表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王都の錬金術師  作者:
第一章 商人の本道
81/136

パンドラの箱は開きたる

 二台の馬車は郊外へと続く街道をひた走り、取り巻く護衛の騎馬たちは周囲を警戒しながら先導役と警護役に分かれて馬車に並走している。


 車窓から覗くそんな光景を眺めて私が抱く感想はと言えば、


 全く以て仰々しいですね……何かむずむずしちゃいます。


 人生の大半を過ごして来た輝かしいぼっち生活の影響ゆえか、こうして知らぬ人間たちに囲まれている状況と言うのは例えて針の筵が如く、エリオの屋敷の時もそうですが社交的とは口が裂けても言えぬ私にとって精神衛生上好ましい状態とは言えないのでございます。


 更には狭い車内で御一緒しているのがマリアベルさんやクラリスさんの様な美女であるなら兎も角、苦手な上に影の薄いおじ様ともなれば尚の事……なのです。


 後ろの馬車に一人乗る金髪坊やが妬ましい……どうか代わって頂きたいものです、切実に。


「司祭長様が直々に送って頂けるとは予想もしていなかったので、正直に言えば戸惑っています……」


「そんなに改まらずとも構いませんよ、こうした機会にでも便乗せねばクリスさんと直接話せる環境が私には『彼ら』程に整ってはいませんからね」


 私たちが向かう先は王都の郊外でも貧民街スラムに属する最果て。


 商会からもし歩こうものなら日が暮れてしまう程の距離がある。逆に言えばそれだけの時間、私と差しで話せる機会に恵まれた、と暗に仄めかす司祭長の言葉は、もしも相手が妙齢の美女であれば迷わず豊満なお胸様に顔を埋めてしまうほど魅力的なお誘いの言葉と受け止めていただろうが……残念な事に相手はおっさ……ごほんっ。


「クリスさん、三者協議の結果は既に御存じでしょうか?」


 司祭長は不意にそんな事を口にする。


 三者とは王国、神殿、そして冒険者ギルドを指し、回復薬エクシルが王国での正式な認可を受けられる様に話し合う合議の場だと聞いている。聞いている、と言うのは文字通りの意味で、神殿と冒険者ギルドの両者と取り決めた『約束』を順守しその席に着けぬ私には詳細は知れぬと言う意味である。


「何度か話し合いの場が持たれたとは聞いてはいますが」


「いえ、既に合意は得ているのです。回復薬特別法と言う新法を制定する事を条件にですが」


「回復薬特別法ですか……それは初耳ですね」


 彼らは拒否が難しい直前まで貴女には話さないのではと危惧しまして、と司祭長はその内容を語る。


 細かな部分は省くとして概ね要点は三つ。


 『回復薬の国外への持ち出しと販売の禁止……それに類する重い罰則事項』


 これは想定の範囲内であり、先の課題となるモノ。国同士の枠組みを越えて最終的には回復薬を誰もが安価に手に出来る常備薬にまで普及させるのが私の目的ではあるが、しかし予期していたゆえに今の段階で飲めない条件では無い。


 『回復薬一つに対する税率を卸値の三割とし同じく生産数の三割を王国に献上する事』


 つまり高額な税金を納めつつ更には無償で国に回復薬を納品しろと言う……悪魔の所業です。暴利!!暴利!! そして鬼畜!!


 善良な人間である私に対するこの仕打ち……私『の』お金を非道に奪おうなんてなんたる悪行でしょう。ですが仕方がありません……当面は卸値に税金分を上乗せする形で対応するしかないですね。


 『回復薬の販売の権利は冒険者ギルドのみに付与されるものとし、これを以てマクスウェル商会を王国が定めた御用商人とする』


 これは一見して冒険者ギルドの特権事項の重複の様に思われるかも知れないが……その実、三つの要点の内でこれが一番嫌らしくそして厄介である。


 例え今後、私と冒険者ギルド間で特権商人としての権利の破棄や契約の終了と言った取り決めがなされたとしても、この第三項と呼ぶべき条文によりマクスウェル商会の自由裁量権は失われたままであり、回復薬を勝手に販売することが出来ない事を意味しているからだ。


 しかも幾らでも拡大解釈が可能な為に『付与』を取り下げる事で勝手に御用商人などに認定されたマクスウェル商会は王国との直接的な取引に応じざるを得なくなるのだ。


 これは実に危険な条件である。


「私が拒否した場合はどうなります?」


 と、答えは自ずと明白ではあるのだが一応訊いてみる。


「この法案の一文でもクリスさんが拒否した場合は全てが水に流れる事になります。そして理解されているとは思いますが回復薬の詳細を王国に知られた今、交渉のやり直し、全てを元通りに、とは行きません。恐らくは……いえ確実に王国は介入しどの様な手段を高じても貴女の身柄を拘束しようとするでしょう」


「その場合、私が自由を求めるならもうこの国には居られないと言う事ですね」


 その通りです、と司祭長は短く私に告げる。


 流石に此処まで来て全てを初めからやり直すと言うのは私としても少々億劫ではある。正直に言って飲みたくは無い条件ばかりではあるが時間を掛けねばならぬ事案には等しく必要な時間を掛けるべきであろう。何より私にとって数年や数十年など然したる時の流れではないのだから。


「クリスさんの心中はお察しします。この件で不当に利益を得るのは王国と冒険者ギルドのみ……世俗にまみれた者共の欲望の糧としてクリスさんが利用されるのは大変心苦しく、本来は等しく全ての子らに与えられるべき恩寵エクシルを己が欲望を満たす為に独占するやり様は義憤にも似た怒りすら覚えます」


 ですが、と優しくそして諭す様に司祭長は続ける。


「何れ欲深な者どもには神の裁きが下るでしょう……ゆえに今は試練の刻と耐え忍び、未来に嘆く子らの為にもその歩みを止めないで頂きたいのです。勿論の事ですが我々神殿は善行を成す貴方と共に歩む者……その為ならば『今回』に限らず協力は惜しみません」


 勝手に私の事を分かられてしまった様ですが、分かりました、と感涙に咽び泣いておくことにする。


 こんな時この容姿は便利です。ちょっと憂い顔して見せて、よよよっ、と身でもくねらせてやれば聖職者だろうがいちころです。ちょろいのです。


 男なんて所詮はそんなもの……あれっ、ちょっと涙が出てきた。


「実は来年度、現在の司教様が例の神殿での一件を処理した『功績』を認められ、教皇庁に御戻りになられる運びとなりまして、非才なる身ではありますが私が次の司教の役職に選任されましたので此れからはティリエール助祭の活動を通じてより御力になれるかと」


 などと、ついでの如く物言いで司祭長はとんでもない事実を告白する。


 功績……はてっ、物は言い様と申します様に、本当のところは現司教に全ての責任を追わせて都合良く……ごほんっ、などとは邪推はしません。


 聖職者こわっ、などと思いません。私は機を見て敏なる空気を読める女……なので神殿の闇なんて覗きませんよ。


 ただ一言感想を伸べるとすれば、アレキス・グレゴリオ……神殿勢力を掌握する事になる次期司教様となるこのおじ様は本当に食えない人だと言う事です。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ