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王都の錬金術師  作者:
第二章 北の遺跡と呪われた古城
93/136

第一幕

 魔導具とは呪術師が付加魔法を用いて物質に特定の作用や効果を付加させたモノの一般的な総称と例えても差し支えは無いだろう。


 代表的なモノで言えば、王都の闇を打ち消し照らす魔導灯や陶器類の耐久強化、耐熱向上など、この季節なら一定の熱量を放射させて部屋の暖を取る暖房具などが身近で知られているが、下水処理や王城守護の結界などに用いられる刻印魔法の常時展開を維持させる専用魔導具などは我がマクスウェル商会の工房などでも使われている極めて汎用性の高いモノなのである。


 この様に本来は魔法の素質の無い、魔法を扱えぬ多くの人々にも刻まれた簡単な『ワード』を介して疑似魔法と呼ぶべき力を与える魔導具とは最早現在の生活と文明の水準を支える上での欠かせぬ礎であり、追記して言えば永続性を付加する魔導具を創造する上で欠く事の出来ぬ触媒となる硝石は他に代替えが効かぬゆえにその存在価値は言うまでも、問うまでもないだろう。


 では何故此処まで生産色の強い付加魔法を専門とする呪術師が魔術師と並ぶ戦闘職と呼ばれているのかと言えば……それはまあ、何れ語るべき機会もあるでしょう。


「おい嬢ちゃん、だんまり決め込んでどうしたってのよ、勿体付けないでおじさんに教えとくれよ」


「ふふんっ、そう急くでない、急くでない凡人よ」


 と、大仰に宣う私に承知、と素早く店主は身を引く。全く以て乗りの良いおじさんである。


「論より証拠、まずはその指輪を付けて見てよ」


 私が店主が手に持つ指輪を指差すと店主は視線を私と自身の指を交互に往復させる。


「いやいや、どう見ても俺っちの指に嵌まる規格サイズじゃないんだけど?」


「別に奥まで入らなくても小指の先の関節くらいならいけるでしょ。大丈夫、それくらい入れば効果は体感できるから」


 不承不承、半信半疑といった体ではあったが流石に好奇心が勝ったのだろうか、店主は私の指示通りに自分の小指の先に指輪を嵌める。


 それを確認してから私はこほんっ、と一度最もらしく息を吐いてから刻まれたワードを口ずさんで指輪に籠められていた魔法の効果を解放した。


「んっ、嬢ちゃん、特に変化はないけど?」


「まあまあ、少々お待ちを……直ぐに効果の程を体感出来るから」


「あれっ、そう言われて見れば段々と違和感が……」


 店主は不思議そうに眼前へと指輪を嵌めた手を挙げて。


「あたっ……痛っ、いたたたたっ、なんか絞まってる絞まってるよこれっ!!」


 ふひっ。


「どうですか、効果絶大でしょう。その指輪は対象の指を締め付け地味に痛みを与え続ける事で食欲と性欲を減退させる健康促進魔導具なのです!!」


 健全な魂は健康な肉体に宿る、と言います。


 この点に着目し着想を得たこの指輪の効果は男女問わず、更には年齢層すら問わず理想的な体型維持を無理無く可能とする優れもの。まさに天才ならではの発想力の賜物と申すものでしょうか。


「いたたっ、いやこれ痛みが鈍い分絶妙に腹が立つからね、他の事も全部嫌になっちゃう不快な痛みだからっ!!」


 と、ぶんぶん手を振って指輪を外そうと試みる店主に無駄な足掻きを、と親切心で教えてあげる。解除する為にはもう一度、ワードを用いて効果を解くか指を切り落とすしか手段はないのだと。


「そんな悲壮な覚悟を必要とする健康具があってたまるかっ」


 と、息巻く店主であったが暫くすると、


「お願い嬢ちゃん早く解除して……おじさんもう泣きそうだから……」


 効果の素晴らしさに感極まったのだろうか、何故か懇願されたので解除する事にする。


 指輪の効果が消失したのを知るや否や、店主は直ぐに指輪を外すとばんっ、とテーブルに置き荒い息を付きながら押し黙っている。所謂、余韻に浸る……感無量と言うやつでしょう。


「お嬢ちゃん……これ魔導具じゃなくて呪具の類いでしょう。拷問具だよね絶対」


「いえいえ、これはただの健康……」


「呪われてるからね、絶対」


 なんと言う……事でしょう。


 真剣な眼差しで心配そうに私を見つめて来る店主の姿にはっきりと気づいてしまった。


 時代間における価値観の相違ギャップを。


 これは私に非はなく罪もないとは言えど、それだけに深刻で由々しき問題である。


「これを贈った男とは早々に手を切った方が良いよ嬢ちゃん……絶対殺しに来てるからね」


「殺しにって……ははっ、それは酷い話だよね……うん」


 断じて私のせいではないのだが……ちょっと泣きそうである。


「じゃあ、この首飾りは」


 どうかな、と手に取って渡そうとするが、そんな私の動作に素早く反応した店主は身ぶりで明確な拒絶を示す。


「やだなあ、そんなに警戒しなくても私は思慮深い女ですよ。そんな妙なモノばかり持ち込みませんて」


「ならいいけど……もうおじさん、付けて体感とかは御免だからね、でも一応効果を知ってるなら教えてくれるかな?」


「この首飾りはですねっ、何と身に付けた対象の一定範囲に不快な気配を漂わせる結界を発現させて」


「それっ、単なる嫌がらせだよね、持ち主に何の得があるんかな」


 えっ……人払いの為ですけれども、と思う。


 誰だって一日の内、八割くらいの時間は一人で居たい筈ですよね。そんな多くの悩める方々の為に無理無く自然に他人を追い払えると言う画期的な魔導具なのですが……。


「それにウチは一応客商売なんだけど……何でそんな危ういモノを持ち込んだのよ。確かに魔導具の暴発なんて余り聞かんけど、もし知らずに買い取って効果が漏れちゃったりしたらおじさん本気で号泣しちゃうよ?」


「いやあ、見た目的に有りかな……なんて?」


「いやいや、其処は思慮深く考えようよ嬢ちゃん」


 などなどと、怒っている様子は無いがやんわりと店主に諭される。


「それじゃあ、魔導具は鍵を教えて貰うのを条件に全部買い取らせては貰うけど……そうだねえ、やっぱり効果を考えても買い手が付く気はしないから銀製品としての価値しか付けられないよ済まんね」


 持ち込んだのは五点……買い取り価格は合わせて六万ディールだと店主は告げる。


 一万の上乗せは知り合いのよしみで、と言う店主の評価は私に残酷な現実を突きつける。造形から考え抜き製作に費やした努力を考えれば割りに合わぬ……と言うよりも既に銀に戻す事を想定して手間賃を引かれただろう価格は原価どころか銀の相場すら下回っている。


 悲しき……悲しきでございます。


 なのではっきりと私は店主に言ってやる。


「その値段でお願いします」


 と。


「嬢ちゃん、呪い殺される前にちゃんとその男とは縁を切るんだぞ」


 しょんぼりと肩を落とし銀貨を握り締めて店を後にする私の背に店主の励ましとも、忠告とも取れる声が響くが、私は応える気力すらなく家路へと向かう。


 全ては時代が悪いのだ……。


 けれど嘆いていても始まらず、郷に入れば郷に従えと申します様に、多少は反省し前向きに生きていこうと改めて心に誓う一日でありました。




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