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王都の錬金術師  作者:
第二章 北の遺跡と呪われた古城
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何事も初めは全て初体験と呼べるモノである

 事務棟の建設が始まり、工事の業者が出入りを始めると建築資材の搬入作業と量産を開始した回復薬エクシルの搬送作業が重なり合うこの時間、商会の敷地内は人で溢れ寒さを忘れる程の熱気と喧騒に包まれる。


 少し前までは庭先を掃除している子供たちの歓声を微笑ましくも窓辺から眺めていた事を思えば、当たり前の商会らしく在る現在の光景は中々に感慨深いものであるのと同時に、失われた平穏に一抹の寂しさを感じてしまうのは引き籠り気質な私らしい感傷と言うべきモノなのであろうか。


 求める先へと歩みを進めながらも在りし日を懐かしくも想い忍ぶ……全く以て人間とは不思議な生き物である。


 と、言いつつも子供たちは本館内の清掃や不馴れな新規従業員たちへの案内など窓口的な役割を担い自らの仕事をてきぱきとこなしているので、活発に働く子らの表情には勿論、私が抱く種の感慨などは全く見られぬのではあるが。


 ゆえにそれは事務室で狐目さんが積み上げていく処理済みの決済書類に文字通り承認、の署名や商会の刻印を押していく『だけ』の無為な時間に精神を擦り減らせれていく私だけが抱く不毛な感慨なのであろう。


 作業の反復は嫌いな分野では無いが創造性の欠如したモノは拷問にも等しく……だがこれも悲しいかな、まだまだお飾りの会頭でしか無い私には反論も反抗の余地もない訳で……なのでこの日、予定外に執務室に姿を見せたレベッカさんの来訪は、私としては歓迎すべき救いの女神の登場と言うべきものであった。


 尤もその内容はと言えば私との逢い引きの約束を取り付ける……為で有る筈も無く、彼女が任されている新規事業部に関する連絡と相談事項の為で合った事は言うまでもない。


「北部の砦への物資の搬入ですか……それが新規事業部としての初仕事にしたいと言う事ですか?」


「したい……と言うのは少し違うかしらね、これは商工組合を介しての仕事の斡旋と言う形式に乗っ取ったものだから、私の意思とは無関係にマクスウェル商会に持ち込まれた話。私はその窓口役にしか過ぎないわ」


 と、彼女は淡々と告げる。


 あの日以来、彼女は身内だけの席……厳密に言えば私たちの前では敬語を使う事を辞めている。その理由は複雑に絡み合った糸の如く一つと言う事もないのだろうが、少なくとも私でも彼女の葛藤の先に得た心境の変化の一端くらいは察する事は出来る。時折見せる彼女の雰囲気はあの女狐さんの面影を感じさせ、師を追い続ける事を定めた弟子の真摯なまでの決意の程を思わせた。


「けれど組合の性質上、断り難いのは確かね、『どの辺り』からの思惑が絡んでいるかは知らないけれど初印象とは重要ものよ。だから出だしで躓けば色々と後に響くかも知れないわね」


「押し付けは相互扶助の精神とは質の異なるモノなんですがね」


 狐目さんが彼女の言葉を継ぐ。


 単純な話として断る事は簡単ではあるが、新参の商会が、それも御用商人として華々しく登場したマクスウェル商会が早々に組合から斡旋された仕事を拒否すれば、只でさえやっかみの対象として悪目立ちしているだろうに、この上、輪を掛けて他の商会から余計な不信感を抱かれ兼ねないと危惧しているのだろう。


 普通の商会であれば専門外なので、とやんわりと辞退する事も出来るのであろうが、御用商人の肩書きは組合では特別なモノ。まして商会として新たな商売の可能性を模索しているともなれば『この程度』の話を蹴るなど御用商人としての看板を傷つけるだけで何の益も生まない。


 逆に御用商人なのだからこんな小さな仕事など受けない、と公言出来るだけの実績も組合からの信頼も無いと言うマクスウェル商会は、端から見れば都合良く内から見れば何とも不都合な立ち位置に在ると言うのが今回の一件で浮き彫りとなった事実であると言うところだろうか。


 全く以て、望んでもいないと言うのに御大層な看板を与えられた挙げ句にこの始末である。


「それで実際問題として仕事を受け負った場合、儲けは出るんですか?」


「厳しい……と言うより無理でしょうね、恐らく大元の依頼主は王国の軍務省でしょうし上限となる予算は限られている筈です。つまり我々は予め定められた予算の枠の内から納品する品々を用意して且つ運送に掛かる全ての費用を捻出しなければ成らない事になりますから」


 此方から掛かった費用を請求する仕組みでは無い以上、利益どころか大きな損益を出す危険性の方が高いだろう、と狐目さんは憂慮する。


 勿論、詳細の分からぬ今の段階では費用も納品すべき品々の目録も無い訳ではあるが、結果は目に見えていると言いたげな狐目さんの言葉の感じからして反対だ、と言う意思の程が伝わって来る。


 北の特産品を南に持ち込めば数十倍の値が付き、南の香辛料を北まで運べば一粒が砂金と等価の価値を持つ、と言われる様に海運、陸運を問わずそれを生業とする交易商たちが莫大な利益を挙げる反面で、天候により、盗賊等の人災や風土病の疫災など数えきれぬ問題により積み荷を失い全てを失い、旅中に命を落とす者たちの数は財を成した成功者たちの数とは比較にならぬ程に存在する。


 高値が付くには付くだけの相応の理由が存在し、この広大な大陸を網羅する安全な物流網は未だこの時代では確立されてはいない。


 まして我々はまだ定価で買って定価で売っては儲けは出ない……言わばその当たり前の理屈すら解決出来ぬ前段階、準備段階での人脈すら有しておらず、手順ノウハウすら知らぬ私たちが安易に手を出すべきではない分野であると言う狐目さんの言は至って正論であろう。


 例えそれが国内の、近場での話であったとしても、である。


「古の黄金の時代には空は方舟が行き交い、人々は転移門を介して思うがままに好きな地へと赴く事が可能だったと言われているわ。失われた転移魔法を含めてね……そんな人間たちからしてみれば今の世はどう映るのでしょうね」


 と、レベッカさんが私を見つめる。


「別にどうも思わないのでは? ありのままを在るがままに、例えどれだけ文明の程が異なろうが人とは環境に順応しながら工夫して生きるだけ……それが人間として自然な姿と言うべきモノでしょう」


「それは錬金術師とは思えぬ発言ねクリス。貴女は過去から何も学ばないとでも言うつもりなの?」


「過去の叡知を尊んだところで今の世は何一つ変わりはしませんよ、無いモノねだりは不毛に過ぎるし私は未来に生きる女ですからね、ああっ、誤解しないで下さいね、学びが必要ないと言う意味ではありませんから」


 暫しの沈黙の後に、そうね、と彼女は呟く。


「なら工夫をしましょう。今回に限り利益を挙げる方法はあるわ。それなら後の為の学びとして良い経験になるのではないかしら」


 と。




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