第三幕
「それでどうしたの、友人として会いに来た訳ではないのでしょう?」
慣れた様子で素早く注文を済ませると、マリアベルさんは私を見つめて訊いてくる。
それは自然な流れであって特別に彼女に不審な点は見られぬが、彼女は弁えて公私を混同出来る種の人間である。ゆえに彼女が必要だと判断すれば躊躇う事なく私に対して嘘も付くし演技もする。そして困った事に私は女性の嘘を見抜くのが極めて苦手……おほんっ、不得意なのである。
「実はですね……」
なので分からぬ事をうだうだと悩むより、隠す程の手の内が此方にある訳でも無し、此処は素直に話して反応を窺う方が早いだろう、と割りきる事にする。
「以前から頼まれていた回復薬の講習の件なんですけど……マリアベルさんは覚えていますか?」
迷う間もなく、勿論よ、との回答を頂く。
「それは良かった……其処で、と言うのはあれなんですが、実はその件で御相談がありまして」
「あら、何かしら」
「近い日取りでギルドが保有している講堂の空きを押さえて貰えるなら、回復薬の座学の講習は無償で行わせて頂こうかと……いえいえ、良いんですよ、回復薬は消耗品であると同時に医療薬ですからね、お得意様には適切な用法と用量を理解して頂くのは我々の義務なんですから」
と、最もらしく述べてから営業用の満面の笑みを浮かべて見せる。
練習の成果の賜物と言うべき私の笑みを前にマリアベルさんはと言うと、
ふ~~ん、
と前屈みに息を付き私を上目使いに覗き見てくる。その仕草は艶っぽく実にあざとい……流石の私でもそれを意図的では無いと信じるほどに鈍くはないのである。
しかし悲しいかな警鐘が鳴りつつも思ってしまうのです。
全くけしからん……けれど悪くない、と。
「いやだなあ、マリアベルさん、何ですか」
「クリスは悪い子ね、それでどんな見返りがお望みなのかしら」
「べっ、別に見返りなんて特に……ただ座学の講習とは別に実地での講習を開きたいと考えているので、良かったらギルド側で事前に参加者を募って頂けないかなあ」
と、じっと見つめてくる綺麗な瞳から目を逸らす。
回復薬は決して万能の秘薬ではない。
瞬間的に、そして飛躍的に体内の治癒速度を高め、促進させる事で外傷を癒しはするが当然それには限度も程度も存在する上に切断された部位の接着なども効果の範囲外となる。更にはその性質上、精神的、肉体的な負荷は避けられぬ為に連続的な使用には制限もある。ゆえに回復薬の効能を正しく把握していない場合、肝心な局面で大きな失敗を招く危険は高く、冒険者ギルドとしても習熟させる手段の一つとして座学のみならず、卸し主たる我々が提案する実地での講習は決して悪い話ではない筈なのだ。
なので私の提案自体に大きな矛盾は無い筈ではあるが、王都に滞在する冒険者の相対的な数を考えればそれらは時間と共に解決されていく問題である事も確かな事実。講習は以前から望んでいたとはしても、この時期に自由意思での参加を募る手間と労力を思えば、面倒な実地での講習にまで冒険者ギルドが協力的である保証は何処にも無いのである。
「ねえ、本当に」
と、マリアベルさんはもう一度囁く様に訊ねてくるが敢えて私は無視をする。
我慢……我慢。
此処は待ちの一手……肝要なのは焦らぬ事、大丈夫、私は交渉上手な大人の女なのだから。
暫しの沈黙の後に……くすり、とマリアベルさんが微笑む。それは先程までの艶っぽさは無く飾りの無い本来の笑顔の様にも見えた。
「質問しても良いかしら?」
「ど……どうぞ」
「北の砦に『物資』を搬入する商会への依頼と今回の件は無関係ではないのでしょう?」
「ななっ、どうしてそれを!!」
「どうしても何も、あのねクリス……冒険者ギルドと関わりのある商人は貴女たちだけではないもの。当然その中には商工組合に加盟している者たちも少なくはないのよ」
なら分かるでしょ、とマリアベルさんは含みを持たせる。
この依頼は組合から斡旋されたモノ。であれば、加盟する商人たちであればそれを知る機会も手段も幾らでもあり、それら商人たちと繋がりの深い冒険者ギルドもまた然りと言うところか。
「知ってて思わせ振りな態度を取るなんて、マリアベルさんも人が悪いですよ」
と、私は頬を膨らませて抗議する。
「悪い子なのはクリスの方よ。私と貴女の仲なのに影でこそこそと……そんな真似をされたら悲しくなるし少しは意地悪もしたくなるわよ」
はい出ました。殺し文句を頂きました。
しかし……ですよ、世の殿方は決して誤解をしてはいけません。
私と貴女の仲……普通に解釈すれば貴方は私の特別な人となる訳ですが……騙されてはいけません。女性のこの手の発言を鵜呑みにすると痛い目を見るのです。私はそれを経験として知っている!!
「えへへ、ですよね……すみません」
だがそれも悪くない。
「北の遺跡で実地の講習を行えば、参加者たちの送迎を兼ねた荷馬車に物資と回復薬を積んでいたとしてもそれは構わないかなあ、と思いまして……北部の砦は道すがらと言うか通り道ですし」
「なるほどね、参加する冒険者たちを護衛と運送の人手とする事で人件費を節約しようと言う魂胆なのね」
「それは人聞きが悪い……冒険者たちは無償で講義を受けられる訳ですし冒険者ギルドにしても講習に費用が掛からず損はない訳で……誰も不利益を被らないこれは三者とも得をする話である訳でして」
「それはクリスが考えた『案』なの?」
「いえ、商会の人間ですが?」
そう、とマリアベルさんは思案げな表情を浮かべる。
「ならクリスはどう考えているのかしら?」
「それは組合から斡旋された事を含めてですか?」
肯定を示す沈黙に私ははっきりと答える事にする。
「正直に言えば裏に大きな謀り事が有る、と言った話までは想定してはいませんね、けれど……試されてはいるのかと」
狐目さんの言う様にまだまだ回復薬の量産の安定に尽力すべきこの時期に手に余る分野に関わるべきでは無いと言うのは正論で理解も出来る。だが同時に試して見た結果、手痛く失敗しても今回は構わぬのではないか、と言う何処かで楽観している気持ちがあるのも事実であるのだ。
この程度の規模の物資の搬送であるならば、例え荷を失う規模の損益を出しても今のマクスウェル商会ならば耐えられぬ損失ではないからだ。であるのなら、成功も失敗も次なる糧となるのなら、新たな一歩として試して見たくなるのは商人としてではない隠しきれぬ私の魔法士としての性と言うモノなのかも知れない。
「そう……なら冒険者ギルドの実務の責任者として答えを伝える前に、クリスの友人として助言をしてあげるわ」
遺跡と遺産。
そして一括りに冒険者と言っても必ずしも目的を同じくする者たちの集団ではないのだと。
「この件がそれと無関係であるのかどうか、貴女が考える為の材料としてもね」
と、マリアベルさんは話を続けるのであった。




