第二幕
執務室の扉が開き姿を見せた彼女、レベッカ・リンスレットは応接用の席を勧める狐目さんの言葉を無視する様に歩みを進めると立ったまま向かい合う私を見据えていた。
こうして直接会うのは女狐さんと共に訪れたあの日以来ではあるが、目尻に隈がある訳でもなく肌艶も悪くはない。抱く印象は変わらず凛とした知的な美人さんであり憔悴している様子が見られぬ事にまずは内心で安堵する。
かちゃり、と扉が閉まる寸前に同伴して来たのだろう、廊下の奥で気弱な愛想笑いを浮かべる金髪坊やと優しげな眼差しを此方に向けるクラリスさんの姿を瞳に映し、戻ってからは何かと金髪娘を心配し世話を焼いていた二人のお陰で今の彼女が在るのだろうと納得し感謝する。
「何度訊かれてもミカ先輩の所在を私は知りませんし時間の無駄ですよ。さっさと神殿に突き出してもう終わらせてくれませんか」
何度もどころか初めて呼んだんですけれども……と思うが口には出さない。
彼女の中で既に物語は完成し終幕を迎えている。今更その脚本の誤りを指摘したところで納得はしないであろうし真実に目を向けようとはしないだろう。幾ら私が言葉を重ねても彼女は自分の作り上げた真実を元にして思考するのだから、結局それは聞く耳を持たぬ事と変わらない。
「ミカリヤ・モルガンの事は神殿と王国の問題で私の領分ではないよ。確かに私はあの女狐さんを告発したけれど、結果的に彼女を捕り逃がしたのは神殿の落ち度であって私の預かり知らぬ事。彼女が王都を離れて姿を眩ませたのなら二度と会う事は無いだろうしそれだけの話。私に思うところなんてないんだよ」
「良く言うわね……」
そんな筈がないだろう、と金髪娘の表情が全てを物語っていた。
彼女は自分が軟禁されているのはミカリヤ・モルガンの居所を自白させる事が目的なのだと……断れば神殿に引き渡すと脅されているのだと本気で信じている。実際は軟禁などしてはいないし神殿に引き渡すも何もそんな取り決めどころか神殿は彼女の存在に関心すら抱いてはいないと言うのにだ。
私が直接話せば感情的になるだろうと金髪坊やとクラリスさんに任せてはみたが、お陰で精神的には落ち着きを取り戻してはいても今の短い会話の内でも知れる通り、数日を掛けたとて何も前には進んでいない……同じ場所をぐるぐると所詮は堂々巡りを繰り返しているだけである。
今の短い会話でも十分に答えは得た。
ならば彼女の言葉ではないが終わりにするべきだろう。
『何かを失う事で得られぬ事で手にするモノもある』
思えばあの女狐さんの言葉と行動に私は知らず向きになっていたのかも知れない。癪ではあるが認めざるを得ぬだろう。でなければ明確な拒絶を示す彼女を此処まで留める理由など本来私には無い筈なのだから。
「レベッカ・リンスレット。貴女の事はこの数日を掛け詳細に調べがついているのでこれからする質問に嘘はつかぬ様に……此方が虚言であると断じた場合も同じく神殿に身柄を引き渡しますので。そうなれば異端者となる貴女の今後は……言わずとも理解はしていますね」
彼女の自由を告げようと口を開き掛けた私の耳に狐目さんのとんでも発言が届く。
この人なに言っちゃっとるんでしょう……。
続いて、やっぱりね、と刺す様な金髪娘の眼差しが私を捉え……あれっ、ちょっとぞくぞくしますね。
「ミカリヤ・モルガンは金狐と異名を取る程の類い希な資質と才能を有した天才的な薬術師であったが非常に性格に難がある破滅主義者であった。ゆえに功績を上回る問題を度々引き起こし最後には庇いきれなくなったギルドから除名され以前から繋がりのあった裏の家業の組織に拾われる形で王都の闇に身を隠した」
「ええ、そうね」
「なるほど……此処で疑問なのですが何故貴女なのですか」
「それはどう言う意味」
「いえいえ、元上司と部下……未だ先輩と呼ぶ貴女と彼女の関係は調べがついてはいますが、ギルドを離れて尚、何故彼女は貴女にだけ所在を明かして連絡を取り続けたのでしょうね……彼女は躊躇なく他の全ての関係を絶ち切ったと言うのにです」
狐目さんの質問に金髪娘は言葉を詰まらせる。
それは答えあぐねていると言うよりは認めなくないと言った心情がありありと窺える苦悶の表情であった。
「私は……私は可愛いだけの無能な小鳥……昔から先輩はいつもそう呼んで馬鹿にしていたわ。きっと先輩にとって私は従順で都合の良い愛玩動物……だから傍に置いておきたかっただけなのよ」
「本当に? それはおかしいですね、ただの愛玩動物を危険が迫るぎりぎりまで連れて歩くなど話に聞くミカリヤ・モルガンと言う人格破綻者とは思えぬ行動ではないですか?」
金髪娘……彼女の内で物語は既に完結している。ならば物語の結果を変えようとはせず新たな解釈の余地を与えてやれば良い。此処に来て私は狐目さんの意図を悟る。
「私の私見で言わせて貰えば、出来ぬ者に出来ぬ事は教えません、それこそ時間の無駄ですからね、貴女はどうですかレベッカ・リンスレット、彼女から貴女は何も学ばなかったと、彼女はただ貴女を愛でるだけで何も教えを与えなかったのだと、そう断言できるのですか」
「私は……」
彼女の瞳から滲む涙が溢れて落ちる。
今となっては真実など誰にも分かる筈は無い。
だが本当の真実など必要ないのだ。求めていた言葉が其処に在り、そうでは無いのだ、と、認められていたのだと己を肯定される事で彼女の中でそれは都合の良い真実となるからだ。
「貴女は優秀な女性です、薬術師ギルドでの周囲の評価が何よりもそれを証明しています。性格の歪んだ人間は素直に想いを表現出来ぬモノ……ゆえにその言葉と行動の裏を読むべきだ」
優秀な貴女なら気づく筈、と狐目さんは語り続ける。
「彼女が貴女を最後まで同伴していたのは必要としていたから、教え子として認めていたからではないのですか」
その問いに答える声はなく……金髪娘の嗚咽の声だけが部屋に漏れ聞こえる。
「会頭が初めに言った様に我々マクスウェル商会はモルガン女史に思うところが無いのは事実。ゆえにその所在を掴む為に貴女を留めていた訳ではありません。神殿の権威を利用してまで説得の場を設けているのは会頭も……いえ、我々マクスウェル商会もまた貴女を必要としているからに他なりません」
後はお任せします、とばかりに視線を送ってくる狐目さんに私は黙って瞳を伏せる。
狐目さんの話が何処まで事実に則しているかなど本人亡き今、証明出来ぬ感情論に真偽を問うのは意味がない。重要なのは彼女がそれを信じるか……いや、信じたいかどうかに過ぎないのだから。
ゆえに全ては彼女が決める事。
「レベッカさん、私と取引をしませんか」
だから私は彼女にそう問いかけた。




