を支援したと言うことも有ったので、捕虜よりは厚待遇を受けられていたと思います」
「そう、ありがとう」
「いいえ、そんな、ラミア様」
「で、この後私はどうなりそう?」
「ラミア様の身柄は、トルケルには顔を出さずにそのままメーベルまで向かうことに成ります」
セルシアはそのまま目を下に向けて話を続けた。
「ただ、ラミア様はシリカ様達ほどの厚待遇には成りそうに無いです。すみません」
「いいのよ、トルケル行ったら公開処刑確定でしょ。生きていればセルシア達とも会えるし、もしかしたらそのうちシリカ隊長とも……」
「本当にすみません、多分ラミア様は娼館に配属されると思います。メーベルではトルケルほど帝国への印象は悪くないのが現状なのですが、トルケルからの申し入れがあり、それに沿った待遇として検討されている中では有力な候補に成っているので……きっと」
「そう、まあ命有っての物種だから、どんな待遇でも我慢するわ」
「でも……」
「セルシアが気にすることでは無いでしょう。ほら、顔を上げて私をちゃんと見て、悲嘆にくれているような顔をしてる? あの状況で生き残れて、かつ処刑もされない。万々歳じゃない、あなた達のお陰よ」
「……」
「マリアンヌも来ているんでしょう。山をさっさと降りてお昼にしましょ」
「ラミア様、マリアンヌと2人で考えたんです。護送の途中で逃げて貰おうって。監視のお付きがいますが、それはなんとかして機会を作りますから」
「駄目よ、あなた達の軍歴に傷が付くだけじゃないわ。その報告を受けたトルケル側が何をするか分からないし、それに逃げた私が帝国に必ずしも辿り着ける訳では無いのだから、そんなリスクを負うのは止めてね」
「はい……姫様」
と頷いていたセルシアは、拾い終わった茸の籠を手に涙を浮かべている。
申し入れは嬉しいし、帝国に帰還できれば、と思うがシリカ隊長達の事を考えると自分だけと言うのも考えにくい。それに、セルシア達の軍歴に傷を付けてまで助かる価値が私に有るか、とも考えてしまう。
二人とも無言で山を降りていく、さっきも言ったが、命が有るだけ良かった、と思える状況からの今だから、もうそれ以上は望むのは贅沢なのではないだろうか。
村に近づくと、家ではない辺りから煙が漂っている。
広場に着くと、村の過半数がいるのではないかと言う賑わいだ。煙は広場の真ん中にある3つの鍋を炊いている薪からのものだった。
「ラミアさーん!」
鍋の脇でシャツの腕捲りをしなから材料をきざんでいるマリアンヌが、こちらに気付いて手を振っている。村の住民にはほぼ顔がうれているので、特にこちらに注意するものも居ない。
そのまま井戸のところに行って採ってきた茸を洗ってから、マリアンヌのところに持っていく。マリアンヌの脇では、クラウさんに何かダメ出しをされて、涙目で材料を切っていると思われるマリアンヌと同じ格好をした士官がいた。
あれがセルシア言っていたお目付け役か。あのクラウさんに厳しい表情を浮かべさせるなんて、何をしでかしたんだろうか?
「ラミア、ちょうど良かった。その茸はこっちに貰うよ。おい、これは立て切りだから間違えずに……こら、何してる傘を引きちぎるなんてなに考えとるんじゃ!」
クラウさんに怒られている娘は、涙目のまま材料を切っているが、お世辞にも綺麗に切れているとは言えない有り様だ。何処をどうやったら、あんな形に成るのか想像も付かないような切り方をされた野菜達がゴロゴロしている。
それをもう少し小さくばらしながら、マリアンヌが鍋に入れている。
「わたしも……」
言い掛けた私を制してクラウさんは、
「これ以上手間を増やさせないでおくれ。ほれ、あっちで休んどくれ。ほらそこ、手を止めない」
広場の端に追いやられた私とセルシアは顔を見合わせてから、座れそうな石に腰かけて、広場のようすを眺めている。
「クラウさんが仕切っているようですね」
「マリアンヌに頼んでおいたんですが、途中でキーラウ先輩が何かやらかして、それででしょう。あー頭痛い」
セルシアの普段の姿がかいまみえた気がした。あの時は必死だったし、疲れも溜まっていたので口数も余り多くはなかった。立場上の事もあったし、極限と言う状況であった事も確かだ。
「嬉しいな、セルシアのそういう姿がみれて」
「えー、これは、その」
「この村にいる間は、普段のセルシアでいて欲しいな。村を出たら、捕虜と監視役で構わないから」
「そんな、そん……な」
下を向き掛けた彼女に
「けじめとして。だから村にいる間は同期に話すような感じで接してくれると嬉しいな」
「はい……ええ、ラミア」
それから少し二人でとめどもない会話を交わしていると、
「ほれ、飯が出来たぞい」
とクラウさんが、お椀を二つもってやって来た。
「ラミアは、自分の分をとっおいで」
と言いながら、セルシアの脇に座ってお椀をセルシアに差し出している。
「ク、クラウさま。すみません、有難うございます。で、ラミアさんに聞かれたくないお話でしょうか?」
「え? 違う違う、あのキーラウがお前達の教育担当と言うことらしいが、ここへ来るまでお前達相当苦労してきたじゃろう。あれは疫兵と言って平時や協調性の必要性の有る行動は出来んのじゃが、単独で起こす行動には目を見張るものが有ったりするから手におえんのじゃ」
「疫兵ですか?」
「そうじゃ、使いどころを間違うと味方に害を成す存在じゃ」
協調性皆無、料理すらまともに出来ない。騎乗での戦闘能力はかなり有るのは判っているが、目を見張るものを持っているのだろうか?
「いいかい、絶対にあの娘とラミアを模擬試合とかで戦わせたりしたらいかんからの」
「は、はい。気を付けます」
そこへちょうど、
「クラウさま、戻りました。あら、セルシアどうしたの、難しい顔をして」
「えっと」
「それはのー、お前さんを渡す代わりに、マリアンヌを置いていかないかと、かけあっておったのじゃよ。はっ、はっ、は」
と笑ってはいるが、半分は本気のようだ。
「それは冗談と置いて、たまにトルケルでない料理を味わうのも善いもんじゃ。また暫くしたら来るのじゃろ」
「はい、慰霊として出来ましたら。あの後、この村の方に 同胞の亡骸を見つけ弔って頂いたようですので、本国に戻りましたら改めて御礼と併せてうかがわせて頂きます」
「そん時は、ラミアも来れると良いんじゃがのー。すまん、歳よりの愚痴じゃ」
そう言ってクラウさんは腰を上げて広場へ戻っていった。
「ラミアも手伝ってくれたの?」
「いえ、私はもう雪も溶けて春の日差しになってから目覚めたの。その時には既に雪解けの中に見つけた方を弔い終わっていたと思うわ。碑の場所だけは知っているけれど……」
「そう、後でマリアンヌ達とお参りにいくから案内をお願いしますね」
「了解した」
と言って、軽く敬礼をすると、笑いながら答礼をされて、そして二人でお椀の残りを平らげていく。
いつしか空は赤みをおびて、夜の帳の様相を呈してきつつあった。
翌日、セシリア達を伴って見つかった遺体をともらった場所に案内する。村からは少し離れた丘の上で、雪崩は起きそうに無い所だ。
「見晴らしの良いところですね」
マリアンヌが素直な感想を言っている。
「フラウさんが、雪崩で苦しんだ兵士には、それを気にしないで眠れる場所が良いだろうと決めたみたい」
少し先に石碑は有るが特に何も書かれてはいない。その石碑に手を当てたセルシアは、
「みんな、戻って来たよ……見つけてあげられなくてごめんね」
と言って、膝をついてうなだれている。マリアンヌもどこでつんてきたのか幾本かの花を石碑の前に置いてセルシアの隣に膝まづいた。
「うっ……」
押し殺した声とは別に、流れる涙が先程までは空元気を出していたことを物語るかのように、マリアンヌの目から止めどもなく溢れている。
暫くして、立ち上がったセルシアが敬礼をするとマリアンヌも立ち上がって並んで敬礼をした。その後、生を実感するかのようにお互いを抱きしめ合ってからこちらに向き直る。
「有難う、ラミアさん。ちょっとつかえていたんです、生き残ってしまった事が。でも、きりが付きました。生きているということは、それを噛み締めて死んでしまった人達をともらわなければいけないって、今感じています」
マリアンヌも隣で頷いている。
「運、という言葉と奇跡という言葉は、コイントスとその結果みたいに結び付いたもので有るかのように言われがちですが、奇跡を勝ち取るのは自身の努力によるものだと実感しました。私達は生き残れましたが、その最初の運が無ければ、そしてラミアさん達に見つけてもらわなければ、その後は生き残るための努力が出来なければ……。すべてはラミアさん達に引っ張って貰っただけなのですが、今はそう感じています」
「私達だって、セルシア達が居なかったら負傷者を抱えての下山は無理だったわ。何時でも最善手がうてる訳じゃ無いから、出来ることを見極めてしっかりやる事。私はそう信じているの」
「あらためてですが、助けて頂いて有難うございます」
「こちらこそ、隊長と同僚を助けてもらって、有難う」
と言って、3人で抱き合ってから丘を下りることにする。