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王都の錬金術師  作者:
第一章 商人の本道
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第三幕

 西方域の冬は厳しく冬越えの新年を迎えるこの季節には多くの凍死者の報告が齎され、王都だけでも貧民街を中心として毎年数百と言う命が失われている。


 春の訪れを願う新年の大祭が催される王都の中心部はその準備に賑わいを見せ、厚着をした人々が通りを行き交い買い物を楽しむそれらの光景は、諸国間のみならず大陸公用路を用いた遠方への交易が激減する時期にあって神殿が飽食と嘆く程の多岐に渡る数多の物資の数々を秋口までに豊富に、潤沢に溜め込んでいた西方随一と名立たる王都の経済力を映し出していた。


 が、変わらぬ王都の繁栄と豊かさを享受する人々が居る一方で、路地裏に……路上にすら凍死体が転がる凄惨な環境に身を置く貧民街で今年は一部の慈善団体を中心として細やかながらも新年を祝う催しが執り行われ、多くの避難所で笑い声すら漏れていた、と王国の管理官が耳にし、また例年の三分の一を下回る今年の死者の数に驚きと共にその目を疑う事になるのはまだ少し先の話となる。



                 ★★★


 

 王都中央~商工組合公館~


 個人商店などを除く商人たちの内でも大小異なる規模の商会主たちが運営費を負担する商工組合は互いの事業の発展と地域の発展に総合的な活動を行う為に設立された団体である。


 金持ち喧嘩せず、とは良く言ったもので、属する商人間での相互扶助を目的とした理念に基づき王都の大半の商会主たちが参加する組合の結束の下で各商会は互いに凌ぎを削り牽制し合いながらも利益を分配し享受する形でこの国の経済的な発展に寄与し貢献してきた。


 それは誰しもが認める揺るがぬ事実であり……そして年に一度、新年の挨拶にこの公館に集う一部の商会主たちは中でも特別と、別格と称すべき大物たちであった。


「おいっ、緊張し過ぎだぞ」


 公館の入り口に設置されている馬車の昇降場にずらりと並び、それぞれが担当する馬車を待つ組合の職員たちの内、俺の顔色の悪さを心配したのか隣の同僚が声を掛けて来る。


 いや、心配と言うのは俺の体調の話ではなく、この場の誰か一人の不手際が全体の責任として咎められる事への恐れからである事は俺もその一人として十分に承知しているので、済まん、と一言呟くと大きく息を吸い込んで深呼吸をする。


 まだ到着の予定時間には猶予があり、冷たい冷気を吸い込んで緊張を解した俺は軽く周囲を見渡すが、経験豊かな年配の者たちを除けば皆が大差なく俺と変わらぬ表情を見せている。だがそれはある意味当然で、此れから集まる連中は皆が組合に属する事を義務付けられた王国の御用商人たちであり、大半が大陸中に支店や本店を構える大商会の会頭や支店長……言わば豪商たちなのだ。


 この国の物の物価を差配する化け物たちの出迎えは選ばれた事を毎年呪う程に組合職員としての栄誉である事だけは間違いない事実である。


「なあ、確かあんたの担当は今年から組合に加わった新参の商会だったよな?」


 時間的な余裕もあり、歳も近い見知った同僚に俺は話し掛ける。


「滅多な事を言うなよ、新参だろうが王国の御用商人様だぞ、軽く扱うような真似をすれば俺たちの首なんて簡単に飛んじまうぞ」


 軽く扱うなんてとんでもない、と俺は身ぶりで否定する。


 俺とて馬鹿ではないのだからそんな事など百も承知。だが運悪くこんな役割を回されたのだからちょっとした役得くらいは享受したいところ。詰まる話、何が目的かと言えば情報だ。


 これだけの大物たちが集まるこの場での情報は金になるのだ。それが些細な世間話程度の、或いは噂話程度のものであったとしてもその動向や情報に金を出す情報屋や商人たちは幾らでも居る。


「何でも冒険者ギルドの特権商人らしいな」


 なんだかんだと言っても話に付き合う素振りを見せる辺り向こうもそのつもりなのだろう。


 自分が担当する商会主の情報は接待する都合上、当人だけに組合側から開示される特別なモノも含まれる。多くは大した情報では無いが互いにそれを共有する事で考察出来る点もあり時にそれなりの金を生む。まさに共存共栄、持つべき者は仲間と言う訳だ。


「となると……あれだな、例の新薬」


回復薬エクシルって名称らしいぜ」


「ほう……あんた詳しいな」


 実はな、と口にしてから同僚は言い淀む。


 その辺りが開示情報なのだろうと踏んだ俺は、此方からの情報も含めて儲けは折半で、と同僚の背中を押してやる。これは口約束ではあるが、仲間内でのこの手の話を反故にする様な馬鹿はいないので同僚も納得したのだろう、含んでいた言葉を続ける。


「新年の大祭の後にその薬に関しての新法が施行されるらしい……それがこの商会が御用商人としてこの場に参加出来る理由なのは言わなくても分かるよな」


「王国が法で縛る程の、縛らざるを得ない程のモノって訳だろ」


「施行までの空白の期間を狙って既に一部の冒険者たちが裏で市場に流してるって噂もある……相場の十倍の値で売買されてるって話もあるが……この辺りには関わらん方が良いな。遡及法が新法に適用されれば施行前の行為も全て犯罪として裁かれる。どの程度の量刑なのかは聞いてはいないがまあ重罪だろうからな」


「なるほどな、冒険者連中も馬鹿が多い……とは言え狙い目としてはやはり硝石の価格なんじゃないのか?」


「確かにな……実際の回復薬エクシルの効能の程は知れないが、仮に司祭たちの治癒魔法に匹敵するモノだと仮定すれば価格の低下はあり得る話かも知れないな」


 実際は冒険者ギルドや王国の思惑も相まって値の変動は予測が難しい流動的なものではあるが、もし回復薬エクシルがそれ程に価値のある薬であれば硝石の採取率が減少している現在の大陸の情勢下で一国のみが潤沢に硝石を溜め込む事など周辺諸国のみならず大陸中の列強も黙って見過ごす筈はない。


 勿論これらは大した根拠もない噂話程度の話ではあるが、情報とは鮮度が命であり例えそれが後に知れる事柄であったとしても今ならば金になる。


「もしも硝石の価格が引き下げられれば王都で買って中央域辺りにまで運べば利幅だけで儲けが出るかも知れないな」


「それに中央域で武具……いや鉄を買って帰れば空荷にならず……ってのはどうだ?」


 冒険者たちの活動が活発になれば今以上に磨耗する武器や防具は売れ、その材料となる鉄や鉄鋼などの値が高騰するのではないか、と推測して見る。


「それはあり得るかも知れんな」


 俺たちは互いに推論を出し合い情報を構成していく。


 この手の話は旨味が出れば直ぐに皆が真似をして大した儲けは得られなくなる。ゆえにこそいち早く情報を得て事前に準備や段取りを整えた一握りの者たちだけが大きな利益を挙げられる事が出来るのだ。


 しかしながら結局のところその曖昧な情報を買ってリスクを負うのは交易商たちであり俺たちではない。だからこそ責任を負わぬ俺たちの口は軽やかに想像の翼を広げるのを止められそうにもなかった。




たぶん次話でこの章の完結予定です。

もしかしたらもう一、二話延びるかも知れませんが何とか其処までは早めの更新を頑張ります。

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[気になる点] あとがき >もしかしたらもう一、ニ話延びるかも知れませんが何とか其処までは早めの更新を頑張ります。 カタカナの「ニ」になってます
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