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王都の錬金術師  作者:
第一章 商人の本道
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終幕 マクスウェル商会は始動せり

 風流に紅葉が舞い散る光景を執務室の窓辺から眺め見る私の視界の隅には長机の上に大量に置かれた書類の山を前にして相変わらず目付きの極悪な狐目さんが黙々と一人で処理に没頭している。


 窓の外からは清掃担当の子供たちが駆け回る賑やかな笑い声が時折漏れ聞こえ、戻った日常を告げる鐘の音に私はゆっくりと瞼を閉じ想う。


 ああ寒い、そろそろ暖房入れようか。


 心の句。


「会頭……随分と暇そうですね」


「いっ……いえいえ、これから取り掛かろうと思っていたところですよ、マルコ財務兼人事部主任」


 と言う訳で引き籠り体質の私が僅かな時間でも王都を離れると言う大冒険から早三日が過ぎ去り、今回お世話になった各所に後始末……こほんっ、御礼参りを済ませてこうしてまた穏やかな日常へと帰ってきた訳ですが、忙しさにかまけて後回しにしていた人事の案件がまだ残っている事を思いだし……はい、現在に至る訳でございます。


 マクスウェル商会は来期からの大幅な人員の増加に伴い部署を新設する運びとなりまして、現在中庭の一角に新築される予定の事務棟の着工と合わせて役職も一新する事になった訳です。


「あの……マルコさん、まだ怒ってます?」


「何か私が怒る理由に心当たりでも?」


「えへへっ……今度二人きりで食事にでも行きませんか、何と夜にですよっ」


「何の嫌がらせですか、遠慮します」


 減俸確定である。


「冗談はさておき」


 と、真顔で続ける狐目さんに、さておくなっ、と抗議の声を上げたくなる衝動を此処はぐっ、と我慢する。


 今回の一件で狐目さんには個人的に迷惑を掛けただろう事は疑い様も無く、暫くはしおらしくしておくべきだと後悔はせずとも反省くらいは私とてするのである。


「正式に商工組合と王国の法務局に提出する書面の期限が迫っているので私以外の役職者を早々に決めて頂けませんか……でなければ役員会すら開けませんよ」


「ちなみに決めて置かないと何か不都合が生じます?」


「特に法的な罰則がある訳ではありませんがその場合、財務と人事以外の他所からの案件が全て会頭の下に送られて来る事になるとは思いますが」


「直ぐ決めましょう、今決めましょう」


 可及的速やかにこの問題は解決しておかねばなりません。私の自由を死守する為にも……です。


 と言っても現在の商会の人員を鑑みても悲しいかな人選する程に人が居る訳でも無く、必然的に全ての者が幹部候補であるゆえに然して頭を悩ませる必要も無いと言うのが正味のところではあるのですが。


「取り合えず回復薬エクシルの製造部主任はマロニー君で」


「ロイ・フォートナーですよ会頭」


「うん、彼で」


「問題は最も人員が増える……と言うよりも完全な新規の部署となる物流部ですが……」


 狐目さんは少し悩ましいと言った様子を見せる。


 まあ、それもその筈で来期からのマクスウェル商会の構成は内定者を含め最終的には五十名を越える新規の増員を予定している。新たな薬術師の雇用は別件ではあるがこの五十名の内訳の実に四十名は物流部に属する事になるのだから、その主任を選ぶともなると慎重になるのも分かる話ではある。


 小瓶に内封された回復薬エクシル一本の重さなど考えるまでも無く軽微なモノではあるが、日に数千と言う単位で製造されるそれを数十本単位で木箱に積め、重ね、運ぶ作業が繰り返されるともなれば単純な作業なだけに肉体的な負荷の大きい重労働である事は言うまでもない。


 加えて扱うモノが物だけに、仮に作業者に横領されようものなら新しく施行される新法との兼ね合いもあり、内輪の話として商会内だけの処分で済ませる訳にもいかない多くの面倒事の種を孕んだ部署なのである。


 作業内容を考えれば多くの人手を必要とするだけに、作業員の教育と質の向上から不満の解消に至るまで彼らを纏める主任の責任は重要でそれゆえに適任者の人選は頭を悩ませる問題なのだ。


「今回の募集に関しては貧民街から募ろうと考えてます。彼らは横の繋がりが強く団結力と言う側面では申し分ありませんし、不当な扱いさえしなければ彼らは協力的な人間たちで何より生きる術として和を乱す者を許さない貧民街特有の鉄の掟を知る者たちですからね」


「それは彼ら特有の自浄作用に期待すると言う意味ですか?」


「まあ、そうですね。なので物流部の主任は子供たちの中から……貧民街でも主導的な立場に居る年長組には成人している子らも居ますし、その中から主任と主任補佐を何人か付ける形でいこうかと」


「成人しているとは言っても十六歳そこそこの子供たちに商会の生命線となる部署を任せるつもりなのですか……正直不安が残る人選ですねそれは」


 狐目さんが抱く憂慮も分からなくはないが、外見的な年齢で言えばその子らと大差ない私が会頭を務める様な商会であるのだし、信条的にも他の商会と同じである必要性も感じないので翻意する理由が私にはないのである。


 それに貧民街で成人を迎えるまで生活して来た彼らの経験と処世術は十分に評価に値するものであり、協会の鐘(チャペルズ・ベル)の活動を通じてそれを知る私としては心情的にも不安よりも信用が勝ると言う気持ちが事実としてあった事は間違いない。


「会頭がそう決められているなら反対はしませんし、私も出来る限りあの子らに助力しますよ」


 それは普段の狐目さんらしく頼もしい言葉ではあるが、と私は思う。


 今回の騒動の後も商会に戻り私に接してくれる狐目さんの態度や様子には変わるところはないが、熊さんから二年前の経緯を訊いていない筈はない訳で……その内心の葛藤は私には預かり知れぬモノ。


 二年前の私と今の私は違うのだ、と思う反面で変わり様もない本質的な部分を冷めた眼差しで見つめてみれば結局のところは何も変わってはいないのかも知れないとも思う。


 私の半生は工房の内にあり、研究の中にあり、知識として知る世界と現実を生きる世界の境界線が曖昧な私はあの女狐さんに指摘されるまでもなく人として未熟で欠けた人間であると言う自覚は当の昔からもっている。


 だから狐目さんの本心や心境など私に測れる筈も無くそれは熊さんにも言える事。それでも私と共に歩む道を選んでくれた彼らには受けた感謝と同じだけのモノを私は与えよう。もしもそれが如何に打算的で醜いモノであったとしても、この永遠に等しい道行きで私が異なる解答を得られるその日まで。




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