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王都の錬金術師  作者:
第二章 北の遺跡と呪われた古城
99/136

時に話し合いとは紛糾するモノである

 マクスウェル商会~会議室~


 段取りとは大切なモノで。


 とても快諾……とは言えないが、条件付きながらもマリアベルさんから野外講習への協力と許諾を得た私が次に成すべき事は、と言えば。


「商会の財務を預かる身として私は反対ですね、今は商会内の基盤を磐石とするべき時期です。それが組織作りの基本であり、多少なりと出るかも知れぬ対外的な不評や不和など後に幾らでも挽回の機会はあるのですから、今の商会の内情を考えても誰とも知れぬ人間の思惑に乗せられる形で、しかも損益を覚悟で依頼を受けるなど、そんな無理をする必要があるとはとても思えません」


「なら新規の事業を受け持つ身として私は賛成ね。今後新たな事業を始める為にも組合内での信用を疎かにする事は先々に支障をきたすわ、何事にも先行投資は必要で信用は金銭に変えられない……そんな基本的な話をマルコさん、貴方になら説明する必要はないでしょう?」


 商会内での意思と今後の方針の取り纏め……であるのだが、御覧の通りの有り様なのである。


 会議室の円卓を囲んで私の正面に座る狐目さんと左隣の金髪娘殿……その意見を対立させる両者が火花を散らしている。


 この場には実務的な負担の大きい物流部の子らを除く全ての役職者たちとクラリスさんが同席しているのだが、何故客人の扱いである筈のクラリスさんが会議の席に居るのかは後に説明するとして、はらはらと両者を心配そうに窺っている聖女様と、飛び火せぬ様に気配を殺し完全に空気と同化させて場を凌ごうとしている金髪坊やの二人に仲裁役が如何に荷が重いかは語るまでもない。


「簡単に金銭には変えられぬ、と言いますがね、もし積み荷を失えば五百万ディールの損失なのですよ? この額は決して軽視できぬ大金です。しかも無事に荷を届けても大した利益も見込めぬ上にリスクだけは高いなど……それを本当に理解しての発言なのですかリンスレットさん」


 狐目さんが追加で組合から送られてきた物資の目録を円卓に広げて見せる。


 この時期に纏まった量の食料品を揃えようとすれば値が張るのは当然で、日持ちする保存用のモノでも倍近く、生鮮食品であれば三倍の値は覚悟せねば為らず値引き含めて融通が期待できる大手の問屋などの伝手のない我々では目録の物品を揃えようとすれば指定された予算の大半を費やす事になり大した儲けは見込めぬと言うのが予想される現実なのである。


 冒険者ギルドの助力を得て運送費の大部分を削ってこの見積もりであるのだから、財務を担当する狐目さんが反対するのは当然と言えば当然であるのだ。


「目録の物資の調達は組合に相談する事で想定したよりも安く仕入れる事は可能な筈よ、商人間の相互扶助……それこそが組合の役割なのだから。それに金銭に変えられぬのは信用だけではないわ、新参の商会が筋と礼儀を通して組合に頼る事で今後の為の人脈を作れる利益と、目先の損得で組合の意に反する不利益を帳簿の数字を追い掛けるだけでなく、ちゃんと現実の秤に掛けて貰いたいものだわ」


 淡々と言い切る金髪娘の言にも一理ある……あるのだが。


 貴女ねえ、と眉間に皺を寄せて頭を悩ませる狐目さんの苦悩の程は散々と小言の如く教え込まれた現在の商会の内情を知る私には痛いほど良く分かるのだ。


 現在のマクスウェル商会は冒険者ギルドに回復薬エクシルを卸す事で既に月に億単位の利益を上げている……上げてはいるのだが、実際の金倉はそれに反して、清々しい程にすかすかなのである。


 何故かと言えば簡単で全ての支払いが手形で行われている為である。


 考えても見て欲しい、月に億単位の支払いを現金で取引出来る程に冒険者ギルドに金貨の蓄えがある筈もなく、この手の高額な支払いは魔法制約付きの証文で行われるのが普通であるらしい。つまり商会の収益を記した帳簿上……数字は加算され書き足されてはいくが現金は一向に増えぬ訳で、しかも手形の現金化の手続きは専門の商会に頼まねばならず時間も掛かる。


 しかも用意される金貨の数も王都全体に流通している金貨の総量に左右され、月単位で現金化出来る額も異なる為に毎月差額を差し引きされ細分化された証文が増えるばかりで商会が保有する現金……つまり金貨自体は実に心持たぬ程に少ないものなのである。


 月に納める税金や物流部の人員が基本的に現金での日払いである為に常に纏まった現金が必要とされる商会の事情も相まって、五百万の損失を出した場合において簡単に帳簿に線を引きその分を引き算すれば良いと言う単純な話にはならぬのだ。


 万が一にも手形で補えぬ予期せぬ損害を出した場合、最悪、従業員や現金で取引している業者への支払いが滞りかねず、ご免なさい本当にお金はあるんです、でも支給できるのは来月なので二ヶ月分纏めてでお願いします……とはいかぬのは誰でも分かる道理であろう。


 不手際で従業員を路頭に迷わせ、取引先を潰してしまうかも知れぬ……そんな真似をしでかせば商会として……いや、商人として終わりである。


 ゆえに損益を覚悟していると言うのは簡単ではあるが、その結果生じるかも知れぬ最悪の事態を想定して憂慮する狐目さんの発言は財務を担当する者として至極真っ当な意見であるのだ。


「マルコさん、今回の件でもし現金的な問題が発生した場合は私が責任を持って補填しますので……」


 と、妥協案を提示して見るが、商会の損益を私財で埋める……私はそれが如何に恥ずべき行為であるのかを十分に承知している。


 夜の帳亭の店主としてある程度の蓄えがあるとは言っても、それを言えば狐目さんの背後に居る熊さんに頼んでも直ぐにその程度の額は援助してくれるだろう。にも関わらず狐目さんがそれに頼ろうとせぬのは商会に身をおく事を定めた者の分別であり矜持であり、本来は誰よりも私が持たねばならぬモノ。


 が、それを承知で今回だけは我儘を通させて貰いたいのである。


 私の言葉に、はあっ、と大きく落胆の溜め息を付く狐目さんではあったが……最後には諦めた様子で肩を竦めて私を見る。


「金銭的な面での話は理解しました。しかし問題はそれだけではありませんよね?」


 と、狐目さんの視線が私から金髪娘へと移る。


 その眼差しを眼鏡を、くいっ、と押し上げて真っ向から受けて立つ金髪娘の姿に……私もまた先程の狐目さんと同様に深く溜め息を付くのであった。




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