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王都の錬金術師  作者:
第一章 商人の本道
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求めし神の在り処は

 道なき道、と呼ぶには些か大袈裟な土の地面を踏み締め私は歩く。


 視界に映る木々は大樹の如く聳え立ち、天に広がる枝葉が陽光を覆い隠しながらも隙間に差し込む日差しは点々と森の内を照らし出している。


 百も近いこの歳で今さら一人で森の散策と言うのは中々に皮肉の効いた趣向ではあるが、肉体的には全盛期に近く疲労を軽減させる薬物を服用している今の私の身体的な能力は一般的な成人男性のそれを凌ぐものであり、例え半日歩き続けたとしてもその足取りが衰える事は無い。


 尤も其処まで歩かずとも遠からず主要な街道沿いに行き当たる事を知識として私は知っている。闇夜の内を進むのとは事なり日中の今であれば方向感覚を狂わされる程にはこの森は広大なものでは無い。正確に北を目指さずとも大まかな方角さえ間違えねば軈て整備された街道へと行き着く此処は、王都から伸びる複数の街道の間を埋める様に残されたそんな小さな森の一つに過ぎないのだ。


 王都の勢力圏を脱しているゆえに、山狩りの如く人を集めて追跡しようにも管轄が複雑で相応の手順を踏まねばならず時間が掛かる。迫っていた追撃者たちも少数で、残して来たレベッカちゃんを確保する為の人員を考慮に入れれば現在の追っ手の数は知れている。


 狭い森とは言え、この環境下で特定の個人を追う事は容易な事ではなく、仮に遭遇したとしても私なら修道司祭が相手であろうが対処は難しくはない。


 西方域に最大の版図を誇る大国ゆえに一度その経済圏を脱してしまえば女一人を探し出す事は大海で小舟を探すが如くそれは同時に王都を離れた時点で私の勝ちだと言う揺るがぬ事実をも現していた。


「詰めが甘いわねクリスちゃん」


 神殿と冒険者ギルドを使って先手を打って来た手並みは見事なもので、最後に経験の浅さを露呈させはしたが、エイブにすら悟らせず事を進めた手際は称賛に値する。


 この勝ち切れなかった苦い経験も若い彼女の成長の一助となるであろうし、隠さずに心情を吐露すれば、エイブには申し訳無いがこの若き有望な魔法士の登場にそう悪い気がしていないのも事実であったのだ。


 あの子の協力が得られずとも既にあの固有魔法の術式は手の内に有り、時間は掛かるが特効薬の研究も私一人でも不可能な話ではないのだから、そもそも私には王都に残る事に固執する理由がない。


 此処まで追っ手が差し向けられている今、同じく罠に誘い込まれているだろう、エイブが生存している可能性は低い。ましてあの薬を使えば尚の事。エイブとは情など希薄な互いに利用し合っていただけの関係ではあったけれど、肌に合う男と過ごしたこの数年の年月は終わってしまえば不思議と懐かしい。


「さようならエイブラハム……けれど安心しなさいな、最後に貴方が望んだ様に私が必ずこの世界を少しは愉しくしてあげるから」


 年寄り二人が寝床で語らった子供染みた約束を思いだし、私は知らず嗤っていた。



                 ★★★



 生じた異変に私は歩を進める足を止める。


 私が広範囲に展開している『鈴』の一つが反応を示しこの森に居る別の誰かの存在を告げる。だが私が歩みを止めたのはその存在が後方からのものでは無く、前方……それも直ぐ眼前の木陰からであった為。そんな有り得る筈の無い現実が私の足を止めさせたのだ。


「面白い魔法を使いますね女狐さん」


 足を止め視線を向ける私の姿に可愛らしい音色を奏で、ぴょん、と木陰から姿を見せた黒髪の少女が背中に両手を回したまま愛らしく微笑み掛けて来る。


 木々の隙間に差し込む光に照らされた可憐な少女の見姿は例えて森の精霊が如く、静寂に包まれる森の情景と相まって神秘的で……ゆえに人に非らざる者の姿を映し出している様で私を得体の知れぬ不安に駆り立てる。


「クリス……マクスウェル……貴方」


「どうして此処に、とは訊かないで下さいね。私は秘密多き魔性の女ですから教えて上げません。その方が魅力的でしょ」


 と、彼女は微笑む。


「それにしても女狐さんの結界はまるで小さな膜状の玉……けれどなるほどなるほど、確かにこれなら魔力の消費を抑えられますし、無数に四方に飛ばすことで結界の範囲を固定させる事無く範囲も任意に操れる訳ですか。中々に考えましたね」


 たった一度触れただけで彼女は私の結界の構成を看破していた。


 私の『鈴』は触れた者の所在を正確に特定させる感知に特化させた結界魔法。この魔法の最大の利点は触れた相手にすら察知されない極めて高いその隠密性にある。だと言うのに彼女は……。


「クリス……貴女は何者なの?」


「私はクリス・マクスウェル。ただの錬金術師ですよ」


 改めて言われてみればそれは必然であったのだろう。


 彼の名を騙り名乗るその意味を彼女が知らぬ筈が無いゆえに、彼女は一度も自分を薬術師などと称した事は記憶の限り無かったのだから。




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