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接敵(5)

雪山でのラミア達の苦難はまだ続いています。果たして、抜け出すことは!



 朝日を感じて、目が覚める。鳥の鳴き声や風が木々を通る音。ごく普通の山の景色が視界の半分に見渡せられる。が、残りの半分は、雪の濁流に呑まれた木々がひしめく谷の風景だ。


 3群の娘達と一緒に固まって暖をとっていても、夜はかなり冷え込んでいた。氷で固まった外套を、バリバリとさせながら身体を動かし始める。息が白いが身体が冷えきっているせいか、あまり寒くは感じない。足や指先の感覚があまり無いのはよくない兆候だから、マッサージをしないと。


 手足の指を動かして感覚の確認をしていく、まだぎくしゃくしているか少しづつ暖まって来たようだ。感覚が徐々に戻ってくると、かえって寒さが感じられてくる。


「おはようございます」


 3群のマリアンヌが起きてきた。


「おはよう、火をおこしてくれない?」


「はい、姫さま」


「ラミアでいいわ、お互い遭難者同士なんだから」


「分かりました、ラミアさん」


と言って、マリアンヌは焚き火の跡を整え始める。私は、乾燥していそうな枝を集めに周りを探索する。雪に被われた地面、これで雨か雪でも降ったら、我々はまず助かる見込みが無くなってしまう。好天が続いているうちに、山を降りたい所なのだが。


 残りのメンバーも起き出してきた。シリカ隊長も調子がだいぶ戻ったようで、頼もしい限りだ。昨晩の話は、聞いていた事と現実のギャップ、そして戦場の無情さ。それらの全てを潜り抜けてきた隊長が語ったからこそ、今自分達が地に足を付けて生き延びる努力をしないといけない気持ちを奮い立たせてくれる。


「ラミア、食料は後どれくらい持ちそうだ」


 枯れ枝を火にくべていると、隊長から話しかけられた。


「あと2日程度ですね。もう少し節約しても、3日でしょう」


「そうか」


 どれくらい山を下って来れているのだろうか?


 マリアンヌ達の言では、向こうに見える山を回った辺りに人里が有るようだが。


「食料は残り2日分、なのであの山の向こうの目的地まで、2日で走破するよ」


「「はい!!」」


 火で暖を取りながら、残り寂しくなった食料を分配する。ニコルの持っていた茶葉を、飯盒で雪を溶かした湯に入れて回し飲みする。3群娘達はよく動いてくれるが、それは彼女達だけではどうにもなら無いと認識しているからだろう。


 とは言っても、敵地で有ることは変わりようがないのも事実なので、我々のこの後の身の降り様は明るいものでもない。が、まずは生き残ること、それが最優先事項。


「出発だ!」


隊長の掛け声と共に、重い腰を上げる。明るいうちに動けるだけ動いておかないと、もう後がない。


 谷間の低いところには、まだ近付ける様相ではないので、山の中腹に沿う形で移動を行う。山は、特に変わりもなくいつもの様相を呈して、人間の侵入を阻んでいる。


 ただ寒い中、黙々と歩き続けるしかない。喋ると疲れるが、ここは軍歌でも歌いながら行進すれば気も休まると言うか、考えていなくても動けるのだが、3群の娘達が帝国のを知っているとは思えない。


 そうだ、スカラで習った音楽の練習用の曲なら知らなくても簡単だから、すぐに覚えられるだろう。


「ドレミィ、歌うよ」


 振り向いて、みんなに向かって歌い始める。ニコルは呆れた顔をしているが、一緒に歌い始めてくれた。シリカさんは、にこやかに見ている。セルシアは、口の中でモゴモゴと歌っていたがやがて声をだし始めた。マリアンヌに至っては最初から全開で歌ってはいるが、音程が合っているとは余り思えない。


 勢いよく歌っていたのは、始めだけだったが、誰かが何かしらかを歌っては、みんながそれに合わせて歌いながら、歩を進める。行軍、行進とまでは行かないが、進んでいる。


 シリカさんは、みんなの間が空くと色々な感じの歌を挟んできて、みんなを鼓舞してくれる。昼過ぎと思われる頃、一旦休憩にはいる。


 また、火を起こして湯を沸かす。ただ、歌い過ぎたのか、言葉が少ない。


「ラミアが歌わせるから、今まで歌った以上の曲数歌ったような気がするわ」


「ニコルって、歌苦手だったの? いつも風呂場で鼻歌してるじゃない」


「それは……」


「セルシア達は、どうだった? 知らない歌も有ったでしょ」


「歌詞は違っていましたけど、曲は同じものが多かったです。ドレミィはスカラで散々やりましたから」


と言って笑っている。


「済まないか、ここでそろそろ選択をしなくてはいけない時期だ」


 シリカさんが、他の4人を見回しながら話を始めた。


「当初の目的地、民家の有りそうなと所までは来れたが、残りの食料は僅かだ。このまま、全員で進むか、数名を先行させて救助を呼ぶか、だ」


「それは、誰を先行させるという案を考えていらっしゃいます?」


「体力的に見て、ラミアとセルシアだ。ニコルとマリアンヌはそろそろ限界と見たし、私も微妙なところだ。全員の生存率を上げる決断が必要だと思うがどうだ」


「私たちが先行しても、見付からなかったら」


「その場合は、全員で行っても見付からないで同じ結果だ。だから、行って見付けてこい」


「でも……」


「命令はしたくないので、全員で決を採ろう。ふたりの先行案に賛成なもの」


 ニコル、マリアンヌ、そしてシリカさんの手が上がる。


「決まったな。我々はここで救助を待つ体制にはいる。少しだけ手伝ったら出発してくれ」


 後は黙って、彼女達の寝床に成りそうな場所に、枯れ木を集めて火をおこし続けられるように集めて回る。そして、おこした火で暖めた湯に入れた茶葉のカスを全員で啜って、別れとなる。


「行って参ります」


 この言葉と敬礼以外はなにも要らない。セルシアとふたり、3人からの答礼を受けたらそのまま振り返って歩き始める。


 一歩一歩が重く感じられるが、気は急いてきてしまう。そんな時、後ろから、マリアンヌとニコルの音の合っていないドレミィの歌が聞こえてくる。


 セルシアと目を合わせて、こちらも歌いながら歩みを進めていく。もう、彼女達の声は聞こえないぐらい離れてしまったが、まだ耳について一緒に歌っているようだ。


「セルシア、マークを付けるの忘れないで、それから夜通し歩くけど平気?」


「そうですね、ラミアさま。ここで寝たら多分起きられないでしょうから、このまま歩き続けましょう」


 夜半、月明かりが有るお陰でどうにか前に進めている。冷え続けるからだは、立ち止まったら2度と動けなくなると思われるくらい、動きが鈍くなってくる。


「セルシア、大丈夫?」


「姫さまこそ、歌っていませんよ」


「そうね、出尽くした訳じゃ無いのだけれど、今、何を歌って良いか思い付かないの」


「じゃあ、原点に戻って、ドレミィですね」


 そんなやり取りを交わしながら、重くなった脚を上げ、前に進んでいく。もうすぐ夜が明けてくるかと思われる一番寒くなる頃、目的の山の側面まで到達したと思われる辺りまで来た。


「セルシア、何か見えない」


「私には、なにも……いえ、あかり、かな」


「それっぽく見える気がするのだけれど、どう?」


「もう少し進めば、判別できると思います!」


「あと、ひとふんばりね」


 重くなる脚を上げて、前に進む。林の切れ目からは、彼女達の言っていた民家らしき影が見えるようだ。


 もう少しだ。あそこまで行けばなんとか成る。谷より少し高い斜面に2桁に届かないくらいの家が点在している。幾つがの家の煙突からは煙がたなびいているのが、登ってきた朝日越しに見えてきた。


「セルシア、あと少しよ」


「はい、姫さま」


 1番近い家まで辿り着いて、まずセルシアにノックをさせる。私は少し離れていて待つことにする。ドアを開けて帝国の軍服が見えたら住民がどんな反応をするか想像もつかない。


「すみませーん、いらしたら……」


「なんだい、朝っぱらから」


 と老婆が扉を開けて出てきた。


「メーベル群第12補給大隊所属セルシアです。雪崩にあって救助をお願いしたいのですが」


「そら言わんこっちゃない。あんたの隊長さんには雪崩があるから谷は避けろと言っておいたのに、やっぱり巻き込まれおったかい。で、何をして欲しいんだい」


「ここから一日の辺りまで、仲間と来たのですが動けなくなって先行してきました。救助に向かう手をお借りしたいのです」


「駄目じゃな、この村には年寄りしかおらん、暖かくなるまでは外に出て活動できるようなものはおらんよ」


「ラミアさーん、困りました。助力は望めそうにありません」


 呼ばれたからには顔を出さない訳にはいかない。


「ご老体、私は帝国戦姫のラミア。この度の雪崩で我が上司のヴァルキュリアと共に遭難しこの者と一緒に行動している」


「ヴァルキュリアがおるのか?」


「ああそうだ、この村で迎え入れれば、後で軍から褒美が出ると思うが」


 老婆は考え込んでいる。


「分かった、じゃが、手助けは出来ん。本当に年寄りしかおらんのでな。食料を分けてやるから自力でここまで連れてこい。そうしたら面倒は見てやる」


「すまない、ご老体」


「わしはクラウじゃ」


「クラウ殿、我々は5名に成る。受け入れの準備をしておいてくれないか」


「分かった、他の者には話をつけておくから、食料を持っていけ」


と言って、家に招き入れてくれる。家の中はあっさりとしたものだが、壁に掛けてある剣と盾は技物だ。


「クラウ殿、お見受けしたところ名の有る戦士のようだが」


「ああ、それかい。疾風とか呼ばれてた事も有ったが、遠い昔の事じゃよ」


「疾風、クラウ……、疾風の乙女クラウ様ですか?」


「そうだ、そんな呼ばれ方をしておった。ほい、これくらい有ればどうにかなるじゃろー。これを持って早く行け。この天気は2日はもたぬ」


「かたじけない、戻った暁には貴殿の話を是非聞かせて欲しい」


「ああ、囲炉裏を暖めておくよ」


 セルシアを伴って、老人の家を後にする。セルシアに、


「あのご仁は、そんなに有名のか?」


「トルケルの十傑に数えられる方です。私は単なるお話の方かと思ってました。ヴァルキュリアのふたかたに合間見えるなんて、そして生きている。想像もつかない事です」


「そうか、シリカさんなら知っているかも知れないな。私には隙の無い老人のにしか見えないが」


「あー、マリアンヌにも話してあげたい」


「まずは、夜営地に戻ることだ」


 歩いてきた跡をなぞって戻っていく。完徹して歩き続けているのに、前よりも足取りは軽く感じる。貰った食料を途中で頬張って、体に活を入れる。


「着いたら、みんなを連れてとんぼ返りをしないと、クラウ殿が言っていた天候の崩れに会うことに成る」


「そうですね、姫さま」


「ラミアでいいわ」


「いえ、あの歴然とした姿を見せられては、姫さま以外はお呼び出来ません」


「分かったわ、好きにして。夜営地についたら食料を配って、その間に1時間くらい寝たら出るつもりでいて。どうしても天候が気になるの」


「分かりました」


 ひたすら歩いて、何か食べる。そして、進んでいく暗くなる前に昨日の場所にたどり着いた。


「マリアンヌー」


 セルシアは、あれだけ歩いたのに、元気がいい。雪で造ったドームの前には焚き火が弱々しく燃えている。ドームの中には体を寄せあって暖を取っている三人が寝ている。


「セルシア、火を起こして、湯を沸かして」


「シリカさん、ニコル、マリアンヌ、起きて、戻って来たわよ」


 冷たくは成っているが、息はちゃんとしている。体を暖めて、動けるようにしないと。ニコル、マリアンヌ、シリカさん、順番にマッサージをしていく。セルシアも混じって手足を揉んであげる。


 最初に意識を取り戻したのは、シリカさん。混濁した目を開けて、


「ラミア、もう朝か」


と呟いた。


「朝じゃありません、もう夕方ですよ。それに、民家もありました」


 その言葉に、 それまで焦点の合っていなかった目は、私の顔を捉えていた。


「ラミア、戻ってきたのか」


「はい。民家は有りましたが助力は望めません。自力で脱出する必要があります」


「分かった、私は何とかする。ふたりを見てやれ」


「まずはこれを」


と言って、ご老人に貰った瓶を差し出す。それに口をつけたシリカさんは、


「ぐっ、これはかなり強い酒だな」


と言いながら、もう一口飲んでいる。ニコルも起きてきたようだ。


「ラミアか、起こすのにドレミィ歌ってないよな。なんか、ずっと頭から離れないんだ」


「ご所望する歌で起こして上げますよ。取り敢えずこれ飲んで」


と、シリカさんから受け取った瓶を渡す。一口飲んだニコルは、


「火酒じゃないか、かなり強いな」


と、もう一口飲んでいる。このふたりには、食料を配って、マリアンヌの様子を見る。


「どう?」


「起きないんです」


 触ってみると、からだの芯まで冷え込んでいるようだ。これは早急に手当てしないと、


「セルシア、マリアンヌを暖めないといけない、これを敷くからその上に服を脱がせて、火をおこして」


 私は外套を脱いで、火の脇に広げる。残りの服を脱げるようにして、マリアンヌを脱がすセルシアを手伝う。


「この状態では運べないから、まず身体を暖めて食事を取らせます。直接体温で暖めるから、肌を合わせて抱き締める。交代しながら行いますよ」


「はい、姫さま」


 広げた外套の上に寝枷つけられたマリアンヌの顔は血の気がなく、少し蒼白い、早く対処しないと。


 服を脱いで、冷えたマリアンヌを抱き締める。まるで氷を抱いているようだ。意識はないが、私の暖かさは感じているようだ。彼女の冷たい腕が、少しずつうごいて、私の背中に回ってくる。


「マリアンヌ、今は寒いけれど、暖まったら食事をしましょう」


 言葉には、反応はない。自分が冷えていく分、彼女の身体が暖まってきている筈。


「セルシア、もっと火を炊いて。あと、火酒を頂戴」


 酒は得意ではないが、今は身体を暖めるのに必要だ。渡された瓶から、一口飲んで、もう一口を口に含んでマリアンヌと唇を重ねる。顎を手で少し引いて、口の中に舌を入れながら、少しずつ酒を流し込んでいく。息が詰まらないように、ゆっくりゆっくりと。


 お酒は、マリアンヌの喉を通っていく。3回ほど口移しをして、やっと一口分位を飲ませることが出来た。もう少しすれば体に回ってくる筈、あと一口位は飲ませておきたいが、その分こちらも飲んでしまう。


「セルシア、もう一口分位飲ませてあげたいから、お願いできる」


 実質三口近く飲んでしまった身体は、かなり火照ってきて、裸でこの雪の中にでも立っていられそうな気がしてきた。


 セルシアが、口移しで飲ませている間、身体を合わせてマリアンヌの冷たいところを暖めていく。そんな中、マリアンヌが身動きをした。意識はまだ戻らないが、身体が動くように成ってきたのだろう。手や指先、足を確認すると、血行が戻り始めている。


「セルシア、あなたも暖まっているようだったら脱いでマリアンヌを挟み込む感じで、暖めてあげて」


 あとは、生存本能に訴えるべくあれをやることにしよう。入隊したときに先任に洗礼を受ける感じで行われた行為で、朝まで身体が火照り続けた記憶が生々しい。男性に愛されればもっとスゴい事に成るようだが、その機会は来ないかもしれない。


「マリアンヌ、あなたはこれからどうするの? 子を成して母となることは夢じゃないの?」


 耳許で話し掛けて意識させる、そして敏感な所に刺激を与えていく。本能に快楽として伝われば身体は自然と燃えるように熱く成ってくる筈。その甲斐もあってか、身悶えを続けるマリアンヌの身体はかなりの熱を帯びてきた。


「セルシア、服を着たらマリアンヌにも着せてあげて。それから、担架を作って運ぶからシャツは着ないで置いておいて」


 着替え終わったセルシアが、マリアンヌの服を着せ始めるのに合わせて、私も服を着ていく。やろうとしていることを察してくれた、ふたりは担架に使える長い木を探しに行ってくれている。


 今すぐに出て、徹夜で行軍すれば、明日の夕方にはあの家に辿り着けるだろう。そうすれば、天候が変わる前に、きっと。


 担架に乗せた病人に、少し弱ったふたり、それにそろそろ疲れも溜まってくるふたり。折角活路が見えたのに、満身創痍で危うい。


 シリカさん達が見つけてきた長い枝を加工して、脱いだシャツや上着を使って担架を造る。看護の甲斐もあってか、朦朧としてはいるが、マリアンヌが起きている。


 今のうちに、物を食べさせる。老婆にもらった食料の半分を口にする。酒も半分以上が無くなったが、その分全員の熱に変わったようだ。


「シリカさん、天候が心配なので夜通しの行軍となります」


「今はお前が指揮官だ。全員の生存率の高い方法を取れ」


「はい。みんな、今の状態だと1日ぐらいのところに民家がある。そこの住民の話ではそろそろ天候が崩れる様だ。徹夜ででも行軍して全員で辿り着くことにするわよ!」


「「はい!」」


 セルシアとニコル、そしてシリカさんが1番元気の良い返事だ。


 担架の前は私、セルシアが後ろでマリアンヌの顔を見ている。シリカさんとニコルが先導して進んでいく。私たちの往復で固められた雪道は今のところ山林で判別がついている。雨や雪に成らなければ、迷う事も無いだろう。


 ただ、足取りは昨日の半分にも達していないような気がする。でも、ここは歩き続けるしかない。天から照らす月の明かりも時々雲に隠れるようになってきた。


 酒が効いているせいか、余り寒く感じられない。シリカさんが帝国の軍歌を歌い始めた。ニコルも私も合わせて歌う。セルシアも分からないなりに歌っている。軍歌なんて勢いをつけるものだから、歌詞は余り重要では無いかもしれない。みんなで1体に成って歌って戦う。


 この世界から戦いは無くならないだろうし、この先男女比が好転する見込みもない。何か、閉塞感を感じるが、これが現実。


 勢いで歌いながら、朝を迎える。曇ってはいるが、明るくなると滅入っていた気分も少し晴れてくる。


 マリアンヌが目覚めて、セルシアと何か話しているようだ。


「どう?」


「気が付いて、お菓子が食べたいって言っています」


「ここにあるのは氷菓子くらいだ。もう少しの我慢してくれ」


 全員の笑いを誘う。歩けるように成ってくれると助かるのだが、贅沢は言っていられない。太陽が見えないので、昼前と思われるくらいに食事を取る。


 天候の不安を、あと少しと言う希望で塗りつぶして明るく振る舞うのは、私だけではないと思う。指揮官としては、最悪の事態を見据えていないと行けないし、決断もしなければならない。そんな状況には追い込まれたくは無いが……


 疲れを感じて身体が重くならないうちに腰を上げ、移動を開始する。


 夕方と思われる頃、昨日民家らしきものが見えた辺りまで辿り着いた。このまま移動しても真夜中に辿り着けるか、月も出ていないこの暗がりでは足元も危うい。


 だが、月を覆うくらいの雲が出ていると言うことは、天候が変わることを示唆している。


 決断をしなくてはいけない。この部隊の状況下での行軍のリスクと休息を取って天候が変わることによるリスク、それに……


 考え出せばきりがない、どれを取ってもリスクはある。生存率の高いと思われるものを選択。と言っても色々と考えてしまう。指揮官はこの中で決めて責任を取る、今回は全員の命が代償だが。


「そろそろ出掛けます。この雲の様子が気にかかるので、強行してでも夜半に目的地に辿り着きます、いいですね」


「「はい」」


 元気は前ほど無いが、マリアンヌも含めて返事を返してくれている。マリアンヌは歩きたがったが、まだ無理の様なので担架の上だ。


 夜に入り風が出てくる。奪われていく熱は、残った酒を回し飲みして、補充するしかない。やがて、暗い中雨混じりの雪が降り始めた。行軍を続けるが、前も良く見えない。


 迷わす進めているのか、段々と不安が首をもたげてくる。今から夜営? 準備もちゃんと出来ないし留まっても天候が好転するかは不明だ。先程の地点で夜営が正解だった? いや、準備が出来ても、天候への対処は結局出来ないことには変わり無い。


 よし、心は決まった。


「あとひとふんばりだから、このまま行くよ」


 シリカさんとニコルは、支え合って歩いている。セルシアは少しふらついているが、マリアンヌと話しながらお互いを鼓舞しているようだ。なんか、ひとり孤独な感じがする。指揮官はそれを甘んじなければならないのだろう。部隊の生き死にを判断する、シリカさんはそんな判断をずっとしてきたのだろう。


 雨の降り続ける森を、歩き続ける。予定の深夜に成ってもまだ家は見えてこない。そんな中、


「ラミア、進んでいる方向とは少しずれたところに、灯りが見えるような気がするけれど……」


「セルシア、止まって」


 目を凝らすと、言われたように雨の中微かに灯りのようなものが見える。目を凝らすと、5つの灯りだ。


 思い出せ、場所はあの辺りだったが、家へは回り込まないと辿り着けなかった筈。多分あの灯りは、家の張り出しに掲げてくれて位置を示してくれているのだろう。であれば、今のままで間違っていない。


「このまま進んで、しばらく行けばもっとしっかりと見えてくるから心配しないで」


 後はこのまま行って、細い川を越えて少し登ればつく筈。雨の中、見通しと足元が悪くなる一方、前に渡った小川は一面に氾濫した感じで流れており、足を掬われないようにするのが手一杯で、歩みが遅くなる上に足元から熱を奪っていく。


「ここを過ぎれば、すぐだから最後の踏ん張りどころよ!」


 もう、ただみんなを鼓舞する以外に手はない。川を抜けて、冷えきった足を棒のように動かし続けた先に老婆の家が見えた。


 5つのカンデラが、明々と掲げられ私たちが視認しやすいように並んでいる。


 シリカさんが、扉を叩いて老婆を呼ぶ。


「夜分、すまないが救助をお願いしたい」


 すると、程なく扉が開いて


「待っておったぞい」


と、老婆が扉を大きく開けて招き入れてくれる。


 部屋の中は、とても暖かくされており、たらい等も用意されている。


「湯をもってきてやるから、靴を脱いで準備せい」


「かたじけない、ご老人」


「シリカ隊長、この方が疾風の乙女クラウ様です」


「トルケル十傑の方でしたか、私は帝国でヴァルキュリアを拝命しておりますシリカと申します」


 シリカさんは知っているんだ。


「峠の流血姫か」


 3群では、そう呼ばれているんだ。


「ええ、敵も味方も、そして自分もかなりの血を流しましたので」


「まあ。そうじゃな。血の流れぬ戦など無いからな……」


と老婆は一瞬遠い目をしたが、


「担架の娘は、服を脱がして暖炉の前の毛布に寝かせい。お前達も濡れ鼠じゃ、裸でも平気な位、部屋は暖めておるから、まずは脱いで身体を拭け」


 水を吸った軍装を脱いで、体を拭くと人心地がついてくる。ニコルの服を脱がしながら、腕の添え木を外していく。正しく繋げているようで、感覚が戻ってきた感じを、


「ラミア、手の先が痒い感じかするんだが、指は動かせない、肘も固まった感じがしている」


「そうね、肘から先の血行を戻すのが、まず第一ね。手を出して、肘までをまずマッサージするから」


 老婆がお湯を張ってくれたたらいに、タオルを入れて絞ってから、腕を服の上から暖めその上から揉んでいく。肘が動くように暖まったところで、服を脱がせていく。服が脱げて腕が露に成ると、折れていた部分が紫色に成ってはいるが、骨が飛び出たりはしていない。


 患部を触ってみるが、骨はちゃんと合わさっているようだ。後はちゃんと固定しておけば、元通りに成るだろう。お湯につけ絞ったタオルをニコルに渡して、マリアンヌの様子を見に行く。


 暖炉の前にしかれた毛布の上に全裸でマリアンヌが寝かされている。それに、セルシアが裸で寄り添っている。わたしも、残りの服を脱いでマリアンヌを抱き締めてあげる。


 シリカさんが、自分で服を脱いでいき全裸に成ったとき、


「それが、赤い稲妻の傷かい」


「ええ、スパッとやられました」


「ああ、見事な切れかただ」


 あの話は、3群でも知っている人は知っているんだ。多分軍歴が長いと知る機会も増えるのだろう。セルシア達はまだ、軍歴が浅そうだし、とはいっても私もクラウさん知らなかったし、この辺りはなんとも言えないかも。


 暖炉の前で、マリアンヌを暖めるために抱き締めているが、この暖かさは張り積めていた緊張を解していく。つまり、眠けを誘ってくる。もうダメだ意識が遠退いていく……


「寝てしまった様じゃな」


「ええ、その様ですね。ニコル、腕の感じはどうだ?」


「やっと、感覚が戻ってきて折れたところが痛いって感じますね。手首も指もちゃんと動くので、ラミアがちゃんと繋いでくれたようです」


「どれどれ、見せてみい。これなら」


と言って、隣の部屋に行き何かを取ってきた。


「足の皮留めじゃが、これで大体固定出来る、後は木を添えれば十分じゃろう」


 と、手際よく患部に薄い布を巻いてから、足につける皮の装具を被せ、止め紐には添え木を挟んで、最後にスカーフで三角巾を作って手当てを終えてしまう。


「クラウ殿、有難うございます」


「礼を言われる程の事ではのうて、初期の手当が良かった分今が楽なんじゃ。今継ぎ直しに成ると、かなり痛みを伴うぞい」


 セルシア達と3人で、暖炉の前で裸でぬくぬく寝てしまった私たちは、この後のシリカさん達のやり取りを知ることが出来なかった。多分、知っていればこの後別の行動を取れていたかもしれない。


 夜はふけて、やがて朝が来る。


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