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王都の錬金術師  作者:
第二章 北の遺跡と呪われた古城
96/136

第二幕

 待ち合わせの場として指定された『黄金の羊』亭は街の活気を反映して熱気と喧騒に包まれていた。


 意図的に混み合う昼時を避けたのだろう、配慮は余り意味を為さず空席の見られぬ店内は冒険者たちの姿で埋め尽くされている。それでもこうして席に着けたのは奥の一席を空けて貰っていたお陰である訳だが、店構えからしてそんな気の利いた予約制度を取り入れているとも思えないので、冒険者ギルドから近く恐らくは常連であるのだろう、私ではない誰かへの店主の配慮である事は容易に窺えた。


 静寂と孤独を愛する私としては余り好ましい環境ではないゆえに、正直に言えば食欲などは湧かぬのですが、職務の合間に会食を理由に約束を取り付けた手前、我儘も贅沢も言えぬので致し方がないところではあるのですが。


 ちらっ、と横目で赤毛を見れば、早々に大量の注文を済ませて運ばれて来た料理を順から豪快に食す……おほんっ、喰らい尽くしていく赤毛の姿が映り込み、それだけでお腹一杯、胃が凭れてしまいそうであります。


 私の護衛中に掛かった経費は全て商会持ちの契約なので、赤毛の腹は痛まぬとは言えど此処までの遠慮のなさは天然であれ計算であれ有る意味で才能と申しましょうか、呆れを通り越して感心してしまいます。尤も加点方式でも減点方式でも私の赤毛への評価は御察しの如く……なので決して誉めている訳ではありませんので、あしからず。


「お待たせしたかしら」


 と、げんなりと出された水を啜りつつ時間を持て余していた私の耳に待ち人の声が届く。


「いえいえ、此方も先程来たばかりなので」


 嘘である。


 赤毛の前に積み重ねられていく皿の数が示す通り、結構待たされている気もするのだが、私が彼女に……マリアベルさんに悪態などつく筈もなく満面の笑みでお出迎えをした。


 マリアベルさんはふがっ、と手振りで挨拶をする赤毛と皿の山を一瞥し思わせ振りな笑みを浮かべるが、無言のままに私の向かいの席に着く。言わずともその表情には、成長したわねクリス、と書いてあり、対等の立場とは言えぬ姉の如く年長者然として彼女の態度に……。


 いや、この表情も、これはこれで悪くはないな、と感心する。


 全く以て美女とは特な生き物ですね。


 と、個人的な感慨は兎も角として、急な呼び出しに応じて貰った事に感謝をしていたのは本当なので私の言葉に偽りがあった訳ではない。


 回復薬エクシルが本格的に出回り始め、私が御用商人と成った事で冒険者ギルドとの関係も以前とは異なる形へと変化しつつあるのだ。対外的にも、そして私個人としての思惑も含めて……である。


 この街の景気の良さを見れば分かる通り、冒険者ギルドは私の知らぬ以前の活気を取り戻しつつある。従って組合長である優男を筆頭として職員たちの職務量は御察しの如く、急な予定など入れられる隙間もなく過密なモノであり、私の如くお飾りではない高位の役職に就く上級職員であるマリアベルさんなども、こうして職務の合間を縫っての不定期な休憩を強いられているゆえの近場での会食なのである。


 本来の立場で言えば多く居る特権商人の一人でしかない個人の身勝手な申し出を、予定外であるにも関わらず受けてくれた事に感謝こそすれ、私は不満や文句を言える側の人間ではないのだ。同時に王国の御用商人である私は公私の区別を求められる側の人間と成った為に確かな名目なくして以前の様に気軽にギルドを訪れる事が難しくなり、それが更に事を複雑にしていたのは事実である。


 尤もそうでなくとも回復薬エクシルの納品の決済を含めて取引額が以前の比ではない為に、窓口としては既に私の手を離れ、財務部とレベッカさんに担当が移っているので自ずと私が表に出る機会は減ってはいたのだが。


 これが対外的な理由であり、だがもう一つ個人的な理由がそれに加味される。


 それは目覚めてから五年……人造生体ホムンクルスである調律されたこの身体が既に成長限界を迎えていた事にある。簡単に言えばもうこの身体は歳月による身体的な劣化を受け付けない。つまり、もう歳を取る事がないと言う事だ。


 それは女狐さんの前例が示すが如く魔法士としては許容できたとしても商人としては多くの弊害を生み出すモノ。


 永遠と若さを保ち続ける魔法士が会頭を務め続ける商会など、魔法に精通せぬ多くの人々は……大半の者たちは決して認めぬだろう。それは無知ゆえに……抱く恐れゆえに。だから私は五年……十年と月日を経る何処かの機会に、大衆の多くが私を化け物と恐れ周知される前に退場せねば成らない。会頭の座を私から私へと移す事で。


 マクスウェル商会の会頭はクリス・マクスウェルの名を継ぐ襲名制とする。


 苦肉の策ではあるが世間を納得させる為に私が考えている現状での最も有力な案なので、それに則して個人的には名が広まる事は構わぬのであるが、後々に不都合を生まぬ為にも余り表舞台に顔を出したくはないと言うのが本音のところなのである。


 なので今の流れは個人的に歓迎すべき成り行きではあるが、其処はそれ、全く不自由さがないかと言われれば見ての通りままならぬモノで。


 何事も物事とは全てが都合良くとは行かぬものです。



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