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王都の錬金術師  作者:
第二章 北の遺跡と呪われた古城
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第四幕

「クリスの考える冒険者の定義とは何だと思う?」


「それはやはり未知への探求心……でしょうか」


 まだ見ぬモノを求め、まだ知らぬ謎を解き明かす。その未知なるモノへの飽くなき探求心は好奇心と程度を変えて表される程に起伏や個人差はあれど、長き時の中、二足歩行の猿を人間と言う一つの種にまで押し上げた本能的な欲求。そして今の時代の者たちは過去の遺物にソレを見い出し追い求めているのだろう。


 嘗ての同胞たちが見果てぬそらに……私が遥かな未来にその答えを求めた様に。


「貴女はやはり純粋ね……二百五十年前、冒険者ギルドを創設した創始者たち……そして今に至るその理想と理念の礎となった数多の冒険者たちもまた貴女と同じ答えを口にした事でしょうね。けれど……残念だけれど、今代の定義においてそれは正しい回答とは言えないわ」


 マリアベルさんは寂しそうに微笑む。


「冒険者の定義とはギルドに登録された存在か否か、今の世で冒険者を名乗る資格とはただその程度のモノと成り下がっているの」


 今やその意義は失われ、形骸化された残骸だけが残るだけなのだ、と。


「正直に言えば解せませんね、では何の為に冒険者が今も存在しているのですか? 生きる為の術、と言う単純な動機だけであれば有るかも知れぬ遺産アーティファクトなどを命を賭して探し求めるよりも傭兵として生きる方が遥かに実入りも良いでしょうに」


 私にとって金銭や財物などはそれ単体には価値は無く道端に転がる石ころと何ら変わらない。肝心なのは、肝要なのは、それに付随するモノ。何かを齎し何かを遂げる事で得られる対価としてこそ、それらは初めて意味を成すモノとなるのだ。ゆえに冒険者の本質を同じく見ていた私としては、些か興醒めであった事は否めない。


「そうね……でも硝石が触媒としての価値を見い出された事によって冒険者の在り方は大きく変わってしまったのよ。けれどねクリス、それは今此処で論じるべき話ではないの。問題とするべき点は今は望めば誰でも冒険者の資格を得られるという事なのよ」


「それに何の問題があるんですか?」


 価値なき名前に意味は無し。


 抱くべき理想も守るべき理念すらも失われ、ただの記号に成り果てた残骸に資格などと言われても、筋が違うとは思えどもその様な話は既に私の興味の外にある。


 そんな心境の機微ゆえか、やや投げやりな私の言葉に、全く貴女は分かりやすいわね、と表情に出ていたのだろう、マリアベルさんは少し怒った顔で諌めるが、投げ出す事なく途切れた話を再開させる。


「諸国間で争われている過去の遺産(アーティファクト)の争奪戦……各国はその保有数と秘められた魔法の効果を背景に他国を牽制し、また同時に恐れるゆえに列強間での単純な軍事力だけでは計れぬ遺産の存在が天秤の傾きが如く今の世界の平穏と緊張の均衡を形作っているの」


 真剣な眼差しを前にして、理解は出来ても正直に言えば実感が湧かぬのも事実。


 冒険者たちの実態は別においても、私が実際に目にした遺物とやらは性能的にも技術的にも玩具の域を出ぬ粗悪品……マリアベルさんが言うような世界の驚異とは程遠いモノであったからだ。ゆえに私が白銀の時代の遺跡に大きな関心を抱けぬのも、今の話の如く其処に起因する大きな認識の差が存在しているからに他ならない。


「けれどクリスは疑問に思った事はないかしら、そんな遺跡の探索と調査を一任されている冒険者たちに対する縛りが余りにも軽いと言う現実に」


「疑問……と言う程にはっきりとしたモノではないですけど、感覚的な話で言えば仮にこの国に属する冒険者が何処か他国にある遺跡で遺物を手にしても遙々戻って来るのは面倒かなあ、と……それにマリアベルさんが言う程に遺物が重要なモノであるのなら、それこそ無事にその国を出られるのも不思議な話かと」


 全ての遺跡に必ず遺物が有るとは限らない。勿論、それを前提にしたところで、マリアベルさんの口ぶりからして心情的に考えて見ても自分の庭のお宝を他所の人間に持ち出されて黙って指をくわえて見送る人間が居るとは思えない。不可侵領域に定められている遺跡の周辺では直接的に手は出せずとも、その冒険者たちが国を出るまでの間に裏で幾らでも遺物を奪う機会や手段などはあるからだ。

 

「そうねクリス、それがこの話の本筋よ」


 とマリアベルさんが続ける。


「冒険者ギルドとその職員は属する国に縛られる……けれど制約を受けるのは私たちだけで冒険者たちは基本的には踏破を目指す遺跡が存在する国にその所属を移すのよ」


「そんな簡単に所属を変えられるものなんですか」


「変えられるわ……いいえ、そうでなければクリスの言う様に、そもそも冒険者と言う存在と制度自体が成り立たないのよ」


 基本的に冒険者は遺跡の有る国に所属を移し、手にした遺物をその国のギルドに譲渡する形で報酬を手にする。なるほど、それなら先程の様な問題は起こり難いのかもと納得出来る面はある。


「遺物を手にした小国はそれを大国相手の外交の術として活用する……遺跡から発掘された他の遺産を含めた全ての譲渡を条件としてね」


「冒険者ギルドは其々の国に属してはいるけれど、その理念は変わらず全ては冒険者たちの為、と言う訳なんですね」


「そう……ね、国からの不当な圧力や思惑から冒険者たちを守る為の仲介者としての役割を私たちは担っている。それは今も変わらないと私は信じているわ」


 マリアベルさんは言葉の正当性とは裏腹に少し寂しそうに微笑む。


「今の話で語られた冒険者たち以外の存在……それがクリス、此れからの貴女と深く関わって来る連中の話よ」


 列強の内には当然、他の有力な国々に新たな遺物が渡る事を危惧し恐れる勢力が存在している。そして特定の国の意を汲む冒険者たちは少なからず各国に潜入し、時に手段を選ばず他者から簒奪すら事すら厭わぬ連中の遣り口はギルドが頭を悩ませる、最早冒険者とすら呼べぬ間者の手口であるのだとマリアベルさんは語る。


「そうした連中だけでなく、大陸に名立たる商会の中には遺跡から発見された遺物を思惑のままに列強に流し利益を貪り政局を、世の天秤の傾きを自在に操る化け物染みた人間たちも存在するの……だから気を付けなさいクリス、そしてもっと貴女は自覚を持つべきよ、貴女と回復薬エクシルの存在がそんな連中たちの目にどう映るのかを」


 此処まで話を聞けば理解もする。


 何故マリアベルさんが強引にこの赤毛を私の警護に付けたのかを。


「教皇庁の指示の下、諸国の神殿が遺跡の調査から身を引きつつある情勢下で、回復薬特別法も御用商人の話もこの国に貴女を縛り付ける枷であるのと同時に、公の立場を与える事でこの国の威信と名が貴女を護る守護の役割を担っている事を忘れてはいけないわ。それゆえにこの王都に居る限り誰も貴女に簡単には手は出せない……けれど」


「王都を出てしまえばその限りではないと?」


 憂慮する可能性の一つだとマリアベルさんは肯定する。


 なるほど、この私を力ずくで、などとそれは中々に……愉快な話である。



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