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王都の錬金術師  作者:
第二章 北の遺跡と呪われた古城
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第一幕

 王都中央~商業区画~


 人間が集う営みの内に形造られ形成される概念を街、と呼称するのだと提唱する学者がいる様に、私の視界に映る賑わいと喧騒に満ちた街並みは生物に例えるならば躍動している、と表現するのが適当だろうか。冒険者ギルドを中心として独自の文化圏を形成しているこの『小さな街(リトル・タウン)』を称するならば。


 進む大通りには宿屋と酒場が立ち並び、路地からは鍛冶師たちの鉄を打つ音が時折木霊する。すれ違う多様な人種の人間たちは各々が帯剣し、繁華街でしか余り見掛ける事のない魔術師や呪術師らしき魔法士たちの姿が闊歩している様子は私の如く荒事とは無縁な平和主義者の目から見ればまさに異国……いや、異世界である。


 それに……。


「おふっ……」


「あれっ、クリスちゃんどうしたの、気分が悪いのかな?」


 酒に酔う、雰囲気に酔う、とは良く言うが、悲しいかな体質的に……いや精神的にと言うべきか私の場合はこの人混みに酔ってしまうのである。


「不味いな……待ち合わせの時間までには猶予があるし少し休憩して行こう」


 と、真面目な顔で赤毛の馬鹿が許可なく私の手を取ると、しれっと裏路地へと引き込もうとするので、自由な右手で軽く叩く……失礼、全力で顔面をぶん殴ってやった。


 が、酷いなあ、とぼやく赤毛に然したる変化は見られず、逆に殴った私は自らの拳の痛みでその場に踞る。分かってはいたものの、腕力を含めて体格差が酷すぎる……理不尽、理不尽である。


「ううんっ、涙目で睨む可憐な乙女の図と言うのもこれはこれで嗜虐心を唆られなくもないな」


 などと顎に手を当てて関心している赤毛の姿にぞぞぞっ、と背に嫌な寒気が奔る。


 紛う事なき変人の姿に。


 大体にして私の様な清らかなる乙女に集う男共は何故にしてこうも私とは真逆の性格に難の有る変人ばかりが集まるのだろうか……全く以て謎である。類は友をと言う様にこの広い王都なら相応しい女性など探せば幾らでも見つかるだろうに。


 清らかなる魂と最高傑作たるこの魔性なる美に羽虫の如く引き寄せられてしまうのは分からなくも無いが、幾ら何でも割合が片寄り過ぎだろう。もう少し騙し甲斐と振り甲斐のあるむかつく人格者な好青年との出逢いを希望したい。


 我が仇敵たる連中に憂さ晴らしをしてやりたいのは山々なのだが、優男にしてもこの赤毛にしても迂闊に行動を起こして拗れた場合、後ろから……いやいや、正面から刺されそうで怖いのである。男女の痴情の縺れとは私が知る限り恐ろしいモノであるからして。


 それもこれも大概マリアベルさんが悪い。


 大体が彼女繋がりの男関係に録な人間が居ないと言う事が全ての元凶であり、この赤毛にしたところで、どんな美人さんが待っているのかと喜び勇んで会いに行けば……この様である。私が抱いた失望分は何れマリアベルさん自身から回収せねば割りに合わぬのです。


 尤もこの赤毛……アベル君はマリアベルさんが太鼓判を押す凄腕の冒険者らしいのであるが、ぶっちゃけてしまえば私には、剣士だの戦士だの騎士だのと言う人種の力量を量る物差しを生憎と持ち併せてはいないゆえに、本音を言えば今もこうして通り過ぎて行く体格の良い冒険者たちと赤毛君との実力差が実感として湧かぬので、必然的に現在進行形で齎されている弊害の方に辟易してしまうのは仕方がない事なのである。


 マリアベルさんが駄目なら今度クラリスさんに、と一瞬考えては見たが、職業柄、男の影の無い彼女に頼むのは魚が居ない生け簀で釣りをするが如く不毛であり、結果として色々と悩んでは見たものの、あれっ、王都に来てから三年近くも経つと言うのに私の狭い交友関係って、と根本的な部分に行き当たり……其処で考えるのを止めた。


「ほらほら大丈夫?」


 と、路上に踞る私は差し出された赤毛の手を取る。


 私は男を手玉に取る魔性の女……なので此処は余裕を見せるべき、と改めて周囲を見渡すとやはり気になっていた変化に思わず口を滑らせる。


「随分と人が増えたね……前はもっと」


「少なかった?」


 以前と比べて数の程は定かでは無いが活気の面ではかなり異なると同意する。


「そりゃそうだろうね、クリスちゃんとこの回復薬エクシルが出回り始めてから中級位の奴等が遺跡探索に張り切り出してさ、それに神殿の位階の低い治癒魔法士もちらほらと硝石集めに参加し出したらしいから、あれっなんだっけ……相乗効果ってやつ?」


「けれどこの季節、幾ら屈強な冒険者たちでも遠出は厳しいでしょ? 神官を含めた一党なら尚の事」


 どうやら新年を迎え優男も司祭長も独自に動き出しているらしい事は今の話からでも分かるのだが、寒さの厳しい冬は避け本格的に始動するのは春先だろうと予想していので少しだけ想定外と言うか意外であった事は否めない。


「王都近郊の踏破済みの小遺跡なら余程天候が荒れない限り硝石集めには支障ないらしいんよ」


 それに、と赤毛が思わせ振りに声を顰める。


「中級位の連中は連中で近場に絶好の未踏破遺跡ホット・スポットが在るんだよねこれが」


 王都の北部にね、と。


「それって北部の砦の近くとか?」


 と訊く私に正解、と赤毛が笑う。


 王都の北部は大陸の西端に至る王国領であり、諸国との国境線が在る中央域へと続く西部と南部、鉱山資源が豊富なゆえに隣国との小競り合いが絶えない東部国境とは異なり確かに拠点の一つではあるが北部の砦の戦略的な価値は他に比べても低い筈。なのにこの季節に態々追加の物資の搬入とはこれ如何に、と疑問ではあったが話を聞けば描ける絵図も有る。


 他国に属する冒険者の介入が難しいこの時期に近場に存在する未踏破の遺跡の存在と、偶然たるや近在する北部砦への物資の搬送が全くの無関係であるのか否か……中々に興味深い話である。


 そうなると回復薬エクシルの卸し元である私の商会が請け負う事とレベッカさんの工夫とやらは別の側面と意味を持ってくるかも知れぬと思えば、彼女の真意を含め王国か組合か或いは冒険者ギルドか。誰が何の為に、とその思惑を考察するだけで楽しみが増えると言うもの。


 俄然やる気が出来てきますね、はい。



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