悪役令嬢の妹の中身は16歳です
朝、目が覚めたら、私は妹になっていた。
あの日は、月の綺麗な夜だった。
妹に強請られて、2人でお月見に庭へ出たのは良いけれど、私の心はとても憂鬱で。
きっと、心変わりしたであろう、婚約者様の事を考えると、ため息しか出てこない。
そんな中。
月の光を浴びながら、はしゃいでいる妹が、羨ましくて。
無邪気で、素直な子。
私にも、こんな時期があったのかしら。
こんな無邪気さが、素直さが。
今の私にあったなら。
婚約者様も、私のこと、見てくれたかしら。
そんな馬鹿げた事を考えて、苦笑する。
そんな事、私に出来るわけがない。
私は、あの人の前では、冷たい態度しか取れないのだから。
そう、例えば。
…私と妹の中身が入れ替わらない限り。
なんて、願ってしまった罰だろうか。
次の日の朝。
私と妹の身体が、入れ替わってしまっていた。
※※※
「ごめんね、セレネ。ごめんね。」
謝る私に、セレネはにっこりと笑って、大丈夫だと告げる。
しかも、大好きな私になれて、嬉しいとも。
そして、侍女に連れられて、私の婚約者の元へと行ってしまった。
私も後を追ってみたけど、庭へと行かれてしまい、それ以上は侍女に止められた。
あの視線。
セレネの姿の私に向けた、バツが悪そうな。
私の姿のセレネに向けた、冷ややかな。
それが意味するもの。
─婚約者で居られるのも、今日で最後。
セレネ、ごめんね。
あの娘、きっと、泣いてる。
部屋に戻り、2人が向かった場所を見ようとバルコニーへと向かったら、そこにはここに居てはいけない人物がバルコニーをよじ登ってきていた。
「殿下…またセレネに会いにきたのですか。」
綺麗に着地するのを確認してから、声をかける。
「ばっ、バカっ!自惚れるな、私がお前なんかにワザワザ会いにくるわけ無かろう!」
顔を真っ赤にして、わたわたと言い訳をするが、では何故、週に3〜4回のペースで城を抜け出し、セレネの部屋に忍び込んでくるのか問いたい。
けれど、相手はこの国の第3皇子。
たとえ小生意気な野生のサルみたいだとしても、不敬は許されない。
ため息を1つついて、セレネの部屋へと招き入れた。
あぁ、こんなことしている場合じゃないのに…。
侍女に頼んでお茶を運んできてもらう。
ついでに、城へ伝達を頼む。
─早くこのサルを引き取りに来てくれ、と。
さっさとお茶を飲ませて帰って頂こうと、座るよう促そうとしたら、急に髪を引っ張られた。
「痛っ!な、何をするのですか?殿下!!」
引っ張られた髪を庇い、キツく殿下を睨みつけた。
本当にこのサルはこうやって、いつもいつも、セレネに意地悪をして、泣かせている。
おかげで、セレネは殿下を見るだけで、反射的に泣きそうになってる。
多分、今日もセレネのままだったら、すぐに大泣きして、私に助けを求めに走るだろう。
「な、なんだよ、今日は泣かないのか?」
今までとセレネの反応が違ったせいか、戸惑いながらこちらに問いかけてきた。
…優しく接してさっさと帰ってもらおうと思いましたが、気が変わりました。
セレネをこれ以上泣かせないよう、釘でもさしておきましょうか。
「…意地悪な人には、セレネは靡かないですよ?」
どうみても、サル、いいえ、殿下は典型的な好きな子ほどいじめちゃうタイプの単細胞だ。
大好きで、かまって欲しくて、ちょっかい出して、泣かせる。
手加減がわからなくて、やりすぎて、嫌われる。
あぁ、私も人の事言えないけど。
この際、棚上げしておきましょう。
「なっ!!だから、私は別にセレネのことなんかっ!!」
「…セレネは小さいのです。殿下が乱暴に触ると壊れてしまいます。触るなら、優しくしてくださいね。」
─ほら、こうやって。
またまた真っ赤になっている殿下の手を取り、そっとセレネの頬に促す。
普段の自分なら、絶対にやれない行動だけど、今後殿下が、セレネに意地悪しないようにするためだし、何より今は私がセレネだと思うと、何故かスラスラと言葉も行動もできてしまう。
「先程は、セレネの髪に触りたかったのでしょうか?良いですよ?でも、引っ張らないで下さいね。優しく、そおっと、ですよ。」
唇が触れそうなほど、顔を寄せて、囁くように殿下に促してみたら。
─まるで宝物を扱うように。
ゆっくりと、優しく、セレネの髪に触れてきた。
「合格です。」
ご褒美ですよと、触れていた指先にキスを1つ落としてあげると。
さらに真っ赤になって、抱きついてこようとしたから、サッと避けた。
甘いですわ、殿下。
そう簡単にセレネを抱きしめられると思わないことね?
危うく、セレネの身体で高笑いしそうになっていたら、早々とお城の騎士様たちが、殿下の回収にきたので、そのままお引き取りいただいた。
殿下は「またすぐにくるからな」って、叫びながら、運ばれて行った。
─ねぇ、殿下。
無事にこの身体にセレネが戻ったら。
ちゃんと、セレネの許可を貰ったから抱きしめてくださいね。
先程みたいに、宝物を扱う時のように、優しく接してあげてくださいね。
私の大事な妹なのです。
お願いですから、泣かせないで。
…私自身が、今セレネを泣かせてしまっているのに、そんな厚かましい願いを、なんてね。