接敵(1)
「何故こうなった」
怒号と剣激が響くなか、ラミアは自問していた。
「何故…」
ここ3群北部の森のなかで、半包囲されつつある部隊にいるラミアには、それ以上考えている余裕はない。
指揮をとっている女性に近づいて報告をする。
「シリカ隊長、戦死5名、戦闘継続可能なものは我々をいれて約10名、以外は負傷者に成ります」
相手は2度の接敵の教訓が、少し遠巻きに半包囲をかけようと動いている。
「わかった。負傷者は騎乗させて、クレス、お前が撤退の指揮を執れ、合流地点は昨日の戦闘をした場所の北の森だ。半日以上たったら独自判断をしろ」
「わかりました、隊長」
「それから、ラミアとニコルは私と陽動を仕掛けるぞ。相手を混乱させて、包囲を結ばせないことが撤退の支援に成る、残りはクレスについていけ。行くよ」
決断をすると、隊長の動きは素早いし、戦闘においては相手側の戦姫2人を同時に相手をしても決してひけをとらない。
だって、隊長はあのヴァルキュリアなんだから。
春が近いとは言え、山の雪はまだまだ残っている。そんな中、我々と3群部隊が会敵したのは尾根で挟んで少し開けた谷間への入り口だった。
山の反対側で遭遇した敵のパトロールを排除して、こちら側まで廻ってきた積もりだったが、実は斥候だったようで、現在では敵本体とかち合うはめに成っている。
敵の包囲の薄いところに斬り込んで、背後に回り込み混乱を誘うのが、隊長の策だろう。左手のニコルと揃って隊長の後を追う。
こちらの動きに反応した、3群の騎手が斬りかかってくるが、軽くいなして開けた穴を広げていく。
包囲に廻っていた、敵の左翼が穴を埋めに引き返してくる。これで、クレス達は包囲から逃れられるだろう。
「後少ししたら、抜けるからね」
隊長は、大剣を軽々と振り回しながら指示をして来る。
「はい」
今はまだ答える余裕があるが、いつまでもつか。
戻ってきた左翼と、クレス達を取り逃がした勢いで回り込んでくる右翼に、後ろは塞がれてしまう。もう、前に進むしかない。
殿を務めながら、必死に隊長について行く、2騎ほど食らいついてきたが、落馬を誘ってどうにか対処できたが、もう馬も私も息が怪しい。
「ニコル、先導しろ。私は殿につく」
隊長が見かねて、隊列を替わってくれたが、直ぐに上がった息が戻る訳でもない。敵はそれを見てか食らいついてこない、一端部隊の再編成でもしているようだ。
「隊長、この数は3郡の演習にでもかち合ったんでしょうか?」
ニコルが位置を変えながら、疑問を吐いている。
「この数と、右左翼の連携の取れていない感じからすると、メーベルとトルケル辺りの合同演習に、参加させて貰ったが正しそうだな」
隊長も少し余裕が出てきたようだ。
「ニコル、少し大回りして合流地点に向かうよ」
「はい、隊長」
シリカ隊長、我が隊のトップでもあり、ヴァルキュリアとして帝国を支える戦華とも言える、武功の持ち主だ。
ヴァルキュリアに成れば男性を自らが選んで、子をなす事が出来るが、隊長はその権利をまだ行使する気はないようだ。
敵を十分に引き離せたと思えた頃我々の少し下側で右手の谷に近い側を、こちらに向かってくる3郡の部隊を見つけた。
どうやら補給部隊のようで、数台の馬車を引いている為、下側の平地に近いところを進んでいるようだ。
「やり過ごすから、各自馬を抑えて隠れるように」
馬を降りて、木の陰に隠れて息を潜める。補給部隊とは言え、人数比では敵わないのだから、無理に事を荒立てる必要もないだろう。
我々の真下を過ぎようとした時、何かしら大きな音が聞こえてきた。その後、地響きの様な振動が伝わってくる。
「ラミア、ニコル、馬を逃がすんだ!」
命令のままに、馬の尻を叩いて逃がした後正面をみると、反対側の尾根からの雪煙を巻き上げながら、雪崩がこちら側に押し寄せてくるのが見えた。一瞬固まりかけたが、隊長の命令で体の方は勝手に動き出す。
「各自、遮蔽物の下に身を隠せ!谷から上がってくる分、勢いは削がれていると思うが、油断はするな」
慌てて、身を隠せそうな岩陰に身を潜め様とした時、下の3郡の部隊も雪崩に気付きパニックを起こしている姿が見えた。
指揮官らしき人物が、馬車を捨て隠れるように指示をしている中、雪崩は彼女達を覆い尽くし、こちらに上ってくる。
彼女達の悲鳴を一瞬で掻き消した雪崩は、勢いを衰えずこちらに迫ってくる。身を隠さないと、頭では判っているが体が動かない。全てがスローモーションで動いている。
1台の馬車が嵐に揉まれた小舟のように、雪に流されながらまだ形を留めたままで、流されてくる。大量の雪と一緒に馬車が私の隠れている岩に当たる。悲鳴が聞こえたような気がしたが、雪煙で視界が悪いのと併せて、上ってきた雪にもみくちゃにされている状況では、それ以上の事はわからない。
谷の底の方ではまだ雪崩は続いているようだが、この辺りは我々の居る場所よりも、50馬身位上まで斜面を登ったところで止まったようだ。更に崩れ返して来ることは無さそうだ。
斜面を見ると、先程見かけた馬車が半分に引きちぎれて木に引っ掛かっている。隊長を呼ぶが、返事はない。ニコルのいた辺りも雪に埋もれている。
雪から這い出て、二人の名前を呼ぶが返事はない。ニコルのいた辺りを見回すと、10馬身位上の木になにかが引っ掛かっている。慌てて雪を掻き分けながら、近付いていくとニコルだった。
慌てて引き下ろして状態をみる。左手があらぬ方向を向いている以外は、息も有るようだ。意識を失っている今の内に、継ぎ直しておく。袖に木を挿して仮に固定しておく事も忘れない。
左手が痛いだろうに、でも意識は戻らない。取り敢えず、楽な姿勢で寝かせておいて隊長を探さないと。
反対側の隊長の居た辺りは、大木が流れて行ったようで、かなり有り様が変わってしまっている。ざっと見回しても、隊長らしき姿は見えない。それに3郡の部隊もここにある馬車の残骸以外は、全て流されてしまったかのようだ。
”隊長ー!シリカ隊長ー”
何回か呼び掛けるが返事はない。
馬車の残骸の脇を通って、隊長の居た辺りに向かう。残骸の中を覗くと、3郡の従士と思われる娘が2人埋もれている。取り敢えず引き出しておいて、並べておく。死んではいないようだ。拘束した方が良いのかもしれないが、今はシリカ隊長を探さないと。
隊長の居た辺りには、大木が渦高く積もっていて、見た目は絶望的だ。ニコルのように上に流されて居ないか、周りを見回しながら呼び続ける。
「シリカ隊長ー」
耳を澄ますと、遠くの雪崩によう地鳴りのようなくぐもった音以外に、木のパキパキおれるような音が近くからしている気がする。注意して聞くと、正面の倒木の向こう側のようだ。
木によじ登り、向こう側へ降りると朦朧とした隊長が、無意識でか手近な木の枝を折って、場所を知らせていたようだ。
「隊長!」
まだ、意識が戻ってこない。ここは上官だが仕方がない。手袋を外した手で頬をひっぱたく。2回ほどで意識を取り戻した隊長は、
「ラミアか、状況は?頭を打ったせいか体が動かない様だ」
取り敢えず、ニコルと3郡の娘を救出出来た事を伝え、取り敢えず雪を退けておく。暖を取る用意の為に、露営準備を始めようと、ニコルの方へ戻る。
馬車の残骸から引きずり出した、3郡の娘の1人が気が付いてもう1人を起こそうとしていた。
「マリアンヌ!ルーラ、マリアンヌ!」
呼ばれている娘の方は、まだ意識が戻ってこないようだ。
「おい、あんまり乱暴にしない方がいいぞ」
と、公用語で話し掛ける。
こちらを見たが、喋らない。
「3郡のスカラでは、公用語教えないのかしら」
「いえ、帝国の姫さま、ここに二人で並んでいたと言うことは、姫さまにお助け頂いたと言うことでしょう、感謝致します。質問にお応えできなかった無礼については、帝国の方がいるとは思いませんでしたのでお許しを。あの、後私たちは捕虜に成るのでしょうか?」
「私はラミア、私たちもあなた達と同じ遭難者ってところよ。あなた、動ける?取り敢えず、救護者を保護してから、あなた達の生き残りを探すわよ、いい。名前は?」
「セルシアです。判りました、仲間の捜索をお手伝いいただけるのですね!」
ニコル、マリアンヌ、シリカ隊長を安全そうな場所に移し、馬車の残骸から暖を取れそうな物を見繕ってあてがう。
それから、下の方へ生存者を探して降りていくが、雪崩の雪溜まりは降りれば降りるほど深くなるので、馬車のいた道筋までは到達できない事が分かった。
「済まないが、これ以上下へは無理ね。あなた達の馬車が先頭だったの?」
「はい、隊列では先頭に位置していました。あの、そちらの隊長はヴァルキュリアなのですか、赤い軍服を着ていらっしゃいますし」
「ええ、うちの隊長は正真正銘のヴァルキュリアよ」
こんな時でも、隊長の事を自慢している自分がいる。
「先頭ならば、もう少し下手まで廻ってみてから戻りましょう。でも、そろそろ夜の準備をしないと私たちも危ないから、そのつもりでね」
セルシアはまだ必死に探したそうだったが、彼女、そして私もそろそろ疲労が溜まってきている。少し休んだら、みんなのところに戻るのがやっとだろう。
探索した範囲では、死者も生存者も見付からなかった。この雪の下に居るのかもしれないがもう今日探すのは無理だ。
露営地に着くと、3人は上半身を起こす位には回復していた。セルシアはマリアンヌに駆け寄って抱き合っている。ニコルは、痛めた腕を庇うようにしているが、それ以外は大丈夫そうだ。
シリカ隊長はまだ本調子に成らないのか、うつ向いている。セルシアを促して、焚き火の準備と風除けの対策、食糧の確保と暗くなるまでに、やることは幾らでもある。ニコルの添え木をちゃんと固定して、動きやすくした。
隊長は、小声で話してくれたが頭の打ち所が悪かったのか、目がよく見えていないが、体の方はもう少ししたら動けそうだ、と言う。
放した馬達は逃げ切れただろうか?
焚き火の火を見ながら、そんな事をちょっと考えてしまった。
セルシア達から色々と聞き出したが、演習に出た部隊の補給に行こうとしていた、以上の事は分からなかった。帝国貴族を3名も前にしてさぞ緊張した事だろうが、我々だって単に兵士であることには、彼女等と代わりは無いのだが。
クレス達は包囲を突破できただろうか?
集合場所で待っているだろうか?
夜半過ぎ、ニコルに当直を代わるまで、とめどもなく考えが頭をよぎって行く。馬の無い我々単独では、帝国内に戻ることはまず不可能だ。あと、この雪崩の後を生き延びるのもかなり難しいだろう。
唯一の望みは、戦闘を行った3郡の部隊が、補給部隊の到着にしびれを切らして探索に来る、もしくは我々を追ってくるだが、この有り様を遠目で見たら、無理して近付いてきたりはしないだろう。八方塞がりとはこんな状態。
湿った木の混じった薪は煙をたなびかせている。これを目印に発見されることを祈るしかない。