接敵(3)
峠の出口まで一気に駆け上がって行く途中、先行して展開している兵がいたが、軽装備の上疲労のためか、動きが鈍く楽に排除を行えた。
「カーヤ、間に合ったぞ」
「でも隊長、既に兵が出てきてしまっていますが?」
「さっきのは、この峠のルートで進軍する部隊の斥候だ。彼女達の任務は、ルートの確認と出口の確保、やっとの想いで峠を抜けて、後続への連絡をして前衛の構築というときに、我々が来たってことだ」
「では、まだ本隊は峠を越えていないと」
「彼女達の疲労度を見ても、かなりの難所なんだろう、それなりにかかるとは思うが今がチャンスだ」
山肌の細い道が最後に崖を縫って、ここの尾根の出口へ続いている。遠目に見える兵士は、先程の斥候よりは装備を整えているようだ。
「崖の細い道に陣取れば、確実に道を塞げる。あの歩哨を排除して、崖で優位な位置を確保するんだ」
歩哨の排除後、崖に沿って優位な場所まで進出する。いつ敵と出くわすかは判らないが、1:1に戦える場所でないと馬を使えない状況では、数も少ない今、敵を押さえることなど出来るはずか無い。
理想的とは言えないが、優位さをとれる位置まで進出したところで、先陣とあたる。数の優位さを取られないように、戦い倒していく。足元は血糊で滑りやすく成りつつあるのと、死者と重傷者は既に谷底に行ってしまっている。
交代で戦っているなか、カーヤは敵の重傷者に足を捕まれ道連れになって落ちていった。
弔いではないが、援軍が来るまでと、ひとふり、またひとふり、と重くなっていく剣をもち、崖に陣取る。
ルメリアが、援軍を連れて来た時には峠の道は真っ赤な川と成り、戦姫の服は血で染まってまるでヴァルキュリアの様であった、と伝えられている。
「と言ったお話が”峠の姫君”。次はニコルお願い」
「今度は、”赤い稲妻”、これはこの戦いでついた連合のヴァルキュリアの話だ。戦線も膠着して突破口が見えない中、司令官の天幕に呼ばれたものがいた」
その娘は、赤い鎧に赤い兜を持った身なりだった。触と共に中に入った彼女が見たものは、広げられた地図の上に書かれている3つの矢印だった。
ヴァルキュリアの名前は伝わっていないので、ここではエレノアとしておこう。
「よく来てくれた、エレノア」
「戦姫15騎を連れて着任致しました」
「嬉しい知らせだが、現状を何処まで認識している?」
「聞き及ぶ事によると、当方2万の全面で帝国側は1万強を展開しており、後方戦力の逐次投入でしのいでいる、たそうですが」
「正しい認識だ、未だに前線は破れていない、がそれはそれで良いのだ」
といって、司令官は地図に向かう。
「この大きな矢印が本隊だ、こっちの2本の矢印は遊撃隊で帝国の後ろに回り挟み撃ちにする予定だったが、未だに突破出来ていない。噂によればヴァルキュリアが死守しているとも云われている」
「ヴァルキュリアが…」
「そこで君達には、前線を突破して障害を取り除いて欲しい」
「前線の突破は良いですが、着いたとき既に手遅れなほどの戦力が集まっていた場合は、どうしますか」
「そう成らない様こちらに引き付け続けるから口を切ってきてくれ」
「撤退時の裁量権は頂けますか」
「こちらが前線で引き付けておくから、そんな事は考えなくてよい」
「は、我が隊は、帝国の前線を突破後、友軍の突破口を切り開くべく尽力させて頂きます、では直ちに」
というと、天幕を後にして部下達のところへ戻った。
「命令受領した、前線を突破してぐるっと廻る帝国への旅だ」
軽い笑いが戦姫達に起こる。
「そして、ほぼ片道切符に成りそうな状況だ。これを回避するにはスピードしかない」
と言って、全員を見回す。
「なので、馬をやられたり、負傷して脱落したものは、そのまま置いていくから各自で対処してくれ」
幾人かの唾を飲み込む音が聞こえて来る。
「目標地点はここだ。峠の口を塞いでいる敵を排除して、進軍してくる部隊と合流して、帝国前線の背後を取る」
と言って、部下を見回す。
「問題は、この友軍の進出を阻んでいるのが帝国のヴァルキュリアを含む少数精鋭との情報だ。この二筋のどちらかでも良いから、口をこじ開ければこっちのものだ」
「なので、敵の増援が行われる前に、全てを行う必要がある。何か質問は?」
「隊長、もし我々の到着時点で遊軍との合流が無理な状況でしたら踵を返すのですか」
「司令官殿は、帝国を前線だけで手一杯にさせておくから安心しろと言って、私に裁量権を下されなかった。まあ、どうするにせよお前達は無駄死ににはさせないから、安心しろ」
「「はい!!」」
「よし、騎乗だ!」
両軍がこの平原に広く展開している状況では、左右に大回りするよりも、前線を突破した方が早い、が、何処をだ。
中央部の3つ方陣が前進を始める。その後ろには、騎兵が控えている。よし、策は決まった。
「右翼の騎兵に付いて行くよ。その後は思いっきり姿を見せて、方陣の前を左翼まで回って敵を引き付ける。釣られてきたら、味方の方陣の後ろを通って、右翼に出直して隙間を突破する、いいな!」
「「はい!!」」
タイミングを見計らって、部隊を率いて中央に出ていく。ヴァルキュリアの姿を見て、味方の歓声が上がる。帝国側も、戦姫で構成された騎兵が対抗して出てきた、適当にいなしながら戦場を左翼の方陣前へと引き付ける。
「いまだ、下がるよ」
一斉に踵を返した部隊はそのまま友軍の方陣の後ろを通り、再度右翼側に突出していく。
「あそこだ」
方陣と方陣の間に出来た、小さな隙間に突撃をかける。赤い騎手を先頭にして、両脇に青い騎手が並び残りが隊列をなしていく。
軛を打ち込まれた、方陣の端は瓦解して体制を組み直そうと必死だ。混乱に乗じて一気に駆け抜けるが、途中2騎程が欠け落ちる。それでも、勢いを衰えさせずに一機に敵の本陣へ向かうしぐさを取る。
帝国側が慌てて、防衛ラインを築こうとしているなか、踵を返して目的地の方角へ向きを変える。
混乱した帝国の前線は、穴埋めと本陣の増強に予備兵力を割いてしまっているので、追っ手は来ない。
途中にぶつかった、帝国の補充兵力を蹴散らし、峠の出口へと一機に向かっていく。
これまでで、脱落は3騎。負傷者はいるが問題はない。
最初の目標地点には、帝国軍が既に展開を終えている、が彼女達は峠の方に向かっての守備体制だ。数の問題はあるが、どうにか成りそうだが、峠の入り口では馬を降りなければ成らないだろう。
もう一つの方に送った偵察からは、帝国の増援の騎兵が向かっているとの事だった。
今からでは、先んじられないからそれでの優位性は取れないが、帝国側は我々がここにいることは想像だにしないだろう。
こちらは、重装備の歩兵が地の理に合わせて展開済みだ。弓兵もいるようだから、こちら側の部隊を蹴散らせても、峠側の部隊に構えられてかなりを失うことに成るし、最終的には馬から降りて森で戦わなくてはならない。
これなら、騎兵とあたるほうが分がある。
「みんな、帝国の騎兵を先に蹴散らすよ!」
一機に躍り出て、第2地点へと向かう。帝国の歩兵に姿を見られても問題はない。彼女達に我々以上に早く連絡する手段は無いのだから。
敵が見えた、3分の1の騎手が馬を降りて、峠に向かっているが、残りの騎乗者はこちらとほぼ同数。しっかりと訓練されているな。周囲の警戒も怠っていない。
ただ、部下達の技量を考えると負ける気はしない。
「突撃、一気に畳み込め!フラン!」
「はい、隊長!」
「お前は私に続け」
帝国の騎兵は錬度は低いが、その分己を知っていて、1:1には決して成らないように動いている。それに先に下馬した騎兵の一部が森に入ろうとしている、残りは阻止線を作ろうとしているが、馬であっけなく蹴散らす。
その報復か、森からの矢がフランの馬に当たり、落馬させる。自分の方はそのまま森に馬上から飛込み、弓兵を1人倒す。が、残りは森の奥へ下がっていった。
時間が勝負なのだから、相手に稼がせるわけにもいかない。そのまま、峠の入り口を目指して進み続ける。
少し開けたところを横切る時には、矢が飛んでくる事もあるが、姿は見えない。森の切れ目から見えた谷底には、屍が堆く積み上がっている。
そして、峠の細い道で切り結んでいる戦姫の姿が見えた。真っ赤に地塗られたカーペットのようになった崖の道で、無駄なく相手の隙を見て切り結び、有利な位置取りを忘れずに、戦い続けている。
あれは、解る。生き残るための無我の境地と言うか、無意識での戦い方になっている。あの状態の相手とはやり合いたくは無いが、これも任務だ。
と決意を固めたとき、
「隊長、森に逃げ込まれた以外は、排除し終えましたが、味方の半分以上が戦死か戦闘不能です。あと、良くないことに騎兵の集団が迫っています。数はおよそ50、半刻もかからずに来ます」
「味方では無いんだな?」
「はい、遠目ですが、青い甲冑は見られませんでした」
一瞬考えている間に、伝えに来た騎士は崖での戦いと、崖の下の有り様をまざまざと見てしまった。
「隊長、あれって」
「そうだ、あれが我々が排除すべき相手だ」
あの状態の相手に切り結んでも、短期間に排除できる保証はない。そう、唯一排除する方法は、崖の底へ道連れにすることだ。
例え、排除できてもあの血の河を滑らずに渡ってこれる戦力の増強は、すぐには見込めない。その間に敵の騎兵が到着するだろう。
手詰まりだ…
となれば、生き残る算段をしないといけない。そして、味方にも。
「私は、連合のヴァルキュリアであるエレノア、我が名において崖の友軍へ告げる。これ以上の進軍は不可能だ、引き返して本隊と合流せよ。これは、現場指揮での命令だ」
それに応える声が遠くから聞こえる。
「ヴァルキュリア殿、来てくれて有り難う、この地獄の釜への行列ではなく、戦場で戦って参ります。そちらもご武運を」
崖の友軍の動きが変わったようだ。あの戦姫と一戦交えたいが、部下と生き延びるには今下がるしかない。
「撤収するよ」
そして、負傷者を連れて去っていく姿を、残された、帝国の生き残りの兵士が見た以降、そのヴァルキュリアの部隊を見掛けたものは、いなかった。
「という、お話だけれど」
「あのー、そのヴァルキュリアの部隊のその後の情報は全く無いんですか?」
「ああ、お話の通り、その後帝国のどこかで接触があった等の情報は…」
「いや、有るんだ」
シリカ隊長は、重々しく口を開いた。
次回:シリカ隊長から語られる’峠の姫君’の真実とは